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王都キャビア。
灰色の巨大都市は、今日も冷たい霧に包まれていた。
地方から戻った人間なら誰でも感じる。
この都は美しい。
だが。
息苦しい。
石造りの大通り。
磨き抜かれた馬車。
香水の匂い。
その全部が、地方とは違う。
そして。
「のだぁ〜〜〜」
そんな王都中央大通りを、銀髪の大男が歩いていた。
レイである。
なお。
かなり目立っていた。
理由は簡単。
巨大だから。
そして。
妙に地方臭いからだった。
山岳熊の毛皮。
傷だらけの外套。
大量の荷物。
完全に辺境帰り。
しかも。
腰には最近お気に入りの剣まで差している。
「のだっ♡」
レイ本人は少し機嫌が良かった。
理由。
赤ん坊いっぱい見てきたから。
しかも。
いっぱい獲物配った。
獣人族本能がかなり満足していた。
一方。
王都側の空気は真逆だった。
「……戻ってきたのか」
「また地方で人気集めてきたらしいぞ」
「ヴェルシナ地方、完全にあいつの縄張りみたいになってるとか」
「気持ち悪い」
貴族馬車の中から冷たい視線が向けられる。
最近。
王都上流階級ではレイへの不快感がかなり強くなっていた。
理由は多い。
強すぎる。
人気がある。
貴族社会を理解しない。
しかも。
地方民から妙に支持されている。
最悪だった。
「獣風情が」
侯爵バウムクーヘンは窓越しにレイを見ながら、露骨に顔をしかめた。
「あれを放置している陛下も陛下だ」
「しかし魔物討伐能力は本物です」
秘書官が静かに言う。
「今回も山喰らいを単独討伐」
「物流護衛も実施」
「北東辺境での大型魔物被害は目に見えて減少しています」
「……だから厄介なのだ」
侯爵は低く呟いた。
レイは“結果”を出してしまう。
だから簡単に切れない。
しかも。
兵士人気まで高い。
軍内部でレイを悪く言えば空気が凍る。
若い兵士など完全に脳を焼かれている。
王国上層部からすると、極めて扱いづらい存在だった。
その頃。
「のだぁ〜〜〜♪」
レイは普通に王宮へ向かっていた。
なお。
途中でパン屋へ寄っている。
「甘いパンなのだぁ♡」
王宮近衛兵たちは遠い目をした。
世界最強が砂糖パン頬張りながら出勤してくる。
緊張感がない。
だが。
誰も笑えなかった。
強すぎるから。
そして。
妙に良いやつだから。
「レイ様!」
「ん?」
若い近衛兵が駆け寄ってきた。
顔が赤い。
「お、お帰りなさい!」
「のだっ♡」
レイの尻尾がぶわんっと揺れる。
「うむ!」
どやぁ。
「吾輩、いっぱい働いてきたのだぁ!」
なお本人。
“働いた”の基準が魔物数百体規模である。
近衛兵は完全に目が輝いていた。
「山喰らい討伐、本当に凄かったです……!」
「のだぁ?」
レイはきょとんとした。
「剣便利だったのだぁ」
「そこですか!?」
周囲の近衛兵たちが吹き出す。
その空気を。
遠くから貴族たちが冷たく見ていた。
あれが気に入らない。
兵士たちが。
貴族より英雄を尊敬している。
それが。
「……まるで民衆王だな」
誰かが嫌そうに呟いた。
しかもレイ本人は政治意識ゼロ。
そこが余計に厄介だった。
もし野心家なら潰しやすい。
だが。
レイは本当に何も考えていない。
肉。
赤ん坊。
褒め言葉。
大体それだけで動く。
なのに。
結果だけは国を救ってしまう。
最悪のタイプだった。
やがて。
玉座の間。
重厚な扉が開く。
赤絨毯。
黄金装飾。
王国上層部。
貴族たちがずらりと並んでいた。
空気は重い。
だが。
「のだぁ!」
レイだけは元気だった。
ずかずか歩いてくる。
そして。
ちゃんと膝をついた。
獣人族基準ではかなり礼儀正しい。
「王族直属遊撃兵レイ、戻りましたのだぁ!」
国王カルパスは静かにその姿を見下ろしていた。
レイの外套には雪と泥が残っている。
辺境の臭い。
血の臭い。
魔物の臭い。
つまり。
本当に働いてきた臭いだった。
「……ご苦労だった」
「のだっ♡」
レイがちょっと嬉しそうになる。
一方。
貴族たちの空気は最悪だった。
特に。
レイの背後へ立つ近衛兵たちの顔が。
完全に尊敬の目だったから。
それが。
彼らには気に入らなかった。
その時。
侯爵バウムクーヘンが静かに口を開く。
「陛下」
空気が張る。
「今回のセルニカ村ですが」
レイがきょとんと振り向く。
「のだぁ?」
侯爵は冷たい視線を向けた。
「英雄殿は随分“地方人気”を集められたようですな」
嫌味だった。
かなり露骨な。
玉座の間が静まり返る。
だが。
レイは数秒考え込んだあと。
「のだっ♡」
満面の笑みになった。
「うむ!」
どやぁ。
「吾輩、超人気者だったのだぁ!」
静寂。
「…………」
「…………」
「…………」
侯爵の顔がわずかに引きつる。
レイは気づいていない。
完全に褒め言葉だと思っていた。
「兵士もぉ!」
尻尾ぶわん。
「村人もぉ!」
「赤ちゃんもぉ!」
「みんな吾輩好きだったのだぁ!」
近衛兵たちが必死に笑いを堪えている。
カルパス王は片手で顔を覆った。
貴族たちは頭痛を覚えていた。
やはり駄目だ。
この獣人。
政治的な嫌味が全く通じない。




