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王都キャビア。
高級住宅街。
そこに。
明らかに場違いな屋敷があった。
いや、正確には。
中身が場違いだった。
王族直属遊撃兵レイへ国王カルパスが与えた屋敷。
広い。
暖炉付き。
浴室付き。
ふかふか絨毯。
巨大ベッド。
本来なら貴族が住むような屋敷である。
だが。
「のだぁ〜〜〜……」
現在。
銀髪の大型獣が床を転がっていた。
ごろごろ。
ごろごろ。
完全に猫だった。
パジャマ姿のレイである。
しかも寝癖が酷い。
ふわふわ銀髪が爆発している。
「のだぁ……」
しなしな。
「眠いのだぁ……」
床に顔を押し付けながら呻いていた。
理由。
夜更かし。
しかも。
珍しく自主的な夜更かしだった。
昨夜。
レイはずっと鏡の前で練習していたのである。
「……もう遅い」
きりっ。
「のだぁ?」
首傾げ。
「……もう遅い」
きりっ。
「むむっ」
真顔。
「難しいのだぁ」
完全にアホだった。
最近酒場で聞いたらしい。
『強者はタイミングよく“もう遅い”と言う』
という謎知識。
レイは本気だった。
獣人族の天才である。
つまり。
努力する。
「のだぁ!」
鏡の前。
びしっ。
「もう遅いのだぁ!」
違う。
「むむむっ……!」
やり直し。
「……もう遅い」
低音。
「のだっ♡」
自分でちょっと満足。
だが。
その練習を。
美女たちに囲まれてやっていた。
王都は今、レイ人気が危険だった。
貴族令嬢。
商人娘。
使用人。
果ては王宮女官。
皆、
『白銀の獣英雄』
に脳を焼かれている。
その結果。
「レイ様すごーい♡」
「かっこいい〜♡」
「“もう遅い”似合います〜♡」
「のだっ♡」
レイは褒められていた。
超褒められていた。
尻尾ぶんぶん。
そして。
調子に乗った。
「……もう遅い」
どやぁ。
「きゃ〜〜〜♡」
「レイ様素敵〜〜♡」
「のだっ♡のだっ♡」
結果。
夜更かし。
現在。
完全に寝不足大型犬である。
「のだぁ……」
ごろごろ。
「吾輩、もう駄目なのだぁ……」
床に溶けていた。
その時。
屋敷の使用人長が入ってきた。
「レイ様」
「のだぁ……」
「朝食をお持ちしました」
「お肉なのだぁ?」
「はい」
次の瞬間。
レイ復活。
「のだぁっ♡」
飛び起きた。
使用人長がちょっと引く。
速い。
昨日まで、
『人間社会の腐敗とは』
みたいな空気だった男が。
今。
焼き肉で尻尾ぶんぶんしている。
情緒が極端すぎる。
「のだぁ〜〜〜♡」
レイは机へ突撃した。
肉。
パン。
スープ。
超豪華。
国王直属待遇だった。
「いただきますなのだぁ!」
もぐぅっ!!
幸せそう。
使用人たちは微妙な顔をしていた。
この男。
本当に王国最強なのか。
見た目だけなら完全に大型犬である。
「のだぁ〜〜〜♡」
もぐもぐ。
「お肉美味しいのだぁ♡」
その時。
若い侍女が恐る恐る聞いた。
「……レイ様」
「のだぁ?」
「昨日の“もう遅い”って、何なんですか?」
レイは真顔になった。
「むむっ」
ごくん。
肉を飲み込む。
「強者の技術なのだぁ」
どやぁ。
「タイミング良く言うと相手が絶望するのだぁ!」
侍女たちは静まり返った。
「…………」
「…………」
「…………」
なお。
レイ本人はまだ使い所を理解していない。
「でもぉ」
レイは少し困った顔をした。
「吾輩、まだ成功してないのだぁ」
「成功……?」
「うむ!」
レイは立ち上がった。
びしっ。
窓際へ移動。
そして。
外を見ながら低い声。
「……もう遅い」
静寂。
侍女たちは数秒固まった。
正直。
かなり格好良かった。
顔が良すぎる。
背も高い。
しかも低音。
ずるい。
「きゃ……♡」
若い侍女が赤くなる。
レイは即反応した。
「のだっ♡」
尻尾ぶわぁん!!
花瓶が吹き飛んだ。
「レイ様ァァ!!」
「またなのだぁ!?」
どがしゃあん!!
屋敷に悲鳴が響く。
その数分後。
レイはまた床を転がっていた。
「のだぁ……」
ごろごろ。
「褒められ過ぎると眠くなるのだぁ……」
完全に幸福疲労だった。
使用人たちはもう慣れていた。
世界最強。
王国の英雄。
地方を救った獣人。
なのに。
今は。
パジャマ姿で床をごろごろしている。
しかも。
「……もう遅いのだぁ……」
半分寝ながら呟いていた。
なお本人。
かなり気に入っている。




