35 セルニカ村編
ルミナス王国東部辺境。
春先だというのに空気は冷え切っていた。
灰色の空。
ぬかるんだ道。
腐りかけた柵。
そして。
人の消えた村。
セルニカ村だった。
一年前まで、そこには確かに人がいた。
貧しかったが、それでも暮らしていた。
畑を耕し。
子供が走り回り。
冬を耐え。
そうやって生きていた。
だが今。
村は空っぽだった。
扉は開き。
家畜小屋は壊れ。
風だけが吹いている。
理由は単純。
魔物。
しかも。
大型。
この辺境では珍しくない話だった。
だが今回は規模が違う。
山を崩し。
荷馬車を潰し。
村を丸ごと襲う。
そんな怪物が現れた。
地方兵では無理。
討伐隊も壊滅。
だから村人たちは逃げた。
周辺都市へ。
親戚の村へ。
あるいは王都近くへ。
そして。
王都へ救援要請が送られた。
普通なら。
数ヶ月待ちだった。
ルミナス王国は広い。
魔物被害は多い。
地方など後回し。
それが現実だった。
だが。
今回は違った。
「のだぁ〜〜〜♪」
ぬかるんだ街道を、一人の銀髪男が歩いていた。
レイである。
しかも。
腰に剣を差していた。
かなり珍しい。
「のだっ♡」
レイは少し上機嫌だった。
理由。
最近、新発見をしたからである。
「むむっ」
レイは歩きながら剣を見る。
「剣って便利なのだぁ」
真顔だった。
「殴るより手が痛くないのだぁ」
今さらだった。
世界最強。
なのに。
今まで基本的に素手で殴っていた。
理由。
獣人族だから。
以上。
だが最近。
灰霧街道事件以降、ようやく理解した。
剣を使うと楽。
つまり。
文明。
獣人族基準では大発見だった。
「吾輩、天才なのだぁ!」
どやぁ。
なお周囲に誰もいない。
セルニカ村周辺は完全避難区域だった。
静かだった。
風の音だけ。
だが。
レイの鼻はずっと動いていた。
くん。
くん。
「のだぁ……」
臭い。
血。
泥。
死。
そして。
巨大な獣臭。
「大きいのだぁ」
レイは少しだけ真顔になった。
村へ近づく。
壊れた柵。
踏み潰された畑。
爪痕。
しかも深い。
「むむっ」
レイはしゃがみ込んだ。
地面を触る。
「硬いのだぁ」
つまり。
かなり重い。
普通の魔物じゃない。
その時。
風が吹いた。
村の奥から。
嫌な臭い。
「のだぁ……」
レイはゆっくり立ち上がった。
その目だけが静かになる。
いつものへらへら感が消えていた。
獣人族は本能で理解する。
危険。
縄張り。
死。
そういうものを。
「いるのだぁ」
レイは剣へ手をかけた。
すらり。
銀色の刃が抜かれる。
その瞬間。
風が止まった。
静寂。
次の瞬間だった。
どごぉぉぉぉんっ!!
村奥の家屋が吹き飛んだ。
巨大な影。
黒い。
異常に大きい。
四足。
角。
腐った毛皮。
そして。
赤い目。
「のだぁ?」
レイはきょとんとした。
「なんか汚いのだぁ」
それは。
“山喰らい”。
東部地方に伝わる古い大型魔物だった。
普通なら軍が出る。
村一つ潰せる怪物。
実際、セルニカ村は壊れた。
だが。
レイは。
「むむっ」
真顔で剣を握り直した。
「ちょうどいいのだぁ」
少し嬉しそうだった。
「最近、剣使いたかったのだぁ!」
山喰らいが咆哮する。
空気が震える。
家屋が揺れる。
普通の人間なら立っていられない。
だが。
レイは。
「のだぁあああ!!」
突っ込んだ。
速い。
雪解け泥が吹き飛ぶ。
そして。
ぶぉんっ!!
剣が振るわれた。
重い。
速い。
雑。
だが。
異常に強い。
山喰らいの前脚が吹き飛んだ。
黒い血。
絶叫。
村が揺れる。
レイは目を輝かせていた。
「のだっ♡」
尻尾ぶわん。
「やっぱり剣便利なのだぁ!」
完全に感動していた。
山喰らいは暴れる。
家屋を潰しながら突進。
だが。
レイは笑っていた。
「遅いのだぁ!」
跳ぶ。
高い。
普通の人間ではありえない高さ。
そして。
上から。
どごぉぉぉんっ!!
剣が頭へ叩き込まれた。
地面が割れる。
静寂。
巨大魔物は、そのまま崩れ落ちた。
終わりだった。
「のだぁ〜〜〜♪」
レイは山喰らいの上へ座り込んだ。
嬉しそう。
かなり嬉しそう。
「剣、楽しいのだぁ♡」
なお。
セルニカ村避難民たちはまだ知らない。
自分たちの村を潰しかけた怪物が。
“剣って手痛くないんだ!”と感動している獣人に処理されたことを。




