44 使用人たち
王都キャビア高級住宅街。
深夜。
白銀の獣英雄レイへ与えられた屋敷は、今日も無駄に明るかった。
理由は単純。
主人が帰ってきたからである。
「急げ!!」
「廊下磨き直せ!!」
「寝室の香油替えろ!!」
「肉料理冷ますな!!」
使用人たちは戦争みたいになっていた。
普通の屋敷ではない。
ここは。
“世界最強の英雄”の屋敷である。
しかも最近。
レイの人気は王都でも危険域だった。
地方の噂。
兵士人気。
貴族への嫌味みたいな存在感。
全部合わさり、もはや半分伝説化している。
その結果。
使用人たちの職業意識まで変質していた。
「……俺たち、レイ様の使用人なんだよな」
若い執事見習いが鏡を磨きながら呟く。
「誇っていいと思う」
先輩使用人が真顔で答えた。
「王都兵士なんかサイン欲しがってるぞ」
「この前市場で“レイ様のお屋敷勤めですか!?”って言われた」
「わかる」
全員ちょっと誇らしげだった。
脳を焼かれている。
完全に。
理由もわかりやすい。
レイは変だが。
使用人へ理不尽に当たらない。
給料は王族経由なので安定。
しかも魔物素材で妙に臨時収入まで増える。
さらに。
世界最強。
そりゃ脳も焼ける。
「レイ様今日も格好良かったな……」
「山岳熊三頭持って帰ったらしい」
「しかも地方でまた子供増えてるとか」
「それ本当なのか?」
「尻尾付きの赤ん坊がいるらしい」
「すげぇ……」
妙な方向で尊敬され始めていた。
一方。
屋敷主本人は。
「のだぁ……」
寝室で真顔になっていた。
静かだった。
かなり静か。
そして。
レイは鏡の前へ立つ。
「…………」
数秒沈黙。
その後。
すっ。
静かに背を向ける。
かつ。
横顔を少しだけ見せる。
「……もう遅い」
低音。
真顔。
そして。
そのまま静かに歩き去る。
完璧だった。
「のだっ♡」
レイはちょっと感動した。
最近のマイブーム。
“静かに去る練習”。
酒場で聞いたのである。
『本当に強い男は、静かに去る』
と。
つまり。
今レイは真似している。
なお。
寝室で一人で。
「むむっ」
レイはまた鏡の前へ戻る。
「今のはちょっと速かったのだぁ」
かなり真剣だった。
そして再挑戦。
すっ。
「……もう遅い」
低音。
振り返らない。
歩く。
外套ひらっ。
「のだぁっ♡」
本人、超満足。
なおその瞬間。
寝室の扉が開いた。
「レイ様、お茶を――」
侍女が固まる。
「…………」
「…………」
レイも固まる。
数秒。
沈黙。
「のだぁ!?」
レイが真っ赤になる。
「い、今の見るななのだぁ!!」
侍女は必死に顔を逸らした。
「も、申し訳ありません!!」
だが肩が震えている。
笑いを堪えていた。
「違うのだぁ!!」
レイは慌てる。
「これは強者の練習なのだぁ!!」
「はい……っ」
「笑うななのだぁ!!」
「すみません……っ」
完全に耐えられていない。
数分後。
屋敷内へ噂が広がった。
『レイ様が寝室で静かに去る練習してた』
使用人たちは全員死ぬほど耐えていた。
「……駄目だ」
「想像すると笑う」
「でもレイ様真面目なんだよな」
「そこが余計に面白い」
一方。
古参執事だけは少し違う顔をしていた。
「……だが」
静かな声。
「本当に様になっていた」
「え?」
「顔が良すぎる」
使用人たちが一斉に頷く。
そこだった。
問題は。
レイは。
高身長。
銀髪。
顔が良い。
だから真顔で低音出されると普通に格好いい。
しかも。
最近は剣まで使い始めた。
王都女性人気がさらに危険になっていた。
「……レイ様、変な方向に進化してないか?」
「酒場知識で強くなるな」
「次は何覚えるんだろうな」
その時。
二階から。
「のだぁ〜〜〜〜!!」
レイの声が響く。
どたどたどたっ!!
使用人たちが見上げる。
そして。
階段上。
レイが外套を翻しながら立っていた。
「…………」
真顔。
静寂。
「……もう遅い」
低音。
完璧だった。
使用人たちは数秒固まる。
そして。
「ぶはっ!!」
「駄目だぁぁ!!」
「レイ様やめてください!!」
大爆笑。
「のだぁ!?」
レイがショックを受ける。
「なんでなのだぁ!?」
尻尾ぶわぁん!!
花瓶が吹き飛んだ。
「また割れた!!」
「レイ様ァァ!!」
屋敷中が騒がしくなる。
だが。
その騒がしさはどこか温かかった。
王都貴族たちは警戒している。
王族は利用価値を計算している。
地方は英雄視している。
だが。
この屋敷の使用人たちだけは。
世界最強の英雄を。
少し大きくて変な獣みたいに見ていた。




