表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/65

63

 地下神殿は静かだった。


 静かすぎた。


 二千年以上閉ざされた場所特有の、死んだみたいな沈黙。


 風もない。


 虫もいない。


 ただ。


 遠くで時々、“何か”が動く音だけがする。


 ずるり。


 がり。


 王墓守たちだった。


 昔の兵士。


 死に損なった何か。


 だが。


 今のレイは、それより別の問題を考えていた。


「のだぁ……」


 イリシアへ抱きついたまま、真顔になっている。


 イリシアは微動だにしない。


 最初こそ突き飛ばそうとした。


 だが。


 レイの腕力がおかしい。


 普通に離れない。


 しかも。


 妙に暖かい。


 そのせいで。


 二千年間冷え切っていた感覚が狂う。


「……離して」


「のだぁ?」


 レイは首を傾げた。


「嫌なのだぁ」


 即答だった。


「殿下冷たいのだぁ。抱っこしてないと凍っちゃうのだぁ」


「私は凍らない」


「吾輩は凍るのだぁ」


 完全に自己都合だった。


 イリシアは目を閉じた。


 頭が痛い。


 二千年ぶりに再会した裏切り者が。


 現在。


 巨大な獣みたいに抱きついて離れない。


 しかも。


 微妙に甘えている。


 意味がわからなかった。


 一方。


 レイはかなり冷静だった。


 冷静というか。


 諦めていた。


「のだぁ」


 ぽつり。


「どうせここから出してくれないのだぁ?」


 イリシアは答えない。


 だが。


 否定もしない。


 レイはしばらく考えた。


 そして。


「うむ!」


 どやぁ。


「ならここで暮らすしかないのだぁ!」


 結論が早かった。


 イリシアのこめかみがぴくっと動く。


「……お前」


「のだっ♡」


「順応が早すぎる」


 レイは真顔だった。


「獣人族は環境適応能力が高いのだぁ!」


 多分違う。


 ただの脳筋である。


 そして。


 数秒後。


 レイの耳がぴくっと動いた。


「…………」


 沈黙。


「……のだぁ?」


 イリシアが嫌な予感を覚える。


「そういえば」


 レイは真顔だった。


「ご飯あるのだぁ?」


 静寂。


 地下神殿の空気が止まる。


「吾輩、餓死しちゃうのだぁ」


 切実だった。


 世界最強。


 古代呪術。


 王墓。


 全部より。


 今一番大事なのはそこらしい。


 イリシアはしばらく無言だった。


 そして。


「……人間は食事が必要なのね」


「必要なのだぁ!」


 レイは即答した。


「吾輩いっぱい食べるのだぁ!」


 どやぁ。


「獣人族だからなのだぁ!」


 イリシアは静かにレイを見る。


 昔もそうだった。


 近衛兵アルトは。


 とにかく食べていた。


 厨房へ忍び込み。

 王女用菓子まで食い。

 しかも怒られても笑っていた。


『成長期なのだっ♡』


 と言い張って。


「……変わらない」


 ぽつり。


 その声には疲労が混じっていた。


 レイは気づいていない。


「のだぁ?」


「昔から、お前は何も変わらない」


「うむ!」


 レイは嬉しそうだった。


「安定感があるのだぁ!」


 イリシアは目を覆いたくなった。


 だが。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 二千年前を思い出していた。


 雪の日。


 白い庭園。


 馬鹿みたいに騒がしい近衛兵。


 あの頃。


 まだ国が滅びる前。


「……ついてきて」


 イリシアは静かに言った。


「のだっ♡」


 レイは即反応する。


「ご飯なのだぁ!?」


「……ある」


「うおおおお!!」


 地下神殿へレイの歓声が響く。


 棺の奥で王墓守たちがざわつく。


 イリシアは無言で歩き始めた。


 レイは当然のように後ろをついてくる。


 しかも。


 まだ片手でイリシアの袖を掴んでいる。


「離して」


「嫌なのだぁ」


「…………」


 奥へ進む。


 神殿内部は広かった。


 無数の回廊。

 地下水路。

 古代文字。


 時々。


 壁の向こうから呻き声みたいなものも聞こえる。


 普通の人間なら狂っている。


 だが。


 レイは途中から別のことを考えていた。


「のだぁ?」


「何」


「殿下ってぇ」


 真顔。


「二千年お風呂入ってないのだぁ?」


 空気が止まる。


 イリシアの足も止まる。


「…………」


「でもいい匂いなのだぁ」


 数秒。


 完全な沈黙。


 次の瞬間。


 地下神殿全体へ、凄まじい冷気が吹き荒れた。


「出ていけ」


「のだぁぁぁ!?」


 レイが凍りかける。


 尻尾ぶわぁん!!


「寒いのだぁ!!」


 イリシアは本気で怒っていた。


 だが。


 その怒りの奥で。


 二千年ぶりに、“誰かへ呆れる”という感覚が少し戻っていることへ、彼女自身まだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ