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獣人族はアホじゃないのだぁ  作者: 雪だるま


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 王都キャビア。


 華やかな中央区から少し外れた場所。


 石畳は割れ。

 雪は黒く汚れ。

 排水路から悪臭が漂っている。


 王都スラム。


 帝都の影だった。


 昼間だというのに空気が暗い。


 酒。

 煙。

 咳。


 壁際には浮浪者。

 痩せた子供。

 仕事のない元兵士。


 地方ほど静かではない。


 むしろ騒がしい。


 怒鳴り声。

 喧嘩。

 笑い声。


 全部が濁っている。


 そして。


「のだぁ〜〜〜」


 そこを銀髪の大男が歩いていた。


 レイである。


 しかも。


 完全に散歩だった。


「のだっ♡」


 尻尾ぶん。


 鼻歌。


 王都直属遊撃兵。


 世界最強。


 なのに今やってることはスラム徘徊だった。


 周囲のチンピラたちがざわつく。


「……なんだあいつ」


「貴族か?」


「いや獣人……?」


「でけぇ……」


 レイは気にしない。


「のだぁ〜〜〜♪」


 きょろきょろ。


 完全に観光客だった。


 だが。


 その目だけは少し静かだった。


 オルジェフ地方から帰ってきて数日。


 レイはずっと考えていた。


 獣人族にしては珍しく。


 かなり長時間。


「のだぁ……」


 スラムの臭い。


 飢え。

 酒。

 病気。

 血。


 地方と似ていた。


 違うのは。


 ここには王宮が近いこと。


 豪華な劇場も。

 舞踏会も。

 高級料理店も。


 全部すぐ近くにある。


 なのに。


 こっちは腐っている。


「変なのだぁ……」


 レイはぼそりと言った。


 獣人族は単純だ。


 群れが飢えたら狩る。


 弱った子供がいたら食わせる。


 強いやつが前へ出る。


 それだけ。


 人間社会みたいに。


 近くで飢えてるのに放置する感覚が、レイにはよくわからなかった。


 その時。


 路地裏で小さな喧嘩が起きていた。


「返せよ!!」


「うるせぇ!!」


 痩せた少年二人。


 パンの奪い合いだった。


 小さい。


 乾いた黒パン。


 それを必死に引っ張り合っている。


 レイは止まった。


「のだぁ?」


 少年たちはレイを見た瞬間、青ざめた。


「ひっ……」


「ば、化け物……!」


 スラムでは有名だった。


 白銀の獣英雄。


 魔物を素手で潰す怪物。


 レイはしゃがみ込んだ。


「のだぁ?」


 少年たちを見る。


「パン一個で喧嘩なのだぁ?」


 少年たちは答えない。


 警戒している。


 レイはしばらく考えた。


「むむっ」


 そして。


 懐から干し肉を出した。


 どさっ。


「食うのだぁ」


 少年たちが固まる。


「……え?」


「吾輩、いっぱい持ってるのだぁ」


 本当にいっぱい持っていた。


 獣人族なので常に食料を携帯している。


 少年たちは震えながら干し肉を見る。


 目が怖い。


 飢えた目だった。


「食べないのだぁ?」


 レイが首を傾げる。


 次の瞬間。


 少年たちは飛びついた。


 むしゃむしゃ。

 必死。


 レイは黙って見ていた。


「のだぁ……」


 その時。


 路地奥から女が出てきた。


 痩せている。


 咳をしている。


「こらっ!」


 慌てて子供たちを抱き寄せた。


「申し訳ありません……!」


 レイはきょとんとした。


「のだぁ?」


 女は怯えていた。


 貴族。

 兵士。

 裏組織。


 スラムの人間にとって、“力を持つ存在”は大体怖い。


 だから反射で頭を下げる。


 レイは少し困った顔をした。


「吾輩、別に怒ってないのだぁ」


 女はぽかんとした。


「……え?」


「お腹空いてたのだぁ?」


 静かな声だった。


 女の目が少し揺れる。


「……はい」


 その瞬間。


 レイは少しだけ目を伏せた。


 オルジェフ地方を思い出した。


 地下牢。

 鎖。

 飢えた臭い。


「のだぁ……」


 レイは立ち上がった。


 空を見る。


 灰色。


 王都なのに、空は地方と同じ色だった。


「うむ!」


 突然。


 レイは胸を張った。


「吾輩は魔物退治を全力でやるまでなのだぁ!」


 女がぽかんとする。


 少年たちも止まる。


 レイは真顔だった。


「吾輩、難しいことわからないのだぁ!」


 どやぁ。


「でも魔物は殴れば死ぬのだぁ!」


 路地裏が静まり返る。


「だからいっぱい狩るのだぁ!」


 尻尾ぶわん。


「いっぱい狩れば、いっぱいご飯なのだぁ!」


 それは。


 獣人族の答えだった。


 単純。


 馬鹿。


 でも。


 少なくとも本気だった。


 レイは政治を知らない。


 経済も知らない。


 革命も知らない。


 だが。


 飢えが嫌い。


 泣く臭いが嫌い。


 それだけはわかる。


「のだぁ!」


 レイはまた歩き出した。


「吾輩、世界最強なのだぁ!」


 どやどやぁ。


「だからいっぱい魔物狩るのだぁ!」


 その背中を。


 スラムの人間たちは黙って見ていた。


 王都の貴族とは違う。


 救世主とも少し違う。


 ただ。


 どうしようもなく強くて。

 どうしようもなく馬鹿で。

 なのに妙に優しい。


 そんな獣人だった。


 そしてレイは。


「のだぁ〜〜〜♪」


 また鼻歌を歌いながら歩いていく。


 だが。


 その尻尾は少しだけ元気がなかった。


 人間社会の臭いを。


 知ってしまったからだった。

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