57
クレープ平原は、本来なら美しい土地だった。
どこまでも続く黄金色の麦畑。
緩やかな丘陵。
風車。
遠くに見える河川。
ルミナス王国最大の穀倉地帯と呼ばれるだけのことはある。
だが今、その景色には妙な不安が混じっていた。
畑の一部が潰れている。
焼け跡もある。
荷車の残骸が転がり、遠くでは農民たちが怯えた顔で空を見ていた。
魔物被害。
しかも最悪な時期だった。
収穫前。
ここで物流が止まれば、地方どころか王都の食料価格まで吹き飛ぶ。
だから。
王族直属遊撃兵レイが派遣された。
そして。
問題はあまりにも一瞬で終わった。
「のだぁあああ!!」
銀色の何かが平原を走る。
次の瞬間。
大型魔狼の群れが吹き飛ぶ。
さらに。
空から降下した飛行魔物の首が消える。
そして。
地響き。
巨大土蜘蛛が真っ二つになる。
農民たちは呆然としていた。
「……終わった?」
「今ので?」
「いやまだいるだろ……」
いた。
だが。
「のだぁ!!」
全部死んだ。
早すぎた。
しかも。
レイは最近剣を覚え始めている。
その結果。
元々おかしかった殲滅速度がさらに酷いことになっていた。
「剣便利なのだぁ!!」
どやぁ。
なお。
兵士たちは完全に脳を焼かれていた。
「レイ様すげぇ……」
「本当に世界最強だ……」
「一人で戦争終わるだろこれ」
しかも。
レイ本人はまだ余裕がある。
「むむっ」
魔物の死骸を見下ろす。
「ちょっと少ないのだぁ」
農民たちは震えた。
十分多かった。
むしろ地方軍なら壊滅案件だった。
だが。
レイ基準では少ないらしい。
そして。
その日の夕方。
レイは当然のように、その地域最大地主の館へいた。
「のだぁ〜〜〜」
巨大なベッドの上。
完全にくつろいでいた。
地主館使用人たちは遠い目をしている。
なにせ。
白銀の獣英雄が。
勝手に寝転がっている。
しかも。
妙に馴染んでいる。
「……レイ様」
老執事が恐る恐る言う。
「夕食の準備が」
「持ってくるのだぁ」
レイは毛布に埋まりながら答える。
「いっぱいなのだぁ」
「はい……」
地主一家はかなり複雑な顔をしていた。
当然である。
この獣人。
確かに救世主だ。
魔物を瞬殺した。
物流も救った。
畑も守った。
だが。
態度が野生動物すぎる。
「……本当に王族直属なのか」
地主の息子が小声で呟く。
「そうらしい」
「信じられん」
広間奥。
レイはソファまで占領していた。
しかも。
使用人へ普通に尻尾を振っている。
「のだぁ〜〜〜」
完全にリラックスしていた。
理由は単純。
仕事終わったから。
獣人族は働いた後よく寝る。
以上。
その時。
若い侍女が恐る恐る料理を運んでくる。
「し、失礼します……」
「のだっ♡」
レイの耳がぴくっと動く。
「美味しそうなのだぁ!」
即復活。
単純だった。
巨大肉料理。
焼きパン。
濃厚スープ。
レイはものすごい勢いで食べ始める。
地主一家はそれを呆然と見ていた。
「……よくそんなに入るな」
「世界最強だからだろ」
「理屈になってない」
だが。
館の空気は不思議だった。
恐怖だけではない。
安心感もある。
なにせ。
この獣人がいるだけで、周囲の魔物が実質消える。
農民たちですら、少し顔色が良くなっていた。
「……明日から収穫再開できるか」
「物流も戻せるな」
「助かった」
地主は静かに息を吐いた。
結局。
どれだけ中央が政治を回そうと。
どれだけ貴族が策略を巡らせようと。
最後に地方を救うのは。
こういう暴力だった。
一方。
「のだぁ〜〜〜♡」
当の本人は。
食後、再びベッドへ転がっていた。
しかも。
地主家の高級羽毛布団へ完全に埋まっている。
「ふかふかなのだぁ……」
幸せそうだった。
その姿を見ながら、地主夫人が小さく呟く。
「……本当に変な英雄ね」
誰も否定しなかった。
その夜。
クレープ平原では久しぶりに、人々が少しだけ安心して眠っていた。
世界最強の獣人が、地主館でぐうぐう寝ている。
それだけで。
少なくとも今夜は魔物が来ないと、皆わかっていたからである。




