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セルニカ村へ人が戻り始めたのは、山喰らい討伐からわずか五日後のことだった。
本来ならもっと遅くなるはずだった。
巨大魔物災害のあと、人々は普通しばらく戻らない。
恐怖が残るからだ。
だが。
セルニカ村の人間たちは貧しかった。
だから戻ってきた。
理由は極めて現実的だった。
「山喰らいの素材、絶対高く売れるぞ」
「牙だけで何年分だ?」
「皮も王都行きだろ」
「骨も薬師が買う」
つまり金である。
恐怖より生活が勝った。
それだけだった。
雪解け泥の中、避難していた村人たちが荷車を引きながら戻ってくる。
疲れた顔。
古い服。
痩せた子供。
だが目だけは妙に真剣だった。
山喰らい級の大型魔物は、一生に一度あるかないかの“大当たり”だ。
解体できれば冬数年分の価値がある。
だから皆、必死だった。
「急げ!」
「肉腐る前に切れ!」
「脂も無駄にするな!」
セルニカ村は、半壊したまま妙な活気に包まれていた。
その中央で。
「のだぁ〜〜〜♪」
銀髪の大男が雪かきをしていた。
レイである。
しかも。
かなり真面目に働いていた。
ざっざっ。
巨大スコップで雪をどかしている。
普通の人間なら数人必要な作業を、一人でやっていた。
しかも速い。
「のだぁ!」
どがっ!!
凍った雪塊が吹き飛ぶ。
道が一瞬で開く。
村人たちは若干引いていた。
「……早ぇ」
「除雪隊いらねぇじゃん」
「なんで英雄が雪かきしてんだ」
レイはきょとんとした。
「のだぁ?」
「道ないと荷車通れないのだぁ」
真顔だった。
獣人族は単純である。
困ってる。
道塞がってる。
じゃあどかす。
以上。
しかも。
最近のレイは少し変わっていた。
オルジェフ地方。
ヴェルシナ地方。
色々見てしまった。
だから。
「のだぁ……」
レイは荷車を押しながらぼそりと呟く。
「お腹空くの嫌なのだぁ」
だから物流護衛もしていた。
東部地方は危険だ。
盗賊。
魔物。
雪崩。
輸送隊はすぐ死ぬ。
だが。
レイが前歩いてるだけで全部逃げる。
山賊など遠くからレイを見るだけで消える。
当然である。
誰が世界最強へ突っ込むのか。
「のだぁ〜〜〜♪」
レイ本人はかなり機嫌が良かった。
理由。
いっぱい感謝されるから。
「レイ様ありがとう……!」
「助かったよ……!」
「荷車守ってくれて本当に……」
「のだっ♡」
尻尾ぶわん。
完全に大型犬だった。
その頃。
セルニカ駐屯兵たちは妙な騒ぎになっていた。
「……おい」
「ん?」
「レイ様いるぞ」
「マジか!?」
ざわざわ。
若い兵士たちが集まり始める。
しかも。
全員妙にそわそわしていた。
「どうする?」
「今しかなくね?」
「でも忙しそうだぞ」
「いやでも……!」
最終的に。
一番若い兵士が押し出された。
「お、お前行けよ」
「なんで俺なんだよ!?」
「年下の方が可愛がられるだろ!」
「意味わかんねぇ!」
一方。
レイは普通に雪をどかしていた。
「のだぁ〜〜〜」
ざっざっ。
そこへ。
「あ、あの!!」
兵士が勢いよく敬礼した。
レイが振り返る。
「のだぁ?」
兵士は真っ赤だった。
「サ、サインください!!」
静寂。
周囲の兵士たちが息を呑む。
レイはきょとんとしていた。
「さいん?」
「名前書いてください!!」
「のだぁ?」
レイは少し考え込んだ。
そして。
「うむ!」
どやぁ。
「吾輩、有名人なのだぁ!」
めちゃくちゃ嬉しそうだった。
尻尾ぶわぁん!!
雪が吹き飛ぶ。
「レイ様落ち着いてください!!」
だがレイはもうご機嫌だった。
「のだのだぁ♡」
兵士から紙を受け取る。
そして。
真剣な顔で書き始めた。
なお。
字は死ぬほど汚かった。
『れいなのだぁ』
曲がっていた。
しかも途中でインク滲んでる。
だが。
若い兵士は感動していた。
「うわぁぁぁ……」
震えている。
「家宝だ……」
「そこまでなのだぁ!?」
レイはびっくりした。
だが。
周囲の兵士たちは完全に本気だった。
「俺も欲しい!」
「レイ様こっちにも!!」
「剣にも書いてください!!」
「のだぁ!?」
数分後。
セルニカ駐屯所前は大混乱だった。
「押すな!!」
「順番だ!!」
「レイ様ぁぁぁ!!」
レイ本人は。
「のだっ♡のだっ♡」
超上機嫌。
完全に褒められ大型犬モードである。
その姿を。
セルニカ村の老人たちは少し離れた場所から見ていた。
「……変な英雄だな」
「普通もっと偉そうだろ」
「雪かきしてるしな」
「しかもサインで喜んでる」
皆、少し笑う。
セルニカ村は貧しい。
ずっと見捨てられてきた。
だから本来なら、“英雄”なんて遠い存在のはずだった。
だが。
今ここにいる獣人は。
普通に雪をどかし。
荷車を押し。
子供へ肉を配り。
兵士へサインを書いている。
変だった。
だが。
その変さが、妙にこの寒村へ馴染んでいた。
「のだぁ〜〜〜♡」
レイは満面の笑みでサインを書き続けていた。
なお本人。
自分が地方兵士たちの間で半分神格化されていることは、まだよく理解していなかった。




