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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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 王都キャビア。


 王宮中央議会室。


 重厚な扉。

 赤い絨毯。

 分厚いカーテン。


 暖炉の火が揺れている。


 だが空気は冷たかった。


「……あれは越権です」


 最初に口を開いたのは侯爵バウムクーヘンだった。


 白髪。

 痩せた顔。

 冷たい目。


「王国兵士を私刑に処した」


 机を指で叩く。


「しかも地方役人、地主まで暴行」


「暴行どころではありませんな」


 子爵モンブランが鼻を鳴らす。


「半殺しです」


「密輸倉庫も破壊されたそうだ」


「街門に人間を埋めたとか」


 ざわざわ。


 議会室の空気が重くなる。


 そこにいたのは王国上層貴族たちだった。


 軍閥。

 大地主。

 中央官僚。


 全員、顔色が悪い。


 理由は単純。


 レイが危険すぎるからだ。


「……前例が悪い」


 伯爵ズッコットが低い声で言った。


「地方兵士を独断で吊るしたとなれば、今後地方統治に支障が出る」


「平民どもが勘違いする」


「英雄が来れば貴族を殴っていいとでも思われたらどうする」


「秩序が壊れる」


 その“秩序”という言葉に、何人かは薄く笑った。


 地方の実態など皆知っている。


 違法労働。

 借金奴隷。

 密輸。


 珍しくもない。


 問題はそこではない。


 勝手に壊されたこと。


 それが問題だった。


「そもそも」


 侯爵バウムクーヘンが言う。


「王族直属遊撃兵とは魔物討伐権限でしょう」


「ええ」


「人間社会へ介入する権限ではない」


「しかも今回は地方行政への直接破壊行為です」


 全員の顔に苛立ちが浮かんでいた。


 なぜなら。


 レイは“面倒な前例”を作った。


 地方民は噂を広める。


『王都直属は腐敗役人を潰してくれる』

『貴族より英雄が正しい』

『訴えれば助けてくれる』


 そういう空気が生まれる。


 それは困る。


 非常に困る。


「……獣人に権力を持たせすぎた」


 誰かがぽつりと言った。


 空気が少し止まる。


「元々、獣など管理できる存在ではない」


「力だけ与えればこうなる」


「所詮は野生動物です」


 くすくす。


 陰湿な笑い。


 だが。


 全員が本気で笑っているわけではなかった。


 何人かは恐れていた。


 本当に。


 レイを。


 あの男は止まらない。


 法律で。

 格式で。

 空気で。


 止まる存在ではない。


 しかも。


 異常に強い。


 そこが最悪だった。


「……陛下は?」


 誰かが聞いた。


「まだ判断を保留中だ」


「当然でしょうな」


「地方腐敗も事実だったようですし」


 そこだけは誰も否定しなかった。


 否定できない。


 帳簿。

 地下牢。

 密輸記録。


 全部見つかっている。


 つまり。


 レイは間違ってはいない。


 だが。


 正しいから困る。


 法律を無視して“正しさ”で動く怪物など、統治側からすれば悪夢でしかない。


「王国は感情で回らない」


 伯爵ズッコットが静かに言った。


「地方には地方の事情がある」


「兵士にも生活がある」


「飢えた地方では、多少の汚職は避けられない」


 それは現実だった。


 綺麗事では地方は回らない。


 だから皆、少しずつ腐る。


 そして見ないふりをする。


 だが。


 レイは見てしまった。


 臭いで。


 全部。


「……あの獣人は」


 侯爵が低く言う。


「“臭い”で判断しているそうですな」


「らしいですな」


「恐ろしい話だ」


 普通の人間は見ない。


 見えても無視する。


 だがレイは違う。


 臭うから気づく。


 泣いてる臭い。

 血の臭い。

 恐怖の臭い。


 そして。


 気づいたら殴る。


 最悪だった。


「理性がない」


「いや」


 老公爵パンデーロが静かに口を開いた。


 今まで黙っていた男だった。


 軍閥貴族。

 北方戦線の古参。


「むしろ理性があるから厄介だ」


 空気が少し変わる。


「……どういう意味です?」


「本当に野生なら全部殺して終わる」


 静かな声。


「だがあの獣人は、“全部壊しても解決しない”と理解している」


 沈黙。


「だから中途半端に止まっている」


 それが逆に怖い。


 パンデーロ公爵は戦場で多くを見てきた。


 だからわかる。


 レイはまだ“我慢している”。


 だから今は被害が限定されている。


 もし。


 本気で人間社会そのものを敵認定したら。


 誰も止められない。


「……陛下は難しい立場ですな」


 誰かが呟いた。


 その通りだった。


 国王カルパスはレイを必要としている。


 魔物災害。

 国境問題。

 怪異。


 あの獣人一人で片付く案件が多すぎる。


 だが。


 同時に。


 貴族社会も必要だ。


 地方統治。

 税。

 軍。


 全部貴族で回っている。


 だから。


 どちらかだけを選べない。


「結局」


 侯爵バウムクーヘンが言った。


「問題はあの獣人をどう扱うかです」


 静かな空気。


「褒美を与え続ければ増長する」


「しかし罰すれば地方人気が爆発する」


「軍内部人気も危険なレベルだ」


「兵士どもは完全に英雄視していますからな」


 しかも。


 若い女たちにも人気。


 最悪だった。


 そこへ。


 議会室の扉が開く。


 王宮文官だった。


「陛下より通達です」


 空気が張る。


 文官は紙を広げた。


「王族直属遊撃兵レイに対し――」


 沈黙。


「独断行動への厳重注意」


 何人かが頷く。


 当然。


「ただし」


 続きを聞いた瞬間。


 空気が変わった。


「オルジェフ地方腐敗摘発の功績を認め、処罰は行わない」


 沈黙。


 重たい沈黙。


 つまり。


 王はレイを切らなかった。


 だが全面擁護もしない。


 絶妙だった。


 非常にカルパス王らしい判断だった。


「……なるほど」


「バランスを取ったか」


「地方民には恩を売り、貴族には面目を残した」


 だが。


 侯爵バウムクーヘンだけは苦々しい顔だった。


「……甘い」


 ぽつり。


「あの獣人は、またやりますよ」


 誰も否定しなかった。


 なぜなら。


 皆もう理解している。


 レイは。


 法律では動かない。


 臭いで動く。


 そしてその臭いが。


 この国には、あまりにも多すぎた。

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