7
ベルグラード地方都市。
深夜。
雪は止み、静かな夜だった。
酒場の喧騒も落ち着き、巡回兵の足音だけが石畳に響いている。
そしてその頃。
兵舎の客室では――。
「……俺また何かやっちゃいました?」
銀髪の大男が真顔で練習していた。
レイである。
「むむっ……」
鏡の前。
腕組み。
角度確認。
「もっとこう……自然体なのだぁ……」
大真面目だった。
ちなみにこの男、昼間は大型魔物を大量虐殺してきたばかりである。
今やることではない。
「……俺また何かやっちゃいました?」
レイは少し首を傾げた。
「むむっ……」
気に入らないらしい。
「今のは“本当にわかってない感”が足りないのだぁ……」
異様に研究熱心だった。
なぜなら。
獣人族基準でレイは“超知性派”だからである。
獣人族は基本的に言葉が雑だった。
「腹減った」
「強い」
「好き」
「殴る」
だいたいこれで終わる。
複雑な感情表現などほぼ存在しない。
そんな種族の中で。
レイは違った。
「使用頻度高そうなのだぁ!」
語彙が多い。
獣人族基準では革命だった。
普通の獣人族なら、
「便利そうなのだぁ!」
くらいで終わる。
だがレイは“使用頻度”という概念を使った。
これはもう神童である。
しかも本人はそれを自覚していた。
「うむ!」
レイは胸を張った。
「吾輩、やはり頭良いのだぁ!」
どやぁ。
獣人族社会なら実際に大天才扱いされていた。
なにせレイは、
・お金を理解できる
・順番待ちできる
・保存食の概念を理解してる
・怪しい粉を警戒できる
・掃除する
・比喩表現を真似できる
ここまでできる。
異常知能個体である。
なお人間社会だと“ちょっと変な脳筋”くらいの扱いだった。
「むむむ……」
レイは鏡の前で再び考え込んだ。
「……俺また何かやっちゃいました?」
今度は少し困り顔。
目線を逸らす。
「のだぁ!」
尻尾ぶんっ。
「これなのだぁ!!」
会心だった。
酒場で聞いたのだ。
旅人たちが語っていた。
『本当に強い奴ほど、“俺また何かやっちゃいました?”って言う』
と。
レイは感動した。
「のだぁ……!」
目から鱗だった。
「つまり強者アピールなのだぁ……!」
違った。
だいぶ違った。
だがレイは完全に納得していた。
「吾輩も使うべきなのだぁ!」
そう思ってからずっと練習している。
向上心が凄い。
その時。
こんこん。
扉が叩かれた。
「レイ様?」
「のだぁ?」
若い女給だった。
夜食を持ってきたのである。
「夜食お持ちしました」
「入るのだぁ!」
がちゃ。
扉が開く。
そして女給は固まった。
レイが鏡の前でポーズを取っていたからである。
「…………」
「のだっ♡」
レイはキメ顔だった。
「……俺また何かやっちゃいました?」
完全にドヤ顔だった。
女給は数秒黙った。
「……え?」
「むむっ!」
レイは即反応した。
「今のどうだったのだぁ!?」
「ど、どうって……」
「強者っぽかったのだぁ!?」
「え、ええと……」
女給は困惑した。
だが。
顔が良すぎた。
困り顔ですら妙に絵になる。
「……か、かっこよかったです……?」
「のだぁっ♡」
尻尾ぶわぁん!!
風圧でカーテンが揺れた。
「成功なのだぁ!!」
レイは大喜びした。
女給はちょっと可愛いと思ってしまった。
危険だった。
「これからはぁ!」
レイはベッドの上に立った。
「吾輩が何か壊したりぃ!」
どやぁ。
「魔物をいっぱい潰した後にぃ!」
どやどやぁ。
「“俺また何かやっちゃいました?”って言うのだぁ!」
完全に使い方を間違えていた。
だが本人は大満足だった。
女給は笑いを堪えていた。
「ふふっ……」
「のだぁ?」
「なんだかレイ様らしいですね」
「うむ!」
レイは真顔で頷いた。
「吾輩、個性派イケメンなのだぁ!」
どこまでも自己評価が高い。
だが。
少なくとも“イケメン”部分は誰も否定できなかった。
その時だった。
遠くで警鐘が鳴った。
ガン!!
ガン!!
ガン!!
レイの耳がぴくりと動く。
「のだぁ?」
女給の顔色が変わる。
「ま、魔物……!?」
廊下が騒がしくなる。
兵士たちの怒鳴り声。
足音。
緊張。
だが。
レイだけは。
「むむっ……」
真顔だった。
「これはチャンスなのだぁ……」
「え?」
「新技試すのだぁ!」
次の瞬間。
どごぉんっ!!
窓が吹き飛んだ。
「レイ様ァ!?」
レイは雪の夜へ飛び出していた。
「のだぁあああああ!!」
数分後。
北門外。
大型魔物数体が地面に転がっていた。
兵士たちは呆然としている。
そこへ。
返り血まみれのレイが振り返った。
銀髪が揺れる。
雪が舞う。
そして。
キメ顔。
「……俺また何かやっちゃいました?」
兵士たちは静まり返った。
「…………」
「…………」
「…………」
地方司令官ドミトルが震える声で言った。
「いや……」
「のだぁ?」
「めちゃくちゃやってる」
「のだっ♡」
レイは褒められたと思った。
尻尾がぶんぶん揺れ始めた。
雪原に暴風が吹いた。




