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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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 落ちた。


 そう思った瞬間には、もう森は消えていた。


 風の臭いも。

 土の感触も。

 兵士たちの気配も。


 全部。


 代わりに。


 冷たい石の臭いだけがあった。


「のだぁ?」


 レイは暗闇の中で目を瞬かせた。


 何も見えない。


 完全な闇だった。


 しかも静かすぎる。


 森なら虫や風の音がある。


 だがここには、それすらない。


 空気そのものが止まっているみたいだった。


「……暗いのだぁ?」


 低い声だけが反響する。


 その時。


 少し先。


 ぼうっと白い光が揺れた。


 女だった。


 イリシア。


 長い白髪が淡く光を纏っている。


 そのせいで、暗闇の中でも輪郭だけは見えた。


 まるで幽霊だった。


 レイは周囲を見回す。


「のだぁ……」


 巨大だった。


 地下空間。


 しかも普通ではない。


 柱が異様に太い。


 天井も高い。


 古代神殿みたいな構造だが、現代建築と明らかに違う。


 石の質感すら妙だった。


 黒い。


 そして。


 どこか濡れているみたいに光を吸う。


 兵士もいない。


 完全に二人きりだった。


「のだぁ!?」


 レイはようやく少し焦った。


「ここどこなのだぁ!?」


 イリシアは答えない。


 静かに歩き始める。


 裸足。


 白い足だけが石床を滑るように進む。


「ついてきて」


 小さい声だった。


 レイは数秒迷った。


 だが。


 他に何も見えない。


 なのでついていく。


 単純だった。


「のだぁ……」


 歩きながら、レイは周囲をきょろきょろ見る。


 壁には文字が刻まれていた。


 だが読めない。


 現代文字ではない。


 古すぎる。


 しかも。


 途中途中、妙な彫刻がある。


 王冠。

 鎖。

 巨大な円。


 そして。


 人間が跪いている絵。


「のだぁ?」


 レイは首を傾げる。


「なんか怖いのだぁ」


 イリシアは少しだけ振り返った。


「ここは王墓」


「のだぁ?」


「アストラディア王家地下神殿」


 静かな声。


「私の国の死体が眠る場所」


 空気がさらに冷える。


 レイはぽかんとしていた。


 死体。


 地下。


 神殿。


 つまり。


 かなり怖い場所なのでは?


「のだぁ……」


 尻尾しなしな。


 その時。


 奥の闇で何かが動いた。


 ずるり。


 レイが即振り向く。


「のだっ!?」


 暗闇の向こう。


 何か巨大なものがいる。


 気配だけでわかる。


 兵士なら卒倒するレベルだった。


 だが。


 イリシアは気にせず歩く。


「見ないで」


「のだぁ?」


「まだ動くから」


 レイは完全に意味がわからなかった。


 そして。


 次の瞬間。


 闇の奥で、複数の光が開く。


 目だった。


 巨大な何かの目。


 しかも一つではない。


 十。

 二十。


 暗闇の中でゆっくり動く。


「のだぁぁぁ!?」


 レイの耳が逆立つ。


「なんかいるのだぁ!?」


「いる」


 イリシアは平然としていた。


「王墓守」


「のだぁ?」


「昔の兵士」


 静かな声。


「まだ死んでないだけ」


 レイは固まった。


 意味がわからない。


 だが。


 臭いだけはわかる。


 死臭。


 しかも二千年級。


「のだぁぁ……」


 レイはかなり嫌そうな顔になった。


「お風呂入った方がいいのだぁ……」


 イリシアの足が止まる。


 数秒。


 沈黙。


「……変わらないのね」


「のだぁ?」


「昔からそうだった」


 レイは困惑していた。


 本当に覚えていない。


 だが。


 イリシアは時々、妙に懐かしそうな顔をする。


 それが余計怖かった。


 やがて。


 二人は巨大な空間へ出た。


 そこだけ少し広い。


 円形。


 天井は見えない。


 中央には黒い水面みたいなものが広がっていた。


 湖。


 いや。


 違う。


 水ではない。


 暗闇そのものが液体化しているみたいだった。


 その周囲へ、無数の棺が並んでいる。


 全部王族用らしい。


 金装飾。


 白石。


 だが。


 どれも壊れていた。


「のだぁ……」


 レイは珍しく静かだった。


 怖いのである。


 空気が。


 臭いが。


 普通じゃない。


 その時。


 イリシアがゆっくり振り返る。


 白い光が揺れる。


 その顔は美しかった。


 だが。


 人間の顔ではなかった。


 二千年以上孤独だったものの顔だった。


「ここなら」


 ぽつり。


「誰にも邪魔されない」


 レイの尻尾がしなしなになる。


「のだぁ?」


 イリシアは静かに近づく。


 白い指がレイの頬へ触れる。


 冷たい。


 氷みたいだった。


「逃がさない」


 その声だけは。


 妙に優しかった。

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