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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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 地下神殿は静まり返っていた。


 黒い水面。


 無数の棺。


 そして。


 二千年以上閉じ込められた冷気。


 そこへ、レイの声だけがぽつりと落ちる。


「……のだぁ……」


 イリシアは動かなかった。


 白い髪だけが、微かな光を纏って揺れている。


 その光のおかげで、真っ暗な地下でも彼女だけは見えた。


 逆に言えば。


 それ以外は何も見えない。


 世界から切り離されたみたいな暗闇だった。


 レイはしばらく黙っていた。


 頭の奥では、まだ知らない記憶が痛んでいる。


 雪の宮殿。


 王女。


 狂王。


 そして。


 アルト。


 調子の良い近衛兵。


 軽薄で。

 馬鹿で。

 女好きで。


 なのに。


 王女のことだけは妙に好きだった男。


「……のだぁ」


 レイはゆっくり立ち上がった。


 イリシアは逃げない。


 ただ冷たい目で見ている。


 憎悪。


 疲労。


 孤独。


 全部混ざったような目だった。


 レイは少し考える。


 そして。


 何故か。


 抱きしめた。


「…………」


 イリシアの体が止まる。


 冷たい。


 氷みたいだった。


 人間の温度ではない。


 レイはそれでも離さなかった。


「……のだぁ……」


 低い声。


「確かにぃ」


 ぽつり。


「裏切らずに殿下と駆け落ちした後でぇ」


 イリシアの肩がぴくっと震える。


「いっぱい子作りした方がお得だったのだぁ」


 地下神殿が静まる。


 棺の奥の気配まで止まった気がした。


「残念なのだぁ」


 レイは本気でそう思っていた。


「これじゃ殿下と子作りできないのだ」


 静寂。


 数秒。


 完全な静寂。


 そして。


 イリシアの瞳がゆっくり見開かれる。


「…………は?」


 初めてだった。


 彼女の感情が、“憎悪以外”へ揺れたのは。


 レイは真顔だった。


「殿下、めちゃくちゃ綺麗だったのだぁ」


 懐かしそうですらある。


「白くてぇ」


「ほっぺもちもちでぇ」


「いっぱい食べさせたかったのだぁ」


 イリシアが固まる。


 理解不能だった。


 二千年以上。


 彼女はずっと。


 裏切りを反芻していた。


 苦痛を覚えていた。


 なのに。


 この男。


 考えていたのがそれなのか。


「……お前」


 声が震える。


「本当に」


「馬鹿なの」


「のだっ♡」


 レイはちょっと嬉しそうだった。


「獣人族の天才なのだぁ!」


 どやぁ。


 地下神殿に沈黙が広がる。


 イリシアは呆然としていた。


 怒りすら少し止まっている。


 なにせ。


 二千年ぶりに再会した裏切り者が。


『子作りした方がお得だった』


 と本気で後悔している。


 意味がわからない。


 レイはさらに続けた。


「でもぉ」


 少しだけ声が弱くなる。


「アルトはお馬鹿だったのだぁ」


 暗闇の中。


 レイの銀髪だけがわずかに光を反射する。


「怖かったのだぁ」


 イリシアが動きを止める。


「王様怖かったのだぁ」


 ぽつり。


「死ぬの嫌だったのだぁ」


 静かな声だった。


 今までの軽さが少し消えていた。


「だから逃げたのだぁ」


「…………」


「でもぉ」


 レイはイリシアを抱きしめたまま、小さく尻尾を揺らした。


「殿下、こんなになってたなら損なのだぁ」


 完全に価値観がおかしい。


 だが。


 そこだけは妙に真っ直ぐだった。


「二千年も泣いてるのだぁ」


 イリシアの瞳が揺れる。


 彼女は気づいていなかった。


 自分が泣いていたことに。


 頬を伝うものがある。


 冷たい涙。


 二千年ぶりだった。


「のだぁ……」


 レイは少し困った顔をする。


「吾輩、難しいことわからないのだぁ」


 それは本当だった。


 国家。

 禁忌儀式。

 前世。


 全部よくわからない。


 だが。


 この女がずっと一人だったことだけは、臭いでわかった。


 寒い臭い。


 寂しい臭い。


 二千年閉じ込められた臭い。


「……だから」


 レイはぽつりと言う。


「もうちょっと一緒にいるのだぁ?」


 地下神殿が静まり返る。


 イリシアはレイを見上げた。


 銀髪の男。


 顔は同じ。


 声も似ている。


 なのに。


 昔のアルトとは少し違う。


 もっと馬鹿で。


 もっと獣で。


 でも。


 妙に温かい。


「…………」


 イリシアの唇が震える。


 憎んでいた。


 二千年。


 ずっと。


 なのに。


 抱きしめられているだけで、寒さが少し消えている。


 それが。


 何より許せなかった。

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