18
王都キャビア。
王宮中央棟。
玉座の間。
赤い絨毯。
巨大な柱。
黄金装飾。
そして今日も、王国上層部の空気は重かった。
宰相。
近衛騎士。
文官。
貴族。
全員が疲れた顔をしている。
理由は単純。
「……灰霧街道、制圧完了」
宰相ティラミスが報告書を読み上げた。
「街道機能回復。交易再開可能」
ざわつく玉座の間。
「本当に終わったのか?」
「例の霧も?」
「消えたそうです」
空気が揺れる。
灰霧街道は長年の問題だった。
商人消失。
護衛壊滅。
霧の怪異。
正直、誰も短期間で片付くと思っていなかった。
だが。
終わった。
いつものように。
しかも担当したのは。
「……あの獣人か」
誰かが呟いた。
微妙な顔をする貴族もいる。
だが。
誰も功績そのものは否定できない。
現実に結果が出すぎている。
その時。
ばんっ!!
玉座の間の扉が勢いよく開いた。
「のだぁあああ!!」
銀髪の大男。
レイである。
しかも。
今回はちゃんとしていた。
珍しく。
ちゃんと。
正面から入ってきた。
近衛騎士たちがざわつく。
「窓じゃない……」
「成長した……?」
「奇跡か……?」
失礼すぎる。
だが実際かなり珍しかった。
「のだっ♡」
レイは上機嫌だった。
毛並みもふわふわ。
尻尾も元気。
地方で褒められまくったせいで妙に艶が良い。
そして。
どすっ。
ちゃんと片膝をついた。
「王よぉ!」
ぴしっ。
「王族直属遊撃兵レイ、帰還しましたのだぁ!」
近衛騎士たちがちょっと感動していた。
(ちゃんとしてる……)
(礼儀覚えてる……)
(獣人なのに……)
なお本人。
ただ“強い相手には礼儀”という獣人族ルールを守ってるだけである。
しかし。
獣人族基準ならこれは完全に神童だった。
普通の獣人族は玉座見た瞬間、
「でっかい椅子なのだぁ!」
で登ろうとする。
レイは違う。
ちゃんと膝をつける。
天才である。
「……ご苦労だった」
国王カルパスが静かに言う。
「灰霧街道の件、見事だった」
「のだっ♡」
レイの尻尾が揺れた。
ぶん。
必死に止める。
偉い。
「レイ」
「のだぁ!」
「原因は何だった」
一瞬。
玉座の間が静まる。
文官たちも耳を傾ける。
重要な報告だった。
未知の怪異。
王国としても詳細把握が必要。
そして。
レイは真顔で答えた。
「のだぁ!」
「切ったら死んだのだぁ!」
静寂。
「…………」
「…………」
「…………」
宰相ティラミスがゆっくり聞いた。
「……それだけか?」
「うむ!」
レイは胸を張った。
「最初は霧だから団扇必要かと思ったのだぁ!」
近衛騎士たちが顔を覆う。
「またそれ言ってる……」
「精神攻撃もしたのだぁ!」
「精神攻撃」
「悪口と尻振りダンスなのだぁ!」
文官たちの筆が止まった。
「……何を書けばいいんだこれ」
「報告書どうするんです」
「知らん……」
だが。
国王カルパスだけは慣れていた。
深々とため息。
「……つまり」
「のだぁ?」
「物理で解決したのだな」
「うむ!」
どやぁ。
「吾輩、切ったのだぁ!」
近衛騎士たちがざわつく。
「剣使ったって本当だったのか……」
「レイ様が……」
「しかも兵士の剣らしいぞ」
「羨ましい……」
完全に信仰だった。
一方。
レイ本人は。
「のだぁ……」
急にしなしなになった。
玉座の間がざわつく。
「どうした?」
「のだぁ……」
レイは本気で疲れた顔だった。
「調査はもうこりごりなのだぁ……」
しょんぼり。
「無理なのだぁ!」
玉座の間に笑いを堪える空気が広がる。
レイは続けた。
「殴るなら簡単なのだぁ!」
真顔。
「でも調査は難しいのだぁ!!」
どんっ。
床を叩く。
「霧とかぁ!」
ばんばん。
「白いやつとかぁ!」
ばんばん。
「わけわからないのだぁ!!」
完全に癇癪だった。
だが。
妙に正直だった。
普通の貴族や騎士なら格好をつける。
冷静ぶる。
だがレイは違う。
本当に困ったのでそのまま言っている。
だから。
近衛騎士たちは変に笑えなかった。
「……まあ」
若い騎士が小声で呟く。
「実際、未知の怪異調査とか普通嫌だよな」
「それを一人で解決してる時点で異常なんだが」
「しかも本人は本気で調査苦手なんだな……」
レイは本気で落ち込んでいた。
「のだぁ……」
尻尾もしなしな。
「吾輩、もっと簡単なお仕事したいのだぁ……」
「例えば?」
カルパス王が聞く。
レイは即答した。
「美女に褒められながらお肉食べるお仕事なのだっ♡」
玉座の間が静まり返った。
「…………」
「…………」
「…………」
だが。
数秒後。
国王カルパスが吹き出した。
「……ふっ」
周囲が驚く。
王が笑った。
「ははは……!」
珍しかった。
近衛騎士たちもつられて笑い始める。
「ははっ……!」
「レイ様らしい……」
「結局それか……」
レイはきょとんとしていた。
「のだぁ?」
なぜ笑われてるのかわかっていない。
だが。
カルパス王は笑いながら言った。
「褒賞を出せ」
宰相がため息を吐く。
「またですか……」
「灰霧街道を解決した」
王は真顔に戻った。
「それだけで十分だ」
そして。
少しだけ優しい声で続ける。
「ご苦労だった、レイ」
一瞬。
レイが止まった。
「……のだぁ」
尻尾が揺れる。
ぶわん。
ぶわん。
顔が赤い。
「……褒められたのだぁ♡」
次の瞬間。
尻尾ぶわぁぁぁんっ!!
風圧で書類が舞った。
「またかァァァ!!」
玉座の間に悲鳴が響く。
だが。
その騒がしい空気の中で。
国王カルパスだけは静かに思っていた。
(……本当に妙な男だ)
英雄。
化け物。
王国最強。
なのに。
褒められるとすぐ溶ける。
そんな男だった。




