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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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 オルジェフ事件から数週間。


 王都キャビア。


 ルミナス王国全土で、空気が妙にざわついていた。


 理由は一つ。


 白銀の獣英雄レイ。


 王族直属遊撃兵。


 そして。


 地方役人と兵士を私刑にした男。


 その評価が、階層ごとに完全に割れていた。


   ◆◆◆


 王都上流街。


 貴族専用倶楽部《白銀宮》。


 暖炉。

 香水。

 ワイン。


 今日も貴族たちは不機嫌だった。


「……結局、処罰なし」


 侯爵バウムクーヘンがワインを揺らす。


「前例として最悪ですな」


「平民どもが完全に調子に乗っている」


「最近、地方で“レイ様が来れば”などという噂が広まっているそうです」


 くすくす。


 だが笑いには苛立ちが混ざっていた。


「英雄気取りの獣風情が」


「王国法を理解していない」


「感情で殴っているだけです」


 だが。


 その場の誰も“オルジェフ地方の腐敗”自体は擁護しなかった。


 できない。


 実際腐っていたから。


 だから余計に厄介だった。


「正しい暴力ほど危険なものはない」


 老伯爵ティラミスが静かに言う。


「平民は理屈より感情で動く」


「しかも強い」


「顔も良い」


「最悪ですな」


 そこだった。


 レイ最大の問題。


 強いだけならまだいい。


 だが。


 民衆人気が高すぎる。


 地方民はもちろん。


 若い女。

 下級兵士。

 貧民層。


 異常なレベルで支持が広がっている。


「最近は娘たちまで“レイ様♡”ですわ」


 カンノーロ女伯爵が露骨に顔をしかめる。


「獣に熱を上げるなんて下品極まりない」


「しかも“優しい”だの“可愛い”だの」


「理解できませんな」


 だが。


 その場の若い使用人たちは知っていた。


 実際、王都の女性人気は危険だった。


 顔が良い。

 強い。

 しかも変に偉ぶらない。


 その上。


 子供に肉を配る。


 下町で普通に歩く。


 貴族社会の男には絶対できない。


 だから人気が出る。


 貴族たちはそれが気に入らなかった。


「……獣人など恐れられていれば良かった」


 誰かがぼそりと言った。


「愛される必要はない」


 空気が静まる。


 そこに。


 少しだけ恐怖が混ざっていた。


   ◆◆◆


 一方。


 地方。


 空気は真逆だった。


「レイ様が役人吊るしたんだってよ!」


「マジか!?」


「やっぱ王都直属は違うな!!」


「うちにも来てほしい……」


 酒場は盛り上がっていた。


 特に地方民。


 彼らにとってオルジェフ事件は衝撃だった。


 なぜなら。


 本当に貴族側が殴られたから。


 今までそんなことはなかった。


 地方で何が起きても。


 結局痛い目を見るのは地方民だった。


 だが今回は違う。


 役人。

 兵士。

 地主。


 上側が潰された。


 しかも。


 王都直属の英雄によって。


「地下牢壊したんだろ?」


「奴隷商人埋めたって話だぞ」


「怖ぇぇ……」


「でも正直スッキリした」


 皆、少し笑う。


 長年飲み込んでいたものを、代わりに吐き出してくれたような感覚だった。


「しかも肉配ったらしいぞ」


「氷牙グマだろ?」


「うらやましい……」


「子供に優しいらしい」


「あと尻尾ふわふわ」


 最後で少し変になった。


 だが地方ではもう完全に半分神話化していた。


『白銀の獣英雄』

『悪徳貴族喰い』

『泣く臭いを嫌う獣』


 尾ひれが凄い。


 レイ本人が聞いたら困惑するレベルだった。


   ◆◆◆


 そして。


 最も危険だったのは。


 兵士たちだった。


 王都兵舎。


 夜。


 若い兵士たちが酒を飲みながら騒いでいる。


「レイ様マジでかっけぇ……」


「わかる」


「腐った兵士吊るすとか普通できねぇよ」


「しかも王都戻って普通に怒られてたらしいぞ」


「レイ様らしい」


 笑い。


 だが。


 目が本気だった。


 兵士たちは知っている。


 地方がどれだけ腐っているか。


 どれだけ見捨てられているか。


 そして。


 上がどれだけ見て見ぬふりをしているか。


 皆、知っている。


 だが普通は逆らえない。


 生活がある。


 家族がある。


 だから黙る。


 しかし。


 レイは違った。


「臭いから嫌だった」


 その理由だけで殴った。


 兵士たちは、それが妙に胸に刺さっていた。


「レイ様って」


 若い兵士がぼそりと言う。


「頭良くないのに、変なところで本質見るよな」


「わかる」


「理屈じゃなくて感覚なのに、妙に正しい」


「しかもあの強さだぞ」


「完全に英雄じゃん……」


 そこへ。


 古参兵が酒を飲みながら笑った。


「英雄ってのはな」


 静かな声。


「だいたい社会不適合者だ」


 笑い。


「まともに制度へ従えるやつは、そもそも英雄にならん」


「それはそう」


「レイ様とか特にな」


 皆笑った。


 だが。


 その目には憧れがあった。


 強さ。

 自由。

 恐れなさ。


 兵士たちが本来欲しかったものを、レイは全部持っている。


 だから脳を焼かれる。


   ◆◆◆


 その頃。


 当の本人は。


「のだぁ〜〜〜♪」


 王都スラムを散歩していた。


 焼き芋を食べながら。


 本人だけが、自分がどれだけ危険な存在になりつつあるのか全く理解していなかった。

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