43 宮殿奥の非公式食堂にて
王都キャビア中央宮殿。
夜。
巨大な宮殿の窓からは、王都の灯りが宝石みたいに見えていた。
白い石壁。
金装飾。
赤絨毯。
地方の寒村とは別世界だった。
ルミナス王国は広い。
広すぎる。
そして。
豊かさは偏っていた。
地方では冬を越える肉を隠し。
子供が飢え。
役人へ怯える。
一方。
中央では。
銀食器が何十本も並び、蝋燭ひとつで地方民一年分の食費が飛ぶ。
それがルミナス王国だった。
その夜。
宮殿奥の非公式食堂では、珍しい顔ぶれが揃っていた。
国王カルパス。
王妃ボルシチナ。
第一王子ピロシキ。
第二王女ブリヌイア。
全員、王族特有の静かな威圧感を纏っている。
そして。
その中に。
「のだぁ……」
銀髪の巨大獣が混ざっていた。
レイである。
なお。
完全に料理へ脳を焼かれていた。
「のだぁ……」
きらきら。
「すごいのだぁ……」
目が輝いている。
テーブルへ並ぶ料理は異常だった。
黒パンですら香りが違う。
キャビア。
煮込み肉。
香草スープ。
高級魚。
地方では祭でも出ない。
王族専属料理人による晩餐だった。
「めちゃくちゃ美味しいのだぁ……」
レイは完全に感動していた。
しかも。
純粋に。
獣人族の脳は単純である。
美味しいものを出してくれる。
つまりすごい。
以上。
だからレイは。
本気で王族を尊敬していた。
「のだぁ……」
もぐもぐ。
「こんなの毎日食べてるのだぁ?」
王妃ボルシチナが優雅に笑う。
「毎日ではありませんわ」
嘘だった。
かなり頻繁だった。
「王都はすごいのだぁ……」
レイは本気で感動している。
一方。
王族一家は静かだった。
笑顔は作っている。
だが。
目だけは冷静だった。
特に国王カルパス。
レイが肉へ夢中になっている間も、ずっと観察していた。
食事量。
反応。
機嫌。
全部。
彼にとってレイは、“可愛い英雄”ではない。
国家戦略兵器だった。
しかも。
非常に扱いづらい。
強すぎる。
人気が高い。
感覚で動く。
だが。
利用価値は絶大。
だから繋ぎ止めなければならない。
「セルニカ村では随分働いたようだな」
カルパス王が静かに言う。
「のだっ♡」
レイの尻尾が揺れる。
「いっぱい働いたのだぁ!」
どやぁ。
「雪かきもしたのだぁ!」
「聞いている」
カルパス王はワインを飲みながら続けた。
「地方兵士の士気もかなり上がったそうだ」
「のだぁ?」
レイはきょとんとする。
「吾輩、サイン書いただけなのだぁ?」
「それが重要なんだ」
静かな声だった。
王族一家は理解している。
今、地方軍の若手兵士たちはレイへ強く憧れている。
これは危険でもあり。
同時に便利でもある。
兵士たちへ“王国への希望”を与える存在。
中央にとって、それは価値が高い。
第一王子ピロシキがナイフを置きながら口を開く。
「辺境の支持も広がっています」
「のだぁ?」
「特にヴェルシナ地方」
レイの耳がぴくっと動く。
「赤ちゃん元気だったのだぁ!」
王女ブリヌイアが微笑みながら聞く。
「随分お気に入りなのですね」
「うむ!」
レイは真顔だった。
「いっぱい食べると可愛いのだぁ!」
王族たちは静かに視線を交わした。
ヴェルシナ地方。
あそこは元々中央支配が弱い。
だから。
レイ経由で影響力を持てるのは悪くない。
しかも。
半獣人の子供たち。
長期的に見れば、“中央へ親和的な新しい地方層”になる可能性すらある。
カルパス王はそこまで計算していた。
もちろん。
口には出さない。
「のだぁ〜〜〜♡」
一方。
当の本人は。
完全に魚料理へ夢中だった。
「骨ないのだぁ!?」
感動している。
「料理人すごいのだぁ!!」
王妃ボルシチナが薄く笑った。
「気に入ったなら良かったですわ」
レイは真顔で頷く。
「王族すごいのだぁ」
純粋だった。
「いっぱい食べ物作れるのだぁ」
その言葉に。
一瞬だけ。
食堂の空気が静かになる。
王族一家は誰も反論しない。
だが。
全員理解していた。
地方が飢える一方で、中央は豪華な料理を食べている。
それは事実だった。
ただ。
国家とはそういうものでもある。
中央権力は富を吸い上げる。
だから巨大国家は維持される。
地方だけでは国は回らない。
カルパス王はそう考えている。
そして。
必要なら地方を切り捨てる覚悟もある。
だが。
同時に。
レイみたいな存在も必要だった。
地方へ“希望”を見せるために。
飢えを暴発させないために。
兵士たちへ夢を与えるために。
「レイ」
カルパス王が静かに呼ぶ。
「のだぁ?」
「また近いうちに任務だ」
レイは数秒考えた。
そして。
「うむ!」
どやぁ。
「いっぱい働くのだぁ!」
単純だった。
褒められる。
肉食べる。
赤ちゃん増える。
それで満足する。
王族一家はそんなレイを見ながら、静かに計算していた。
どこまで使えるか。
どこまで制御できるか。
そして。
もし制御不能になった時、どうするかを。




