20 辺境地方オルジェフ編
ルミナス王国南西部。
辺境地方オルジェフ。
昔は交易で栄えた土地だった。
今は違う。
人が減った。
道は荒れ。
宿場町は潰れ。
夜になると誰も外へ出ない。
理由は単純。
人が消えるからだ。
しかも。
死体も出ない。
突然いなくなる。
旅人。
農民。
子供。
荷馬車。
何も残らない。
そのせいで今、この地方は静かに壊れ始めていた。
「また一人消えたってよ」
「どこだ」
「西の森」
「……終わったな」
酒場の空気は暗い。
誰も大声で喋らない。
笑わない。
皆、怯えている。
地方領主は王都へ何度も救援を送った。
だが返事は遅い。
いつものことだった。
そして。
「のだぁ〜〜〜♪」
そこへ。
場違いな鼻歌が響いた。
酒場の扉が開く。
銀髪。
高身長。
毛皮外套。
ふわふわ尻尾。
レイである。
「のだっ♡」
レイはずかずか中へ入った。
「焼いたお肉食べるのだぁ?」
片手には巨大な串焼き。
酒場が静まり返る。
臭いが凄かった。
香辛料。
脂。
焼き肉。
兵士たちがざわつく。
「……なんだあいつ」
「獣人……?」
「でか……」
レイは気にしない。
「のだぁ〜〜〜♪」
もぐもぐ。
完全に遠足気分だった。
だが。
この男、一応ちゃんと考えて来ていた。
理由。
「獣人族は鼻良いのだぁ!」
どやぁ。
「吾輩なら解決できるかもしれないのだぁ!」
それだけである。
なお途中でお腹が空いたので魔物狩って焼いて食べていた。
いつものことだった。
酒場の主人が恐る恐る聞いた。
「……あんた、誰だ」
「のだぁ?」
レイはきょとんとした。
「王族直属遊撃兵レイなのだぁ!」
ざわっ。
空気が変わる。
「……まさか」
「白銀の英雄……?」
「灰霧街道の……?」
レイはどや顔になった。
「うむ!」
胸を張る。
「足臭天才イケメンレイ様なのだぁ!」
最後で台無しだった。
だが。
地方民たちはもうその辺を気にする余裕がない。
「本当に来たのか……」
「王都が動いた……」
「助かる……」
その“助かる”という空気に、レイはちょっと照れた。
「のだぁ♡」
尻尾ぶん。
「そんなに褒めるななのだぁ♡」
なおまだ誰も褒めていない。
その時。
酒場の隅にいた老婆がぽつりと言った。
「……三十人」
静かだった。
「もう三十人以上消えた」
酒場が静まり返る。
「森に入ったら帰ってこない」
「道で消える」
「家の前からいなくなる」
レイは串焼きを止めた。
「のだぁ?」
老婆の目は死んでいた。
「何も残らないんだよ」
静かな恐怖。
この地方全体に染み込んでいるものだった。
レイは少し真面目な顔になった。
「むむっ」
鼻が動く。
くん。
くん。
「……変な臭いなのだぁ」
酒場の人間たちがざわつく。
「臭い?」
「何の?」
「わからないのだぁ」
レイは首を傾げた。
「でも嫌な臭いなのだぁ」
その瞬間。
酒場の空気が少し変わった。
期待。
希望。
獣人族の嗅覚は有名だった。
人間では追えない臭いを追える。
だからこそ。
皆、少しだけ期待してしまう。
「レイ様……」
若い女が震える声で聞く。
「見つけられますか……?」
レイは少し考え込んだ。
「むむっ」
真顔。
「わからないのだぁ!」
酒場が静まった。
「…………」
「…………」
「…………」
「でもぉ!」
レイは串焼きを掲げた。
「とりあえず行ってみるのだぁ!」
妙に明るかった。
その軽さが逆に、地方民には救いだった。
皆もう、ずっと暗かったからだ。
「のだぁ〜〜〜♪」
レイはまた肉を食べ始めた。
「いっぱい食べないと頭回らないのだぁ!」
「頭回るんですかそれで」
「のだぁ?」
レイはきょとんとした。
「吾輩、獣人族の天才なのだぁ!」
どやぁ。
酒場の何人かが吹き出した。
久しぶりの笑いだった。
その時。
入口近くにいた小さな少女がレイを見ていた。
痩せている。
不安そう。
そして。
レイの肉をじっと見ていた。
「のだぁ?」
レイは気づいた。
「お腹空いてるのだぁ?」
少女はびくっとした。
だが。
小さく頷く。
レイはしばらく串焼きを見た。
かなり名残惜しそうだった。
「むむむ……」
本気で悩んでいた。
数秒後。
「のだぁ……」
しぶしぶ差し出す。
「食うのだぁ」
少女が目を見開く。
「……いいの?」
「吾輩、また狩れるのだぁ」
ぶっきらぼうだった。
だが。
酒場の空気が少しだけ柔らかくなる。
少女は震えながら肉を受け取った。
「……ありがとう……」
「のだっ♡」
レイは少し嬉しそうだった。
尻尾がぶん。
その時だった。
レイの耳がぴくりと動く。
「……のだぁ?」
酒場が静まる。
レイはゆっくり立ち上がった。
鼻が動く。
くん。
くん。
「レイ様?」
「……外なのだぁ」
真顔だった。
いつものへらへら感が消える。
「近いのだぁ」
空気が凍った。
「何が……?」
レイは静かに言った。
「行方不明の臭いなのだぁ」




