30
ヴェルシナ地方の夕暮れは早かった。
山々の影が谷間へ落ち始めると、一気に空気が冷え込む。
雪解け水の流れる音。
針葉樹のざわめき。
遠くで鳴く獣の声。
そんな静かな山岳集落へ。
「のだぁああああ!!」
場違いな大声が響いた。
見張り台の若者たちが振り返る。
そして。
「……は?」
全員固まった。
山道の向こうから、巨大な銀髪男が歩いてきていた。
しかも。
異常な量の魔物を引きずって。
黒角狼。
山岳熊。
岩蜥蜴。
雪牙猪。
普通なら討伐隊を組む相手ばかりだった。
それを。
全部一人で。
縄でまとめて引っ張っている。
しかも本人は。
「重いのだぁ〜〜〜」
くらいの顔だった。
「……なんだあれ」
「狩り?」
「いや狩りって量じゃねぇだろ」
「軍隊でも通ったのか?」
レイは村へ入るなり、どさぁぁぁんっと魔物の山を地面へ投げた。
雪が舞う。
「のだっ♡」
どやぁ。
「いっぱい狩ったのだぁ!」
村人たちは完全に沈黙していた。
量がおかしい。
しかも。
全部大型。
そのうち老人たちまで出てきた。
「……おい」
「これ全部一人で?」
「のだぁ?」
レイはきょとんとした。
「うむ!」
どやぁ。
「お腹空いたからいっぱい狩ったのだぁ!」
規模が違う。
普通の狩人は数日かけて一頭仕留める。
だがレイは違う。
山を散歩する感覚で魔物を消してくる。
しかも。
本人は“ついで”だと思っている。
「のだぁ〜〜〜♪」
レイは上機嫌だった。
なぜなら。
周囲がざわざわしているから。
つまり。
褒められそう。
完全に大型犬の思考だった。
そして予想通り。
「……すげぇ」
「こんなの冬前でも見たことねぇぞ」
「村全部で数週間食える……」
「黒角狼までいるぞ……!」
空気が変わった。
特に女たち。
戦争以降、男手不足が深刻なこの地方では、“大量に食料を持ち帰る男”は本能的に強い。
しかも。
高身長。
強い。
顔が良い。
危険だった。
「レイ様すごい……」
「本当に山の神様みたい……」
「毛並み綺麗……」
「尻尾触りたい……」
「のだっ♡」
レイの耳がぴくぴく動く。
嬉しい。
超嬉しい。
「そんなに褒めるななのだっ♡」
なお誰もまだ直接褒めてはいない。
しかしレイはもう溶け始めていた。
尻尾ぶんぶん。
顔にやけ。
完全にご機嫌。
一方。
村人たちは大忙しだった。
「急げ!!」
「血抜きしろ!!」
「毛皮傷つけるな!!」
「子供は脂運べ!!」
大量の魔物肉処理が始まる。
山岳民族たちは手際が良かった。
解体。
塩漬け。
燻製。
内臓分け。
男手不足でも、こういう技術は身体へ染みついている。
その光景を。
「のだぁ?」
レイはぼんやり見ていた。
少し不思議そうだった。
「いっぱい働いてるのだぁ」
「当然だろ」
若い女狩人が笑った。
「こんだけ肉あったら冬越せる家も増える」
「のだぁ?」
レイはきょとんとする。
「そんなに大事なのだぁ?」
「……お前」
女狩人は呆れた顔になった。
「山での冬舐めてるだろ」
「吾輩、冬でもその辺で寝れるのだぁ」
「獣かよ」
「獣人なのだぁ!」
どやぁ。
周囲から笑い声が上がる。
レイはそれだけでさらに機嫌が良くなった。
「のだっ♡」
その時だった。
年老いた解体職人が、岩蜥蜴の肉を見ながら唸る。
「……綺麗に仕留めてるな」
静かな声。
「無駄に肉が潰れてねぇ」
周囲も少しざわつく。
「確かに……」
「普通なら暴れて駄目になるのに」
「山岳熊の首も一撃だぞこれ」
レイは褒められていると気づいた。
次の瞬間。
「のだっ♡♡♡」
完全に溶けた。
ぐにゃぁぁ。
「えっへん!えっへん!」
尻尾ぶわんぶわん。
「吾輩、天才狩人なのだぁ!」
どやどやぁ。
「足臭くないしイケメンなのだぁ!」
最後いらなかった。
だが現地民たちは笑っていた。
王都貴族みたいな嫌味がない。
ただ自慢しているだけ。
しかも。
本当に強い。
だから妙に腹が立たない。
「レイ様!」
子供たちが駆け寄ってくる。
「また狩り連れてって!」
「のだぁ?」
レイは少し考え込んだ。
「危ないのだぁ」
珍しく真面目な顔。
「魔物は痛いのだぁ」
子供たちはしゅんとした。
だが。
レイは数秒後。
「でもぉ!」
どやぁ。
「吾輩の後ろで応援するならいいのだぁ!」
「ほんとか!?」
「うむ!」
レイは満面の笑みだった。
「尻振りダンス見せてやるのだぁ!」
「それ応援なのか?」
村中が笑った。
夕暮れの山岳集落には、久しぶりに賑やかな空気が流れていた。
戦争。
貧困。
男不足。
ずっと重かった空気を。
この獣人は、力尽くで吹き飛ばしていく。
そして当の本人は。
「のだぁ〜〜〜♡」
美女たちに褒められながら、完全に幸せそうに溶けていた。




