表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/65

56 クレープ平原

 白銀の獣英雄レイの屋敷前には、今日も人が集まっていた。


 だが。


 いつものような貴族令嬢でも、王都女学生でもない。


 煤けた外套。

 泥だらけの靴。

 日に焼けた顔。


 地方民だった。


 しかも男ばかりである。


 屋敷正門前。


 初夏だというのに、彼らは妙に疲れ切った顔をしていた。


「……本当にここなのか」


「白銀の獣英雄の屋敷だって」


「でけぇな……」


 男たちは門を見上げた。


 高い。


 白い石壁。


 庭園。


 噴水。


 地方の村なら数年分の税が飛びそうな建物だった。


 男たちは場違いそうに立ち尽くしていた。


 その中でも、一番年嵩の男が小さく息を吐く。


「ここまで来たんだ」


「帰れねぇよ」


 東部穀倉地帯――クレープ平原。


 彼らはそこから来ていた。


 本来なら王国有数の豊かな土地。


 麦。

 家畜。

 交易。


 国の胃袋と呼ばれる場所だった。


 だが最近。


 魔物被害が急増していた。


 しかも最悪なのは。


 “収穫期”を狙われていることだった。


 畑が潰れる。


 荷車が襲われる。


 農民が逃げる。


 つまり。


 王国全体が飢える。


 だから地方役人へ訴えた。


 地主へも頼んだ。


 だが。


『今は西部問題が優先』


『軍が足りない』


『自衛しろ』


 それで終わった。


 そして最後に。


 彼らは噂を頼った。


 白銀の獣英雄。


 地方を助ける男。


 王都貴族より話が通じる変な獣人。


 だから。


 ここまで来た。


「……すみません」


 若い使用人が困った顔で門前へ出てくる。


「本日はレイ様ご不在です」


 男たちの顔が一気に曇る。


「い、いつ戻るんだ」


「現在クレープ平原方面へ」


「……え?」


 使用人も少し困惑していた。


「穀倉地帯の魔物処理任務で出発されました」


 静寂。


 地方民たちは顔を見合わせる。


「クレープ平原って……」


「俺たちの地元じゃねぇか」


「もう行ってるのか?」


 使用人は頷いた。


「数日前に」


 空気が少し変わる。


 男たちはしばらく黙っていた。


 そして。


 誰かがぽつりと呟く。


「……本当に動いてたんだな」


 その言葉には妙な重さがあった。


 地方民は知っている。


 普通。


 中央は遅い。


 書類。

 会議。

 責任逃れ。


 そうやって時間だけ過ぎる。


 だが。


 レイだけは妙に早い。


 だから噂になる。


 だから人が頼る。


 一方。


 屋敷側はかなり困っていた。


 執事長は額を押さえている。


「またですか……」


「最近多いですね」


 若い侍女が小声で言う。


 実際。


 ここ数ヶ月、地方民が直接屋敷へ来ることが増えていた。


 飢饉。

 魔物。

 汚職。


 理由は様々だ。


 そして。


 皆、似た顔をしている。


 疲れ切っている。


 追い詰められている。


 最後の希望みたいにレイを探して来る。


「……困りましたね」


 執事長は静かに言った。


 レイは王族直属遊撃兵。


 勝手に動けるわけではない。


 しかも。


 最近は国家レベルで使われ始めている。


 西部。

 北方。

 穀倉地帯。


 国中飛び回っている。


 だから。


 “助けてほしい地方”全てへ行けるわけではない。


 だが。


 地方民はそこまで知らない。


 彼らにとってレイは。


 “助けてくれるかもしれない人間”なのだ。


「……帰るか」


 年嵩の男が静かに言った。


「どうせ穀倉地帯行ってるなら、途中で会えるかもしれねぇ」


「そうだな」


「馬車代もうねぇし」


 皆、疲れていた。


 王都まで来るだけでも大金だった。


 宿代。

 食費。

 通行税。


 地方民には重すぎる。


 その時だった。


「お待ちください」


 執事長が男たちを呼び止める。


「……?」


「こちらを」


 使用人たちが袋を持ってくる。


 干し肉。

 黒パン。

 保存食。


 男たちは目を丸くした。


「これは……」


「レイ様が地方から人が来た時用に置いている備蓄です」


 静かな声だった。


 男たちは言葉を失う。


「“お腹空いてる人は可哀想なのだぁ”と」


 若い侍女が少し苦笑した。


「……あの方らしいですね」


 地方民たちはしばらく黙っていた。


 やがて。


 年嵩の男が深々と頭を下げる。


「……ありがとう」


 執事長は静かに首を振った。


「お気をつけて」


 男たちは王都を後にした。


 疲れた背中。


 だが。


 来た時より少しだけ足取りは軽い。


 その姿を見送りながら、若い侍女がぽつりと呟く。


「……レイ様って」


「ん?」


「もう半分、地方の守り神みたいですね」


 執事長は少しだけ遠い目をした。


「困ったことに」


 静かな声。


「本人にその自覚が全くないのですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ