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ルミナス王国北東部。
雪深い地方都市ベルグラード。
数ヶ月に及ぶ魔物被害で沈み切っていたこの町は、今日だけ妙に明るかった。
理由は単純。
魔物が消えたからである。
しかも原因はたった一人。
「のだぁ〜〜〜♡」
現在、その張本人は町の酒場で溶けていた。
ぐでぇ〜〜〜ん。
椅子にだらしなく座り、長い脚を投げ出し、尻尾は床でだらだら揺れている。
銀髪。
超高身長。
異様に整った顔。
そして今は完全にだらけ切っていた。
「レイ様、すごかったです〜!」
「本当に助かりました!」
「大型魔物を素手で倒すなんて……!」
「きゃ〜♡」
「のだぁ♡」
溶けていた。
完全に溶けていた。
原因は明白。
美女たちに囲まれているからである。
しかも料理もある。
巨大な焼き魔物肉。
脂の乗った串焼き。
濃いスープ。
黒パン。
さらに美女。
獣人族にとって最高環境だった。
「のだぁ……♡」
レイは頬を赤くしていた。
尻尾もへにゃへにゃしている。
「褒められてるのだぁ……♡」
うっとり。
「しかもお肉あるのだぁ……♡」
とろん。
「天国なのだぁ……♡」
完全に駄目になっていた。
周囲の地方兵たちは遠巻きにその様子を見ていた。
「……すげぇな」
「ああ」
「数時間前まで大型魔物殴り殺してた奴と同じとは思えん」
実際、さっきまでのレイは恐怖そのものだった。
雪原を爆走。
魔物を素手で粉砕。
熊型魔物を片手で投げる。
完全に災害。
だが今は。
「のだぁ♡もっと褒めるのだぁ♡」
大型犬だった。
しかもかなりちょろい。
「レイ様って本当に綺麗な髪ですね〜」
「のだっ♡」
尻尾ぶんぶん。
「毛並みもふわふわ〜」
「当然なのだぁ♡」
ぶんぶんぶん。
「お肌も綺麗……」
「毎日洗ってるのだっ♡」
ぶんぶんぶんぶん。
風圧でテーブルの紙が飛んだ。
「きゃっ♡」
「のだぁ!?」
レイは慌てて尻尾を押さえた。
「嬉しいと勝手に動くのだぁ!」
「かわいい〜!」
「のだぁ♡」
さらに溶けた。
獣人族は褒めに弱かった。
とても弱かった。
特に健康関連。
毛並み。
筋肉。
体格。
匂い。
これらを褒められると異様に喜ぶ。
理由は単純。
本能的に「求愛成功率が高い」と認識するからである。
つまり今のレイは本能レベルで、
(モテてるのだぁ♡)
となっていた。
非常に幸せそうだった。
「のだぁ〜〜〜♡」
レイは巨大な魔物肉をもぐもぐ食べていた。
この地方特有の香辛料が大量に使われている。
脂も強い。
味も濃い。
つまりレイ好みだった。
「美味しいのだぁ……♡」
うっとり。
「地方のお肉、偉いのだぁ……♡」
「そんなに気に入ったんですか?」
「うむ!」
レイは真顔で頷いた。
「王都の料理は上品すぎるのだぁ!」
「あー……」
「もっとこう……」
レイは串焼きを掲げた。
「暴力が欲しいのだぁ!」
「暴力?」
「味の暴力なのだぁ!」
よくわからなかった。
だが地方民には何となく伝わった。
「わかるかも」
「冬は濃い味じゃないとねぇ」
「そうなのだぁ!」
レイは嬉しそうだった。
「脂!塩!肉!これなのだぁ!」
「獣みたい」
「獣人族なのだぁ!」
「確かに」
酒場に笑いが起きる。
以前なら考えられなかった光景だった。
この町は数ヶ月ずっと暗かった。
外に出れば魔物。
夜になれば悲鳴。
食料も不足。
笑う余裕なんてなかった。
だが今は違う。
みんな笑っている。
その中心にいるのは、足を投げ出して美女に囲まれている間抜けな男だった。
「レイ様って王都でも人気なんですか?」
「のだぁ?」
レイは首を傾げた。
「知らないのだぁ」
「絶対モテますよ〜」
「のだっ♡」
尻尾ぶわぁっ。
嬉しすぎて膨らんだ。
「吾輩、モテるのだぁ!?」
「顔すごくいいですし」
「背高いし」
「強いし」
「優しいし」
「のだぁ♡」
完全に液状化していた。
椅子にだら〜っと寄りかかり、にへらぁっと笑っている。
獣人族基準では最高に幸せな状態だった。
ちなみに。
本人は気づいていないが、酒場の女性陣はかなり本気でレイを見ていた。
理由は単純。
強い。
顔が良い。
しかも地方を救った英雄。
さらに。
「のだぁ〜〜〜♡」
妙に愛嬌がある。
危険な大型犬みたいなものだった。
その時。
レイは突然真顔になった。
「……むむっ」
「どうしました?」
「静かなのだぁ」
酒場が少し静まる。
レイの耳がぴくぴく動く。
「……外なのだぁ」
直後。
遠くで鐘が鳴った。
ガンッ!!
ガンッ!!
ガンッ!!
警鐘。
酒場の空気が凍る。
兵士が飛び込んできた。
「魔物だ!!」
一瞬で空気が変わる。
女たちの顔色が青ざめる。
だが。
「のだぁ?」
レイだけは串焼きを咥えたままだった。
「またなのだぁ?」
「北門付近だ!!大型混じり!!」
「のだぁ〜〜……」
レイは面倒臭そうに立ち上がった。
美女たちが不安そうに見る。
「レイ様……」
「のだっ♡」
レイはにかっと笑った。
「安心するのだぁ!」
そして胸を張る。
「足臭天才イケメンレイ様がいるのだぁ!」
次の瞬間。
どごぉんっ!!
酒場の窓から飛び出した。
「また窓ォ!!」
酒場の主人が絶叫した。
雪の夜へ飛び出したレイは、尻尾をぶんぶん振りながら笑っていた。
「のだぁあああああ!!」
美女たちに褒められたので絶好調だった。




