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ルミナス王国の中央政治は、舞踏会の笑顔ほど綺麗ではなかった。
むしろ逆だった。
笑顔の裏で足を引き、乾杯の直後に毒を流し込み、祝福しながら婚約を潰す。
それが王都キャビアの上流社会だった。
王侯貴族たちは戦争だけで権力争いをするわけではない。
むしろ。
直接血を流さないからこそ厄介だった。
「……西部視察ですか」
侯爵バウムクーヘンは静かにワインを揺らした。
高級倶楽部《白銀宮》。
王都上層貴族専用の社交場だった。
暖炉の火が赤く揺れている。
「随分急ですな」
「陛下は最近、地方不満を気にしていますからな」
「兵士待遇も問題視しているとか」
「……当然だろう」
老伯爵ティラミスが低く呟いた。
「レイが地方を回りすぎた」
空気が少し止まる。
誰も否定しない。
白銀の獣英雄。
あの獣人は。
地方へ“比較対象”を作ってしまった。
今まで地方民は諦めていた。
飢え。
汚職。
重税。
そういうものを“仕方ない”と受け入れていた。
だが。
レイは違った。
食料を配る。
物流を守る。
腐敗を殴る。
しかも。
見返りをあまり求めない。
結果。
地方民は思い始めた。
『中央は本当は助けられるのでは?』
それは危険だった。
極めて。
「だから今回の視察も、“地方懐柔”ですかな」
「でしょうな」
「王子殿下へ人気をつけたいのでしょう」
侯爵バウムクーヘンは静かに笑った。
「だが簡単にはいかん」
そして。
そこからが本題だった。
王都貴族は戦場へ出ない。
代わりに。
情報で殺す。
「西部の新聞社には既に流してあります」
秘書官が淡々と報告する。
「“第一王子、地方税見直しを検討”と」
何人かが笑った。
「地主どもが発狂するな」
「ええ」
「反発が先に広がる」
これが王都式だった。
悪評を先回りして流す。
しかも。
本人が言ってないことまで。
「あと愛人関係ですが」
「うむ」
「地方歌姫との噂を強めています」
「良い」
ピロシキ王子には実際愛人がいる。
王族なので当然だった。
問題は。
その情報を“どのタイミングで”“どこへ流すか”。
上流社会では、それ自体が武器だった。
「敬虔派貴族への牽制になりますな」
「結婚話にも影響する」
「北方公爵家との縁談は止まるでしょう」
静かな笑い。
結婚。
それは恋愛ではない。
政治だった。
誰と繋がるか。
どの派閥が強まるか。
全部計算される。
だから。
妨害もする。
徹底的に。
「人事は?」
侯爵が聞く。
「西部行政補佐官の件なら潰しました」
「早いな」
「“王子派”と思われた時点で終わりです」
それも王都だった。
有能かどうかは二の次。
誰へ近いか。
どの派閥か。
そちらが重要になる。
「……つくづく面倒な国だ」
誰かがぼそりと言った。
だが。
誰も否定しない。
ルミナス王国は巨大すぎる。
だから。
理想だけでは回らない。
地方。
軍。
商人。
貴族。
全部の利害が絡む。
その結果。
中央政治は蜘蛛の巣みたいになっていた。
「ところで」
老伯爵ティラミスが静かに口を開く。
「問題はレイだ」
空気が変わる。
重たく。
「今回も護衛につくらしい」
「……厄介ですな」
侯爵が露骨に顔をしかめた。
レイは単純だ。
だから読みにくい。
しかも。
下手な策略が効かない。
「愛人暴露?」
侯爵が鼻で笑う。
「ヴェルシナ地方で子供増やしてる男に効くと思うか?」
笑いが漏れる。
「汚職?」
「金への執着が薄すぎる」
「悪評?」
「地方人気が高すぎる」
最悪だった。
しかも。
本人が政治へ興味ゼロ。
だから。
逆に民衆人気が増す。
「……怪物だな」
誰かが呟いた。
「いや」
老伯爵ティラミスは静かに首を振った。
「本当に厄介なのは」
暖炉の火が揺れる。
「あれが“善人ぶっていない”ことだ」
空気が静まる。
レイは理想を語らない。
正義も語らない。
ただ。
臭いから嫌。
腹減るの嫌。
泣いてるの嫌。
それだけで動く。
だから。
民衆側は勝手に希望を見る。
しかも。
本人は利用されている自覚が薄い。
そこが最悪だった。
「陛下も頭が痛いでしょうな」
「当然だ」
「便利すぎる」
静かな声。
「だから切れない」
それが結論だった。
地方人気。
兵士人気。
魔物討伐能力。
全部が国家レベル。
だから。
貴族たちは今日も策略を巡らせる。
悪評。
縁談潰し。
人事妨害。
中央政治とはそういうものだった。
一方その頃。
「のだぁ〜〜〜♪」
当の本人は。
護衛任務の馬車横で、
「……もう遅い」
小声で練習していた。
しかもかなり真剣だった。




