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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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 北東辺境山岳地帯――ヴェルシナ地方。


 ルミナス王国本土とは空気が違った。


 山が深い。


 岩肌は黒く、針葉樹林はどこまでも続き、谷間には霧が溜まっている。


 春が近いとはいえ、雪はまだ残っていた。


 そして何より。


 人々の目つきが違う。


 鋭い。

 静か。

 警戒心が強い。


 王都の人間みたいに愛想笑いをしない。


 この土地は昔から中央との関係が薄かった。


 山岳民族。

 狩猟民。

 放牧民。


 王国へ従ってはいるが、心までは従っていない。


 そんな地域だった。


 しかも。


 最近は空気がさらに悪い。


「また王都の役人が揉めたらしいぞ」


「今度は何やった」


「祭祀用の酒を勝手に捨てた」


「馬鹿か?」


「馬鹿なんだろ」


 酒場の空気は冷えていた。


 原因は単純。


 王都から派遣された若い貴族役人たちだった。


 彼らはこの地方を“遅れた田舎”だと思っている。


 だから平気で土足で文化へ踏み込む。


「臭い」

「迷信だ」

「非効率だ」

「文明化しろ」


 そんな態度ばかり。


 その結果。


 現地民との関係は最悪だった。


 しかも。


 戦争の影響も大きかった。


 数年前の北方戦争。


 若い男たちは大量に徴兵された。


 そして大量に帰ってこなかった。


 今のヴェルシナ地方は、女と老人が異様に多い。


 酒場も。

 市場も。

 村も。


 どこか歪だった。


 そんな場所へ。


「のだぁ〜〜〜♪」


 場違いな声が響いた。


 山道。


 雪を踏みながら巨大な銀髪男が歩いている。


 レイである。


 しかも。


 肩に巨大魔物を担いでいた。


 黒角狼。


 この地方で恐れられている大型魔物だった。


 普通の狩人なら命懸け。


 だがレイは。


「重いのだぁ」


 くらいの感覚だった。


 その姿を、村の見張りたちはぽかんと見ていた。


「……なんだあれ」


「熊か?」


「いや人だ」


「でかすぎるだろ」


 レイは気づくと満面の笑みになった。


「のだっ♡」


 尻尾ぶわん。


「こんにちはなのだぁ!」


 見張りたちは固まる。


 獣人。


 しかも。


 異様に強そう。


 だが。


 どこか間抜け。


 そして。


 笑顔が妙に人懐っこい。


「……王都の人間か?」


「のだぁ!」


 レイは胸を張った。


「王族直属遊撃兵レイなのだぁ!」


 どやぁ。


「足臭くない天才イケメンレイ様に進化したのだぁ!」


 静寂。


「…………」


「…………」


「…………」


 現地民たちは顔を見合わせた。


 意味がわからない。


 だが。


 数秒後。


 誰かが吹き出した。


「ははっ……!」


「なんだそりゃ」


「変なやつだな」


 その笑いは、王都の嘲笑とは違った。


 もっと素朴だった。


 レイはそれを見て嬉しそうになった。


「のだっ♡」


 尻尾ぶんぶん。


 その時だった。


 村の奥から悲鳴。


「魔物だ!!」


 空気が変わる。


 村人たちが青ざめる。


 谷側。


 巨大な影。


 山岳熊型魔物だった。


 黒い。

 大きい。

 飢えている。


 冬明け前は特に危険だった。


 食料不足で里へ降りてくる。


 男手の減った村では対処できない。


「下がれ!!」


「子供を中へ!!」


 女たちが慌てて動く。


 だが。


「のだぁ?」


 レイだけは首を傾げていた。


「お腹空いてるのだぁ?」


 次の瞬間。


 どごぉんっ!!


 地面が揺れた。


 レイが走ったのである。


 速い。


 異常に速い。


 雪が吹き飛ぶ。


 そして。


「のだぁあああ!!」


 ばごぉんっ!!


 熊型魔物が横へ吹き飛んだ。


 岩壁へ激突。


 骨が砕ける音。


 静寂。


 レイは魔物を見下ろしていた。


「のだぁ」


 真顔。


「村来たらダメなのだぁ」


 それだけだった。


 現地民たちは完全に固まっていた。


「…………」


「…………」


「…………」


「……終わった?」


「一発で?」


「なんだあいつ……」


 レイは普通に魔物を担ぎ上げた。


「のだぁ〜〜〜♪」


 鼻歌。


「今日は熊鍋なのだぁ!」


 その瞬間。


 村の女たちの空気が変わった。


 なぜなら。


 久しぶりだったからだ。


 “若くて強い男”を近くで見るのが。


 戦争で男が減ったこの土地では、それだけで価値がある。


 しかも。


 高身長。

 顔が良い。

 強い。


 その上。


 妙に愛嬌がある。


「……すごい」


「強すぎる……」


「しかも獣人……」


「毛並み綺麗……」


 危険だった。


 かなり危険だった。


 その時。


 村の老婆がレイへ近づいた。


 しわだらけの顔。


 だが目は鋭い。


「お前、王都の役人じゃないな」


「のだぁ?」


 レイはきょとんとした。


「吾輩、遊撃兵なのだぁ!」


「つまり戦士か」


「うむ!」


 どやぁ。


「世界最強なのだぁ!」


 老婆はしばらくレイを見ていた。


 そして。


 少しだけ笑った。


「……なら歓迎する」


 静かな声だった。


「今の王都役人どもより、よほど話が通じそうだ」


 レイは嬉しそうになった。


「のだっ♡」


 尻尾ぶわぁん!!


 雪が舞う。


「吾輩、お友達いっぱい作るのだぁ!」


 その姿を見ながら。


 現地民たちは少しだけ空気を緩めていた。


 王都から来た人間。


 なのに。


 妙にこの土地へ馴染む。


 なぜならレイは。


 中央の貴族社会より。


 こういう“生きることが近い土地”の方が、ずっと獣人族に近かったからだった。

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