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ルミナス王国王都。
北方の巨大帝国らしく、冬は長く、石造りの建物は分厚い。
兵舎も例外ではなかった。
重たい石壁。
古い木製廊下。
暖炉の煤の臭い。
煮込みスープと革靴の混ざった独特の空気。
その兵舎の二階。
最奥。
普通なら二人部屋として使われる広い部屋を、一人で占領している男がいた。
「のだぁ〜〜〜♪」
銀髪。
巨体。
異様に整った顔。
世界最強の男にして、獣人族最後の生き残り。
レイである。
現在のレイは上機嫌だった。
「のだっ♪のだっ♪」
ふさふさの巨大な尻尾がぶんぶん左右に動く。
その尻尾の先には布が巻き付けられていた。
即席掃除道具である。
しゅっ。
しゅっ。
床の埃が綺麗に集められていく。
「のだぁ……」
レイはうっとりした。
「尻尾便利すぎなのだぁ……」
しゅっしゅっ。
「獣人族最高なのだぁ……」
しゅっしゅっ。
「人間族かわいそうなのだぁ……ぷぷっ……」
完全に馬鹿にしていた。
実際、獣人族の身体能力は異常だった。
筋力。
反射神経。
嗅覚。
聴覚。
全部おかしい。
そして尻尾も普通に便利だった。
物を持てる。
バランスを取れる。
感情表現もできる。
ついでに掃除もできる。
人間族からすると意味不明な進化である。
「のだぁ〜〜〜♪」
レイは鼻歌交じりだった。
なぜここまで掃除に熱心なのか。
理由は単純。
獣人族は異様に綺麗好きだからである。
理由も単純。
健康アピールが求愛成功率に直結するからだ。
獣人族の恋愛は極めて単純だった。
「毛並み良い!」
↓
「健康そう!」
↓
「好き!」
である。
逆に毛並みが悪いと終わる。
「うわっ……臭いのだぁ……」
↓
「病気かもしれないのだぁ……」
↓
「子供弱そうなのだぁ……」
終了。
獣人族社会は残酷だった。
なので彼らは本能レベルで清潔好きだった。
毎日毛繕い。
毎日掃除。
毎日健康チェック。
なお知能は低い。
そこだけはどうしようもなかった。
「のだぁ♪」
レイは鏡の前で尻尾をふくらませた。
「ふわふわなのだぁ……」
うっとり。
「今日も健康なのだっ♡」
兵舎の女兵士たちがたまにレイを見て赤くなる理由の半分くらいはこの毛並みだった。
大型肉食獣みたいな見た目なのに、妙に毛並みが良い。
しかも本人がやたら毛艶を気にする。
休日には日向で尻尾を乾かしている。
完全に猫だった。
その時。
どんどんどん。
部屋の扉が叩かれた。
「レイ!!いるか!!」
「のだぁ?」
ガルド団長の声だった。
「開けるぞ」
「のだぁ〜」
がちゃ。
扉が開いた。
そしてガルドは固まった。
「…………」
レイは尻尾で床掃除していた。
しかも異様に上手かった。
もはや職人技だった。
「のだぁ?」
「……お前何してる」
「掃除なのだぁ!」
「それは見ればわかる」
「尻尾便利なのだぁ!」
ぶんっ!!
埃が綺麗に隅へ集まる。
ガルドはちょっと感心してしまった。
「……すげぇな」
「のだっ♡」
褒められたと思ったレイは尻尾をぶんぶん振った。
風圧で机の書類が吹き飛んだ。
「ああああ!!馬鹿!!」
「のだぁ!?」
「尻尾振るな!!」
「嬉しかったのだぁ!」
「犬かお前は!!」
実際かなり犬だった。
感情が全部尻尾に出る。
嬉しいと振る。
怒ると膨らむ。
警戒すると立つ。
眠いと床をぺしぺし叩く。
兵舎の人間たちはだいぶ慣れてきていた。
「……しかし綺麗だな」
ガルドは部屋を見回した。
本当に綺麗だった。
床も整頓されている。
鎧も磨かれている。
窓も拭かれている。
男所帯の兵舎とは思えない。
「当然なのだぁ!」
レイは胸を張った。
「汚い獣人族はモテないのだぁ!」
「へぇ」
「毛並みは命なのだぁ!」
「なんか馬みたいだな」
「のだぁ?」
レイはきょとんとした。
「人間族は違うのだぁ?」
「まあ清潔な方がモテるのは同じだが……」
「ほら見ろなのだぁ!」
レイは勝ち誇った。
「つまり獣人族の方が進化してるのだぁ!」
「どういう理論だよ」
「尻尾で掃除できるからなのだぁ!」
どやぁ。
ガルドは頭を抱えた。
しかし実際、レイの清潔習慣は兵舎でもかなり助かっていた。
なにせレイは臭くない。
大型獣人なのに。
むしろ干した布団みたいな匂いがする。
これはかなり重要だった。
王国兵士には風呂嫌いも多い。
特に冬。
北方帝国の冬は地獄である。
「寒いから今日はいいか……」
が積み重なる。
結果、兵舎は臭くなる。
だがレイは違う。
「のだぁ!臭いの嫌なのだぁ!」
毎日洗う。
しかも冬でも洗う。
湯気を出しながら毛繕いしている。
たまに猫みたいに窓辺で乾いている。
兵士たちは最初かなり困惑した。
「……あいつ本当に最強兵士か?」
「なんか生活だけ見ると妙にちゃんとしてるよな」
「なお頭」
「なお頭」
評価はだいたいそれだった。
その時。
レイが突然真顔になった。
「……むむっ」
「どうした」
「危険なのだぁ」
「は?」
レイは窓辺へ歩いた。
くんくん。
鼻が動く。
「雪の臭いなのだぁ」
「……あー」
ガルドも外を見た。
灰色の空。
重たい雲。
「確かに降りそうだな」
「のだぁ……」
レイは真剣な顔だった。
「干し肉いっぱい買わなきゃなのだぁ……」
「そこかよ」
「雪の日は外出たくないのだぁ!」
「お前魔物狩り行くだろいつも」
「仕事は別なのだぁ」
レイは当然のように言った。
「吾輩、面倒なこと嫌いなのだぁ」
「よく兵士やってんなお前」
「お金いっぱい貰えるのだっ♡」
にこぉ。
ガルドは深々とため息を吐いた。
しかし。
その直後。
レイは再び尻尾で掃除を始めた。
しゅっ。
しゅっ。
「のだぁ〜〜♪」
妙に幸せそうだった。
世界最強。
国防の要。
王国最終兵器。
なのに今やっていることは尻尾掃除。
ガルドはふと思った。
(……こいつ、もし普通に獣人族社会で暮らしてたら)
多分。
かなりモテた。
毛並みが良い。
健康。
強い。
清潔好き。
獣人族基準だと高スペックすぎる。
なお知能。
「のだぁ!」
レイは得意げに埃をまとめた。
「見ろなのだぁ!完璧なのだぁ!」
次の瞬間。
尻尾で水桶をひっくり返した。
ばしゃぁっ!!
「のだぁあああああ!?!?!?」
「馬鹿ァ!!!」




