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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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54 ヴェルシナ地方回

 ヴェルシナ地方の夏は短い。


 雪が消えたと思えば、もう次の冬支度が始まる。


 だからこの土地の人間は現実的だった。


 夢だけでは生きられない。


 腹が減れば死ぬ。


 それを皆知っている。


 そして最近、そのヴェルシナ地方で妙な現象が起きていた。


 人が増えているのである。


 特に若い女が。


 山道を越え。

 荷物を抱え。

 痩せた顔で。


 他地方から流れてくる。


「……また来たのか」


 古参の女狩人が露骨に顔をしかめた。


 村入口。


 今日も数人の女たちが座り込んでいる。


 服は古い。


 靴も傷んでいる。


 明らかに貧しい。


「どこからだ」


「東部です」


「オルジェフ側」


「……遠いな」


 女狩人は舌打ちした。


 理由はわかっている。


 全員。


 レイ目的だった。


 噂は既に地方を超えて広がっていた。


『ヴェルシナ地方には白銀の獣英雄が定期的に来る』


『しかも女と子供へ食料を運ぶ』


『半獣人の赤ん坊が増えている』


 そこから先は早かった。


 つまり。


 レイの子供さえ産めば、生き残れる可能性が上がる。


 冬を越えられる。


 飢えずに済む。


 それはこの時代の女たちにとって、極めて切実な話だった。


「……最低」


 ヴェルシナ出身の若い女が小さく呟く。


 だが。


 その声にも迷いがあった。


 責めきれないのである。


 実際、流れてきた女たちは本当に貧しかった。


「徴兵で男が消えました」


 東部から来た女が静かに言う。


「去年の冬、妹が凍死しました」


 誰も笑わない。


「働き口もありません」


「地主に売られそうになって逃げてきました」


 静かな空気。


 ヴェルシナの人間たちも、そういう話は嫌というほど知っている。


 だからこそ余計複雑だった。


 理解できる。


 だが。


 面白くない。


「……結局レイ様狙いだろ」


 若い男が吐き捨てる。


「それは……」


 女は黙った。


 図星だからだ。


 今、地方では。


 “レイの子供を産める可能性”


 それ自体が半分生存戦略になり始めていた。


 なにせ。


 レイは本当に食料を持ってくる。


 しかも定期的に。


 大量に。


 世界最強の狩猟能力で。


 王都の貴族みたいに口約束ではない。


 本当に肉を持ってくる。


 だから。


 女たちは現実的に考える。


 この国で生きるには。


 強い男へ寄るしかない、と。


「……嫌な話だ」


 老人が低く言った。


「でも現実だ」


 誰も反論しない。


 ヴェルシナ地方自体、元々かなり苦しかった。


 戦争で若い男が減り。

 魔物で物流が死に。

 冬は長い。


 そこへレイが来た。


 その結果。


 少なくとも“子供が飢えにくくなった”。


 これは事実だった。


 だから。


 外からも女が来る。


 当然とも言えた。


 だが。


 軋轢は生まれる。


「うちのレイ様へ近づくな」


 ヴェルシナ出身の女が睨む。


「うちの?」


 東部女も顔をしかめる。


「別にお前だけの男じゃないだろ」


「少なくともあんたより先にいた」


「は?」


 空気が険悪になる。


 周囲の女たちもピリついていた。


 特に。


 実際にレイの子供がいる女たちは複雑だった。


 最初は。


 ただの変な獣人だった。


 強くて。

 顔が良くて。

 妙に優しくて。


 気づけば赤ん坊ができていた。


 そして今。


 そこへ後から女たちが押し寄せてくる。


 面白いわけがない。


「今さら来て何よ」


「こっちは冬も一緒に耐えたのに」


「レイ様、最近他の女増えすぎ」


 不満が漏れる。


 一方。


 男たちの空気も微妙だった。


「……村が変わったな」


 狩人が煙草を噛みながら呟く。


「人増えすぎだ」


「でも食料は前よりある」


「それも事実だ」


 レイが来てから、確実に村は豊かになった。


 完全ではない。


 だが。


 死にかけではなくなった。


 その代わり。


 “世界最強へ依存する地域”になり始めていた。


 そこが怖かった。


「……レイ様、わかってないんだろうな」


 誰かが苦笑する。


 皆頷いた。


 当然である。


 レイは。


『いっぱい食べろなのだぁ!』


 くらいの感覚で肉を運んでいる。


 その行動が、地方人口移動と出生率へ影響を与えているなど、多分一ミリも理解していない。


 その時だった。


 見張り台の子供が大声を上げた。


「レイ様だぁぁぁ!!」


 空気が変わる。


 女たちが一斉に立ち上がる。


「本当に!?」


「早くない!?」


「獲物持ってる!?」


 遠く。


 山道の向こう。


 銀髪の巨大影が見えた。


「のだぁあああ!!」


 聞き慣れた大声。


 そして。


 巨大な魔物を背負っている。


 村の空気がざわめく。


 嬉しさ。

 安堵。

 期待。


 そして。


 女たち同士の静かな牽制。


 ヴェルシナ地方は少し豊かになった。


 だが同時に。


 白銀の獣英雄という存在を中心に、別の火種も育ち始めていた。

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