22
オルジェフ地方。
夜。
雨。
冷たい泥。
そして。
地方全体が静かに腐っていた。
本来なら誰かが止めなければならなかった。
王都。
役人。
兵士。
貴族。
だが誰も止めない。
止める理由がないからだ。
地方は遠い。
貧民は安い。
人間は替えが効く。
それがルミナス王国の現実だった。
そして今。
「のだぁ……」
レイは地下牢の前で座り込んでいた。
鎖の臭い。
血。
飢え。
怯え。
全部鼻に入ってくる。
獣人族の嗅覚は鋭い。
だから。
見えなくてもわかる。
「のだぁ……」
地下には人がいた。
子供。
女。
老人。
痩せている。
弱っている。
レイは静かに目を閉じた。
獣人族は頭が悪い。
細かい政治も知らない。
経済も知らない。
貧困対策なんてもっとわからない。
でも。
これはわかる。
「嫌な臭いなのだぁ……」
本当に嫌だった。
腹の底がむかむかする。
怒りというより、本能的嫌悪だった。
獣人族は単純だ。
群れを飢えさせるやつ。
弱い子供を虐めるやつ。
そういうものを嫌う。
理由は知らない。
ただ嫌いなのだ。
だから。
「のだぁ……」
レイはゆっくり立ち上がった。
「何もせず帰るの、気分悪いのだぁ」
静かな声だった。
次の瞬間。
どごぉんっ!!
地方役所の壁が吹き飛んだ。
悲鳴。
「ぎゃああああ!?」
「レイだ!!」
「化け物ォ!!」
レイは歩いていた。
静かに。
怒鳴らない。
笑わない。
それが逆に怖かった。
地方兵たちは剣を抜いた。
「止まれ!!」
「王国兵士に逆らう気か!!」
レイは止まらない。
「のだぁ」
兵士が斬りかかる。
瞬間。
ばごんっ!!
兵士が天井へ突き刺さった。
レイが片手で投げただけだった。
「ひっ……!」
空気が凍る。
世界最強。
その意味を地方の人間たちは理解していなかった。
いや。
理解できるわけがなかった。
レイはもう人間の戦力ではない。
災害に近い。
そのまま。
レイは地主パンフォルテの屋敷へ向かった。
豪邸だった。
暖炉。
シャンデリア。
酒。
地方民が飢えてる中、一人だけ太っている。
レイはそれが嫌だった。
「ま、待て!!」
地主が震えながら叫ぶ。
「金なら払う!!」
「のだぁ?」
レイは首を傾げた。
「お主、ずっと金の話してるのだぁ?」
「なっ……」
地主が後ずさる。
「人間ってお金大好きなのだぁ?」
静かな声。
「でもぉ」
レイは拳を握った。
「お腹空いて泣く臭いの方が嫌なのだぁ」
次の瞬間。
ばごぉんっ!!
地主が壁ごと吹き飛んだ。
死んではいない。
だが半身が潰れていた。
悲鳴。
「ぎっ……ぁ……!」
レイは見下ろす。
「死ぬと楽なのだぁ」
珍しく冷たい声だった。
「だから半分だけなのだぁ」
地方民たちは震えていた。
怖い。
なのに。
目を離せない。
その後。
汚職兵士たちは広場に吊るされた。
本当に吊るされた。
しかも。
「のだぁ」
レイが自分でやった。
兵士たちは泣き叫んでいた。
「やめろ!!」
「命令だったんだ!!」
「家族が!!」
レイは静かだった。
「のだぁ?」
「地下の人たちも泣いてたのだぁ」
それだけだった。
密輸倉庫は燃えた。
いや。
半分壊れた。
レイが殴ったから。
奴隷商人たちは街門に埋められた。
首だけ出して。
雪の中。
震えながら。
地方はパニックだった。
「レイ様が……」
「兵士吊るした……」
「役人潰した……」
「王都直属が本気で怒ってる……」
誰も止められない。
なにせ。
止める兵士がいない。
いや。
いたとしても無理だった。
レイは強すぎる。
その頃。
レイ本人は。
「のだぁ……」
街門の上に座っていた。
雨。
風。
静かな夜。
地方民たちは遠巻きに見ている。
誰も近づけない。
救世主。
でも怖い。
それが今のレイだった。
「のだぁ………」
レイはぼんやり町を見下ろしていた。
「貧困を解決するのは英雄じゃないのだぁ」
ぽつり。
誰に言ったわけでもない。
「吾輩、魔物なら殴れるのだぁ」
静かな声。
「でも人間は殴っても次が出るのだぁ」
地方民たちは黙っていた。
その通りだからだ。
一人潰しても。
また別の地主。
また別の兵士。
また別の役人。
地方はずっとそうやって腐ってきた。
レイは頭が良くない。
政治もわからない。
だけど。
“終わってない”ことだけはわかってしまった。
「のだぁ……」
尻尾が少しだけ揺れる。
「困ったのだぁ」
その姿は。
いつもの間抜けな大型犬みたいな男ではなかった。
世界最強の獣だった。
ただ。
その獣は。
人間社会の腐臭を理解してしまった。




