表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/65

38

 セルニカ村の夜は暗かった。


 王都みたいな街灯はない。


 酒場も小さい。


 灯油は高い。


 だから夜になると、人々は静かに家へ閉じこもる。


 だが今夜。


 村の空気は妙に張り詰めていた。


 雪解け泥の残る裏路地を、数人の男たちが無言で歩いている。


 背負っているのは麻袋。


 重い。


 中身は。


 魔物肉だった。


「急げ」


「見張りは?」


「大丈夫だ」


 小声。


 慎重。


 セルニカ村の人間たちは貧しい。


 だが。


 馬鹿ではない。


 地主カルツォーネが素材を吸い上げようとしていることなど、最初から理解していた。


 だから。


 隠す。


 当然である。


 冬を越えるために。


「こっちだ」


 男たちは村外れの古い貯蔵穴へ入っていく。


 昔、戦争前に作られた地下保存庫だった。


 半分崩れている。


 だが。


 こういう時には便利だった。


「……これで何日持つ」


「全部合わせても村全体で一ヶ月ちょいだな」


「少ねぇな」


「でもゼロよりマシだ」


 女たちもいた。


 塩を運び。

 肉を吊るし。

 脂を分ける。


 皆、慣れている。


 地方民は隠す技術に長けている。


 税。

 徴兵。

 徴発。


 ずっとそうやって生き延びてきたからだ。


「骨も隠しとけ」


「薬師に流せば金になる」


「牙は?」


「半分だけ出す」


「欲張るなよ」


 空気は真剣だった。


 誰も“全部手に入る”など思っていない。


 地方民はそんなに甘くない。


 地主は取る。


 役人も取る。


 兵士も取る。


 だから。


 最初から“取られる前提”で動く。


 その中で、どうやって自分たちの分を残すか。


 それが地方の知恵だった。


「レイ様には悪いな……」


 若い男がぽつりと言った。


「せっかく狩ってくれたのに」


 老人が鼻を鳴らす。


「だから隠すんだろうが」


「……ああ」


 その通りだった。


 レイは本気で村へ食料を残そうとしていた。


 だから。


 全部奪われるわけにはいかない。


 たとえ少量でも。


 生きるためには必要だった。


 その時。


 地下保存庫の隅で、女たちが小声で話していた。


「……レイ様、また山行ったんだって」


「昼から戻ってないらしい」


「どんだけ狩る気なんだあの人」


 苦笑が漏れる。


 今やセルニカ村でも、レイは完全に有名だった。


 世界最強。


 なのに。


 雪かきして。

 荷車押して。

 兵士へサインしてる。


 変な英雄。


「正直、最初は怖かったけどね」


「わかる」


「あんなでかい獣人だし」


「でも子供には優しいんだよな」


 若い母親が少し笑った。


「うちの子、レイ様の真似して“のだぁ!”って叫んでる」


「やめろ、あれ伝染するぞ」


 地下に小さな笑いが広がる。


 重たい空気が少しだけ和らいだ。


 だが。


 すぐ現実へ戻る。


「……それでも」


 老人が低い声で言った。


「レイ様一人じゃどうにもならん」


 静寂。


 誰も反論しない。


 レイは強い。


 本当に強い。


 魔物ならどうにでもする。


 でも。


 地主は殴れない。


 法律。

 権力。

 税。


 そういうものは、魔物みたいに単純じゃない。


「英雄様が村全部養えるわけじゃねぇからな」


「しかもあの人、ずっとここにいられないし」


「王都の人間だしな」


 その通りだった。


 レイはまた去る。


 別の地方へ。

 別の魔物退治へ。


 この国は広すぎる。


 だから。


 最後は自分たちで生き残るしかない。


「……冬までにもっと保存庫増やすか」


「木材足りるか?」


「山側の廃屋崩せばなんとか」


「子供らには言うなよ」


「当然だ」


 話し合いは続く。


 静かに。

 現実的に。


 誰も夢を見ていない。


 地方民は現実を知っている。


 英雄は助けてくれる。


 だが。


 毎日飯を食わせてくれるわけじゃない。


 だから。


 隠す。

 備える。

 我慢する。


 そうやって冬を越す。


 その時だった。


 外から子供の声が聞こえた。


「お母さーん!」


 地下の空気が止まる。


 女が慌てて出ていく。


 数秒後。


「……レイ様帰ってきた!」


 地下がざわついた。


「もう!?」


「早ぇよ!」


「今度は何狩ってきた!?」


 村人たちが顔を見合わせる。


 疲れた顔。


 痩せた手。


 それでも。


 少しだけ笑っていた。


 外では。


「のだぁあああ!!重いのだぁあああ!!」


 いつもの大声が響いていた。


 セルニカ村の人間たちは知っている。


 この国は厳しい。


 地主も変わらない。


 貧困も消えない。


 だが。


 あの変な獣人が来てから。


 少なくとも。


 “笑う回数”だけは増えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ