51
王都キャビアでは最近、一つの奇妙な現象が起きていた。
白銀通り。
高級仕立屋。
香水店。
宝石商。
王都でも最も華やかな一角で、女たちが妙にそわそわしているのである。
「今日レイ様戻ってるらしいわよ」
「本当!?」
「西部から昨日帰還したって」
「じゃあ屋敷前行かなきゃ……!」
しかも。
年齢層が広い。
若い令嬢。
未亡人。
地方出身の美女。
商家の娘。
さらには。
普通に貴族夫人まで混ざっていた。
理由は単純。
レイである。
世界最強。
王族直属遊撃兵。
兵士人気最強。
地方人気まで高い。
そして。
顔が良い。
致命的に。
高身長銀髪。
獣人特有の鋭い顔立ち。
しかも最近は剣まで使い始めた。
王都女性人気が危険領域だった。
さらに厄介なのは。
レイ本人が“王都貴族男性にありがちな気持ち悪さ”をあまり持っていないことである。
権力自慢を延々しない。
難しい政治話もしない。
暴力で女を怯えさせる趣味も薄い。
代わりに。
「のだっ♡」
褒めると喜ぶ。
肉あげると懐く。
尻尾触ると機嫌良くなる。
完全に大型獣だった。
だから。
危険だった。
「レイ様って、意外と可愛いのよね……」
「わかる」
「しかも強すぎる」
「あと子供好きらしいわよ」
「ヴェルシナ地方の話聞いた?」
「半獣人の赤ちゃんいっぱいってやつ?」
王都女性たちはかなり本気だった。
一方。
王都上流階級も当然動いていた。
むしろこちらが本命だった。
高級サロン《金鷲宮》。
貴族夫人たちが静かに紅茶を飲んでいる。
「……正妻は厳しいでしょうね」
「ええ」
「ですが愛人枠なら」
静かな会話。
しかし内容は完全に政治だった。
レイは今や“国家級資産”である。
つまり。
繋がれば利益が大きい。
兵士層への影響力。
地方人気。
王族への接近。
全部ついてくる。
「辺境伯家が既に動いてるそうよ」
「北方公爵家も」
「商人連中も娘を近づけてるとか」
上流階級の女たちはよく理解していた。
これは恋愛市場ではない。
投資である。
しかも。
かなり高利回り。
「問題は」
老貴婦人ナポレオンパイがゆっくり言う。
「レイ殿が“選ばれる”側の意識を持っていないことです」
静かな笑いが広がる。
その通りだった。
普通。
成り上がり英雄は貴族社会へ取り入りたがる。
だがレイは違う。
「のだぁ?」
で終わる。
爵位。
派閥。
縁談。
大体理解していない。
だから。
逆に厄介だった。
「下手な駆け引きが効かない」
「金もそこまで執着しない」
「しかも女慣れしてる」
「ヴェルシナ地方の件ですか」
「ええ」
苦笑が漏れる。
地方に子供が大量にいる。
なのに。
王都女性人気は落ちていない。
むしろ上がっている。
理由。
世界観が違うからだ。
この国では。
強い男。
稼ぐ男。
生き残る男。
それ自体が強烈な価値だった。
特に今みたいな不安定な時代では。
一方。
当の本人は。
「のだぁあああ!?また手紙なのだぁ!?」
屋敷で困惑していた。
机の上には大量の封筒。
香水臭い。
明らかに女性からである。
「レイ様、今日だけで四十七通です」
「のだぁ!?」
レイは目を丸くした。
「なんでなのだぁ!?」
使用人たちは微妙な顔をする。
理由を説明するのが難しい。
「……人気だからでは」
「のだっ♡」
レイの尻尾が即揺れた。
単純だった。
だが。
次の瞬間。
「むむっ」
レイは真顔になる。
「人気者って忙しいのだぁ……」
最近、少しだけ理解し始めていた。
美女が増える。
手紙が来る。
お茶会呼ばれる。
つまり。
褒められる。
悪くない。
かなり悪くない。
「のだぁ〜〜〜♡」
完全にちょっと嬉しい。
だが。
使用人たちは知っている。
この獣人。
手紙の内容をあまり読んでいない。
だいたい、
『吾輩を褒めている』
くらいの認識である。
その時。
執事が新しい封筒を持ってきた。
「こちら、北方公爵家からです」
「のだぁ?」
「ご令嬢との晩餐会への招待状かと」
「晩餐!」
レイの目が輝く。
「美味しいのだぁ!?」
「恐らくは」
「行くのだぁ!!」
即決。
使用人たちは頭を抱えた。
やはり駄目だ。
この男。
政治的縁談を。
“美味しいご飯会”くらいにしか思っていない。




