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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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6

 夜。


 雪が降っていた。


 白く冷たい雪が、静まり返った地方都市ベルグラードをゆっくり覆っていく。


 そして。


 その静寂を破るように――。


「戻ったぞォオオオオオ!!!!」


 城門の上から兵士が叫んだ。


 一瞬。


 町が動いた。


「レイ様だ!!」


「帰ってきた!!」


「本当に一人で止めたのか!?」


 人々が外へ飛び出してくる。


 凍った石畳。

 雪の積もる広場。

 ランタンの灯り。


 その中心を、一人の男が歩いていた。


 銀髪。


 超高身長。


 返り血だらけ。


 肩には巨大な狼型魔物の死骸。


 しかも本人は鼻歌を歌っていた。


「のだぁ〜〜〜♪」


 完全に散歩帰りだった。


 だが町の人間たちは違った。


 彼らの目には今のレイが“救世主”にしか見えていない。


 数ヶ月。


 ずっと恐怖だったのだ。


 夜が来るたび誰かが死ぬ。

 門番は怯え。

 子供は泣き。

 兵士は疲弊していた。


 それを。


 たった一人で。


 しかも笑いながら解決してしまった。


 脳が焼かれる。


 仕方ない。


「レイ様ぁぁぁ!!」


 最初に駆け寄ったのは若い娘だった。


「きゃああ!!本当に血だらけ!!」


「のだぁ?」


 レイは自分を見下ろした。


「魔物の血なのだぁ」


「怪我は!?怪我はありませんか!?」


「うむ!」


 レイは得意げだった。


「ちょっと木にぶつかっただけなのだぁ!」


「それ怪我じゃないんですか!?」


「のだぁ?」


 本人は本気で理解していない。


 だがもう誰も突っ込まない。


 次々と人が集まる。


「ありがとう……本当にありがとう……!」


「うちの息子が助かりました……!」


「レイ様……!」


「きゃ〜〜〜♡」


「のだっ♡」


 レイの尻尾がぶわんぶわん揺れ始めた。


 非常に機嫌が良い時の動きだった。


「のだっ♡のだっ♡のだっ♡」


 にこにこにこにこ。


「そんなにはしゃぐななのだっ♡」


 全然止める気はなかった。


「レイ様はここにいますのだっ♡」


 むしろどんどん胸を張る。


「この後は悲しそうな歩き方練習をしないといけないから忙しいのだっ♡」


 周囲が静まった。


「……悲しそうな歩き方?」


「うむ!」


 レイは真顔で頷いた。


「追放された時のための練習なのだぁ!」


「追放……?」


 町民たちは困惑した。


 誰がこの化け物を追放するのか。


 王国が滅ぶ。


 地方兵たちなど真顔だった。


(絶対無理だろ……)


 だがレイ本人は大真面目だった。


「悲しそうに歩きながらぁ……」


 レイは実演を始めた。


 猫背。


 のそのそ。


 やたら哀愁ある歩き方。


「ククク……今さら戻ってこいと言われても遅いのだぁ……」


 完全に芝居だった。


 しかも妙に上手い。


 なぜか町民たちは感動しかけた。


「なんか切ない……」


「いや待て」


「でも顔良すぎるだろ」


「のだっ♡」


 レイは褒められたと思った。


 尻尾ぶんぶん。


 雪が舞う。


 その瞬間。


 小さな子供がレイのマントを掴んだ。


「レイさま!」


「のだぁ?」


「つよかった!」


「うむ!」


 どやぁ。


「すごかった!」


「当然なのだぁ!」


「またまものやっつけて!」


「嫌なのだぁ!」


 即答だった。


 周囲がずっこけた。


「嫌なんですか!?」


「寒いのだぁ!」


「そこ!?」


「あとお腹空くのだぁ!」


「命懸けの理由が終わってる!!」


 だが。


 その“終わってる理由”で町が救われたのも事実だった。


 そして何より。


 レイは強すぎた。


 本当に強すぎた。


 地方兵たちは実際に見てしまった。


 大型魔物の群れへ突っ込み。


 笑いながら殴り。


 投げ。


 踏み潰し。


 雪原を真っ赤に染めていた姿を。


 しかも本人は途中で、


「のだぁ〜〜〜♪」


 鼻歌を歌っていた。


 完全に格が違う。


 人類の戦力ではない。


 そのせいで。


 周囲の視線がもうおかしかった。


「レイ様……」


「神様みたい……」


「いや神より強くない?」


「王都最強って本当だったのね……」


 兵士たちですら目が危なかった。


 地方司令官ドミトルなど完全に脳を焼かれていた。


(これが……王都の化け物……)


 いや。


 王都でもこんなのは一匹しかいない。


 その一匹が今。


「のだぁ♡」


 美女たちに囲まれてへらへら笑っている。


 ギャップが酷い。


「レイ様、お酒飲みますか?」


「飲むのだっ♡」


「お肉追加します?」


「食べるのだっ♡」


「暖炉の前どうぞ!」


「行くのだぁ♡」


 完全に駄目になっていた。


 だがその時。


「……あ」


 レイが止まった。


「のだぁ?」


 じぃ〜〜〜。


 広場の隅を見つめる。


 そこには。


 痩せた少女がいた。


 ぼろぼろのコート。

 怯えた顔。

 小さな弟を抱いている。


 食料不足の孤児だった。


 レイはしばらく黙って見ていた。


 周囲も静まる。


 そして。


「のだぁ」


 レイは無言で巨大な魔物肉を差し出した。


「食うのだぁ」


 少女が固まる。


「え……」


「お腹空いてる顔なのだぁ」


 ぶっきらぼうだった。


 だが。


 少女は震えながら受け取った。


「……ありがとう……ございます……」


「のだっ♡」


 レイは嬉しそうだった。


「いっぱい食べるのだぁ!」


 その瞬間。


 周囲の空気が変わった。


 完全に変わった。


 町民たちの視線が、もはや信仰対象を見る目になっていた。


 強い。


 優しい。


 顔が良い。


 しかもふわふわ。


 終わっていた。


 特に地方の若い娘たち。


「……好き」


「わかる」


「抱きつきたい」


「尻尾触りたい」


「わかる」


 非常に危険だった。


 一方。


 当のレイは何もわかっていない。


「のだぁ〜〜〜♡」


 暖炉の前で美女たちに囲まれながら、尻尾をぶんぶん振っていた。


「地方最高なのだぁ♡」


 完全に幸せそうだった。


 そして地方都市ベルグラードではこの日を境に、


『雪夜の獣英雄レイ様』


 という妙に盛られた噂が爆速で広がり始めるのであった。

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