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ヴェルシナ地方最大の酒場《灰熊亭》は、今夜も異常な熱気に包まれていた。
狭い。
暑い。
酒臭い。
そして。
美女が多い。
ルミナス王国は元々美女が多い国として有名だったが、北東地方の女たちはまた独特だった。
雪国特有の白い肌。
長い髪。
冷たい目元。
しかもこの土地は貧しい。
だから女たちは強い。
重い荷物も持つし、冬支度もするし、必要なら獣も捌く。
そんな女たちが。
今。
一人の銀髪獣人を囲んでいた。
「のだっ♡」
レイである。
しかも。
完全に調子に乗っていた。
「近う寄れなのだぁ♡」
どやぁ。
「あーはっはっは!!美女大国最高なのだっ♡」
尻尾ぶわぁん!!
酒場中が揺れる。
「きゃっ♡」
「レイ様尻尾ぶつかってる!」
「また酔ってる!」
周囲の女たちは笑っていた。
完全に慣れている。
レイは今、両脇に女を抱えながら椅子へふんぞり返っていた。
しかも。
膝の上に赤ん坊までいる。
完全に終わっている光景だった。
「レイ様もっと食べて」
「肉切ってあげる」
「酒飲む?」
「のだっ♡」
レイは超ご機嫌だった。
理由。
褒められてるから。
そして。
美女がいっぱいだから。
獣人族の脳は非常にシンプルだった。
「吾輩、モテ過ぎなのだぁ♡」
完全に満面の笑み。
周囲の男たちは遠い目をしていた。
「……またやってる」
「最近女増えすぎだろ」
「他地方からも来てるしな」
「もう収拾つかねぇ」
実際。
ヴェルシナ地方はかなり危ないことになっていた。
世界最強。
高身長。
英雄。
しかも食料持ってくる。
そんな男が定期的に現れる。
しかも。
妙に女へ優しい。
結果。
こうなる。
「レイ様ぁ」
東部から来た女がレイの腕へ抱きつく。
「次どれくらいこっちいるの?」
「のだぁ?」
レイは少し考えた。
「数日なのだぁ!」
「短い〜〜〜」
「吾輩忙しいのだぁ!」
どやぁ。
「世界最強だからなのだぁ!」
完全に調子へ乗っている。
そして。
酒場奥では、ヴェルシナ古参組の女たちが妙に険悪だった。
「最近外から来た女多すぎ」
「レイ様に媚びすぎ」
「うちの子にまでお菓子渡してる」
「怖いわ」
完全に牽制し合っていた。
だが。
その空気すら。
レイはほぼ理解していない。
「のだぁ〜〜〜♡」
肉うまい。
美女いっぱい。
大体それしか考えてない。
その時だった。
「レイ様」
若い女がニヤニヤしながら聞いた。
「王都でもモテるの?」
「のだっ♡」
レイの尻尾がぶわんっと揺れる。
「超モテるのだぁ!」
どやぁ。
「王都の美女もいっぱいなのだぁ!」
「うわ最低」
「でもわかる」
「顔良いもんね……」
酒場が笑いに包まれる。
レイは完全に気分が良くなっていた。
そして。
「うむ!」
突然真顔になった。
「今日は吾輩、かっこいいやつを披露するのだぁ!」
「また始まった」
「酒場知識だ」
男たちが頭を抱える。
最近のレイは、王都酒場で聞いた“強者っぽい言動”を真似するのが趣味だった。
そして。
レイはゆっくり立ち上がった。
酒場が少し静かになる。
銀髪。
高身長。
しかも酔ってる。
妙に絵になる。
レイは外套をひらっと翻した。
「…………」
真顔。
低音。
「……俺を追放したこと、後悔するなよ」
静寂。
そして。
レイは振り返らず歩き出した。
数歩。
ゆっくり。
格好つけて。
そのまま酒場出口へ――
ごっ。
「のだぁ!?」
扉へ頭ぶつけた。
酒場大爆笑。
「ぶはははは!!」
「レイ様ぁぁ!!」
「格好つかねぇ!!」
「痛いのだぁ!!」
レイは頭押さえてうずくまる。
尻尾しなしな。
だが。
女たちは完全に楽しそうだった。
「でも好き」
「わかる」
「変なとこ可愛い」
「のだぁ!?」
レイは真っ赤になる。
「可愛いではないのだぁ!!」
どやぁ。
「吾輩、超絶イケメン世界最強なのだぁ!!」
「はいはい」
「すごいすごい」
「もっと飲め」
「のだっ♡」
即復活。
単純だった。
その夜。
灰熊亭は深夜まで騒がしかった。
美女たちに囲まれ。
赤ん坊たちに尻尾を掴まれ。
地方女たちから本気で取り合われながら。
白銀の獣英雄レイは、人生で最も“獣人族らしい顔”で笑っていた。




