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王宮《白夜宮》は、今夜も豪華絢爛だった。
巨大な水晶灯。
金細工。
磨き抜かれた大理石。
窓の外には王都キャビアの夜景が広がり、暖炉では香木が燃えている。
地方民が見れば、ここだけ別世界だと思うだろう。
実際、別世界だった。
西部では村が飢えで潰れ、北方では徴兵で若者が消え、東部では魔物で街道が閉じる。
だが。
中央は今日も煌びやかだった。
その白夜宮の奥、王族専用会議室では、珍しく空気が荒れていた。
「……何を考えている」
国王カルパスの声は低かった。
怒っている。
かなり。
円卓には数名の大貴族たちが座っていた。
侯爵バウムクーヘン。
北方公爵カンノーロ。
西部大公マリトッツォ。
全員、この国の上澄みだった。
そして。
全員、妙に静かだった。
「北方公爵家から正式招待状?」
カルパス王は書類を机へ投げた。
「しかも“令嬢との個人的晩餐”だと?」
静寂。
北方公爵カンノーロは平然としていた。
「ただの食事会です」
「私を愚弄するな」
カルパス王の目が鋭くなる。
「お前ほどの男が、“ただの食事”で娘を動かすわけがない」
空気が重たい。
だが。
カンノーロ公爵は微笑んでいた。
「陛下もご理解でしょう」
「何をだ」
「白銀の獣英雄の価値を」
その言葉で。
室内の温度が少し変わった。
誰も否定しない。
レイは今や国家級資産だった。
兵士人気。
地方人気。
魔物討伐能力。
しかも。
まだ若い。
「公爵家と結び付けば危険だ」
カルパス王は冷たく言った。
「地方軍閥化すらあり得る」
「そこまで野心的な男には見えませんが」
「だから危険なのだ」
カルパス王は即答した。
野心家なら管理しやすい。
欲があるからだ。
だが。
レイは違う。
肉。
赤ん坊。
褒め言葉。
基本それで動く。
なのに。
結果だけは巨大になる。
それが厄介だった。
「ヴェルシナ地方の件もある」
カルパス王は静かに続けた。
「半獣人の子供が増え、現地集落がレイ中心でまとまり始めている」
大公マリトッツォが苦笑する。
「本人に政治意識はないのでしょう?」
「無論ない」
「なら問題ないのでは?」
カルパス王はしばらく黙った。
そして低く言う。
「民衆は勝手に意味を見出す」
それが問題だった。
レイ本人は何も考えていない。
だが。
地方民は“守護者”を見る。
兵士は“理想の英雄”を見る。
女たちは“強い男”を見る。
結果。
勝手に影響力が膨らむ。
「……本来なら」
侯爵バウムクーヘンが静かに口を開く。
「獣人など、地方見世物程度で終わるはずだった」
その言葉には、本音が滲んでいた。
軽蔑。
それは未だ消えていない。
貴族たちはレイを利用価値として見る。
だが同時に。
野蛮な獣とも思っている。
「言葉遣いも粗野」
「教養も浅い」
「礼法も不完全」
「酒場知識で生きている」
失笑が漏れる。
そして。
誰も否定しない。
実際そうだからだ。
レイは未だに、
『静かに去る』
練習を寝室でやっている。
貴族たちからすれば意味不明だった。
「しかし」
老公爵カンノーロが静かに言った。
「強い」
その一言だけで、空気が変わる。
世界最強。
それは。
どんな教養より重い。
「地方兵士が熱狂するのも理解できます」
「農民人気も異常だ」
「しかも顔が良い」
侯爵が嫌そうに吐き捨てる。
「最悪だ」
本当に最悪だった。
もし顔まで醜ければ、もっと扱いやすかった。
だが。
銀髪高身長。
英雄。
強い。
妙に優しい。
地方女性人気が危険すぎる。
「だからこそ制御が必要なのだ」
カルパス王は静かに言った。
「王家直属でなければならん」
それが結論だった。
レイを完全に自由にすれば危険。
かといって潰すのも不可能。
なら。
王家の檻へ入れておくしかない。
「縁談は制限する」
「地方公爵家との過剰接近も禁止」
「遊撃兵任務を増やせ」
カルパス王の命令は冷静だった。
感情ではない。
国家管理。
完全にそれだった。
その頃。
問題の本人は。
「のだぁ〜〜〜♡」
王宮別棟厨房で、高級プリンを食べていた。
「甘いのだぁぁぁ♡」
料理長たちは妙に嬉しそうだった。
「レイ様、こちらもどうぞ」
「のだっ♡」
尻尾ぶわん。
完全に大型犬である。
そして。
レイ本人はまだ知らない。
自分を巡って。
王家と大貴族たちが、半ば国家問題レベルで神経を尖らせていることを。




