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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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40 現実的な村人たち

 レイがセルニカ村を去ってから、二週間ほどが過ぎていた。


 山の春は短い。


 雪解け泥は少しずつ乾き、壊れた畑では人々が鍬を振り始めている。


 だが。


 貧しさは変わらなかった。


 山喰らいの素材があっても、それで急に豊かになるわけではない。


 地主は取る。


 商人は値切る。


 税は来る。


 地方とはそういう場所だった。


 だから。


 セルニカ村の人間たちは現実的だった。


「……これ売るか」


 若い男が、小さな木椅子を見ながら呟いた。


 その椅子は少し壊れている。


 しかも妙に大きい。


 レイが使っていた椅子だった。


 普通の椅子ではレイの体格に耐えられず、村人たちが急ごしらえしたものだ。


「でもレイ様のだぞ」


「だから売れるんだろ」


 その通りだった。


 セルニカ村では今、“レイ関連品”が妙に価値を持ち始めていた。


 理由は単純。


 地方には娯楽が少ないからだ。


 そして英雄譚は広がる。


「白銀の獣英雄が使った皿」

「レイ様が座った椅子」

「レイ様が使った毛布」


 尾ひれが付く。


 そして。


 売れる。


「これ王都の商人なら高く買うんじゃね?」


「地方兵とか絶対欲しがる」


「レイ様人気すごいからな……」


 現実的だった。


 セルニカ村の人間たちは、生きるためなら何でも利用する。


 それが悪いことだとは思っていない。


 生きる方が大事だから。


 その頃。


 村の酒場でも妙なことが起きていた。


「……本当にこれ置いとくのか?」


 酒場主人が困った顔で見ていた。


 カウンター奥。


 そこには。


 木皿が飾られていた。


 しかも布付き。


 周囲には花まで置かれている。


「レイ様の皿だからな」


「肉山盛りにしてたやつ」


「縁欠けてるぞ」


「逆に本物っぽいだろ」


 完全に変な方向へ進み始めていた。


 しかも。


 地方兵たちが実際に見に来る。


「……これが」


「レイ様の……」


「肉汁の跡残ってる……」


 目が本気だった。


 セルニカ駐屯兵の間では、レイは既に半分神話である。


 山喰らい討伐。

 物流護衛。

 雪かき。


 しかもサインを書いてくれた。


 若い兵士たちは完全に脳を焼かれていた。


「これ触っていい?」


「一回銀貨二枚な」


「高ぇよ!!」


「嫌なら帰れ」


 酒場主人は真顔だった。


 だが。


 実際払う兵士がいる。


 だから商売になる。


 セルニカ村は貧しい。


 なら使えるものは全部使う。


 英雄の余韻すら金へ変える。


 それが地方の現実だった。


 一方。


 別方向へおかしくなっている人間もいた。


「……レイ様の毛」


 若い娘が、銀色の毛を布へ包んでいた。


 尻尾毛だった。


 レイが宿泊中に抜け落ちたものを、こっそり回収していたのである。


「お守りになるかな……」


「お前それ完全に恋だろ」


「うるさい」


 顔が赤い。


 だが実際。


 村ではレイ関連物を“縁起物”扱いする空気まで出始めていた。


「レイ様のいた家、最近怪我人減ったらしい」


「魔除けじゃね?」


「熊避けにもなるかも」


「それは普通に匂いだろ」


 妙な民間信仰が発生しつつあった。


 しかし。


 それには理由もある。


 地方民たちは知っている。


 レイがまた来る可能性は低い。


 ルミナス王国は広い。


 広すぎる。


 東部で魔物が出れば西部は放置される。


 北方で飢饉が起きれば南部は見捨てられる。


 そんな国だ。


 だから。


 一度現れた英雄は、ほとんど二度と来ない。


 セルニカ村の人間たちも、それを理解していた。


「……結局、夢みたいなもんだったな」


 老人が酒を飲みながら呟く。


「世界最強が雪かきして帰ったんだぞ」


「しかも皿割って謝ってた」


「子供に泣かれて尻尾であやしてたしな」


「変な英雄だった」


 皆、少し笑う。


 あまりにも現実離れしていた。


 だからこそ。


 もう戻ってこない気がしていた。


 その時。


 酒場の扉が開く。


 行商人だった。


「おい」


「ん?」


「聞いたか?」


「何を?」


 行商人は荷物を置きながら言った。


「白銀の獣英雄、今度は北方砦で巨大魔物潰したらしいぞ」


 酒場が静かになる。


「……またか」


「働きすぎだろあの人」


「本当に国中飛び回ってんな」


 誰かがぽつりと言った。


「セルニカ来たの、奇跡みたいなもんだったんだな」


 静かな空気。


 皆、なんとなく理解していた。


 だから。


 皿を飾る。


 毛を取っておく。


 椅子を売る。


 思い出を形へ変える。


 貧しい地方民にとって、“一瞬だけ来た英雄”とは、それくらい遠い存在だった。

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