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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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 地下神殿に、静かな時間が流れていた。


 どれくらい経ったのかはわからない。


 ここには朝も夜もない。


 ただ黒い静寂だけが続いている。


 レイは結局、その地下神殿へ順応してしまった。


 順応してはいけない場所なのに。


「のだぁ〜〜〜」


 黒い石床へ寝転がりながら、巨大な王墓守へ手を振っていた。


 最初は兵士たちを恐怖で失禁させそうな異形だったそれも、今では。


「お主、今日も臭いのだぁ」


 くらいの扱いだった。


 王墓守は黙っている。


 というより、レイが怖くてあまり近寄らなくなっていた。


 世界最強だから。


 そして。


 イリシアは、その光景を静かに見ていた。


 白い髪。


 白い光。


 二千年以上変わらなかった姿。


 最初は憎んでいた。


 いや。


 今でも憎んでいる。


 自分を売った近衛兵。


 逃げた男。


 自分だけ死んで、忘れて、生まれ変わった存在。


 なのに。


「のだっ♡」


 レイは笑う。


 昔と同じ顔で。


 同じ声で。


 同じように。


 くだらないことばかり言いながら。


「殿下ぁ!」


 巨大な黒パンを抱えながらレイが近づいてくる。


「今日のご飯ちょっと硬いのだぁ!」


「……そう」


「でも食べるのだぁ!」


 どやぁ。


 イリシアは少し目を細める。


 変わらない。


 本当に。


 アルトは昔からこうだった。


 剣だけ異常に強くて。

 頭は悪くて。

 調子が良くて。


 なのに。


 妙に人懐こかった。


 だから。


 王宮の侍女たちも、兵士たちも、結局嫌いになれなかった。


 イリシアも。


 本当は。


「のだぁ?」


 レイがきょとんとする。


「殿下、また難しい顔してるのだぁ?」


 イリシアは答えない。


 ただ。


 静かにレイを見ていた。


 二千年。


 二千年以上。


 彼女は復讐だけで生きてきた。


 それしか残っていなかった。


 だから探した。


 裏切り者を。


 逃げた近衛兵を。


 そして。


 ようやく見つけた。


 なのに。


 気づいてしまった。


 もし。


 今ここでレイが死ねば。


 本当に何も残らない。


 また。


 自分だけになる。


 静かな地下神殿。


 冷たい棺。


 終わらない孤独。


 それを想像した瞬間。


 イリシアは初めて理解した。


 自分は。


 もう復讐だけでは生きられないのだと。


「…………」


 レイは今日も呑気だった。


 巨大な石柱へ寄りかかりながら肉を齧っている。


「のだぁ〜〜〜♡」


 幸せそうだった。


 最近は地下神殿生活に完全適応している。


 恐ろしい適応能力だった。


 その時。


 イリシアが静かに近づく。


「のだぁ?」


 レイが振り向く。


 白い光。


 長い髪。


 静かな顔。


 イリシアはしばらくレイを見ていた。


 そして。


 小さく呟く。


「……もう疲れた」


「のだぁ?」


「二千年」


 静かな声。


「長すぎた」


 レイはぽかんとしていた。


 だが。


 イリシアの目を見て、少しだけ表情を変える。


「殿下ぁ?」


 イリシアはゆっくり手を伸ばした。


 白い指。


 冷たい魔力。


 地下神殿全体が静かに震え始める。


 棺。

 黒い水面。

 古代文字。


 全部が淡く光る。


「のだぁ?」


 レイの耳がぴくっと動く。


「なんか眠いのだぁ?」


 イリシアは頷いた。


「眠って」


「のだぁ?」


「もういい」


 レイは数秒考えた。


 そして。


「……ご飯はぁ?」


 最後までそれだった。


 イリシアは初めて少しだけ笑った。


 本当に少しだけ。


 二千年ぶりに。


「起きたら作る」


「のだっ♡」


 レイは安心した。


 単純だった。


 そのまま。


 ふらりとイリシアへ寄りかかる。


「のだぁ……」


 瞼が重い。


 意識が沈む。


「殿下ぁ……」


 小さい声。


「今度はぁ……」


 眠りへ落ちながら。


「裏切らない方がお得なのだぁ……」


 イリシアの目が静かに閉じる。


「……馬鹿」


 涙なのか。

 笑いなのか。


 彼女自身にもわからなかった。


 レイの体から力が抜ける。


 世界最強の獣人は、そのまま静かに眠った。


 イリシアはその体を抱き寄せる。


 冷たい地下神殿。


 黒い静寂。


 だが。


 今だけは少し暖かかった。


「……もういい」


 ぽつり。


「もう、一人は嫌」


 そして。


 白い魔法陣が広がる。


 地下神殿全体が、ゆっくり眠り始める。


 王墓守たちも。

 黒い湖も。

 古代の怨念も。


 全部。


 静かな眠りへ沈んでいく。


 最後に。


 イリシアはレイの肩へ額を寄せた。


 二千年ぶりだった。


 誰かへ寄りかかったのは。


「おやすみ」


 その声だけが。


 静かな地下神殿へ、いつまでも残っていた。

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