17
王都キャビアへ続く帰還街道。
雪。
白い平原。
灰色の空。
そしてその中央を、一台の軍用荷馬車がゆっくり進んでいた。
御者席には兵士。
後方には荷物。
そして。
「のだぁ〜〜〜……」
ぐでぇぇぇぇん。
完全に溶けた銀髪の大男が積まれていた。
レイである。
しかも毛布に包まれていた。
その姿はもはや瀕死の大型犬だった。
「……本当に大丈夫なんですかレイ様」
若い兵士が心配そうに聞く。
「のだぁ……」
レイはとろんとした目で空を見ていた。
「吾輩、死んだのだぁ……?」
「死んでません」
「のだぁ……」
しなしな。
尻尾も元気がない。
だが怪我ではない。
疲労でもない。
原因は。
褒められ過ぎたからである。
灰霧街道から帰還する途中。
レイは各地で盛大に歓迎された。
村。
街道宿。
交易所。
小都市。
全部。
「レイ様ぁぁぁ!!」
「救世主様ぁぁ!!」
「ありがとうございます!!」
「きゃああああ♡」
「抱いてぇぇぇ!!」
「尻尾触らせてぇぇぇ!!」
褒め。
歓声。
感謝。
しかも。
ご飯まで出る。
肉。
スープ。
蜂蜜酒。
焼き菓子。
獣人族にとって最高環境だった。
そして。
レイは獣人族だった。
つまり。
褒められ耐性ゼロ。
結果。
「のだぁ……♡」
脳が焼き切れた。
完全に幸福過多である。
現在のレイは“幸せすぎて機能停止した大型獣”みたいな状態だった。
「のだぁ……」
荷馬車で揺られながら、レイはぼんやり呟く。
「お肉いっぱい食べたのだぁ……」
「はい」
「美女にいっぱい褒められたのだぁ……」
「はい」
「子供に尻尾も触られたのだぁ……」
「はい」
兵士たちは優しかった。
完全に介護である。
「つまり吾輩……」
レイは真顔になった。
「死んだのだぁ?」
「違います」
「天国なのだぁ?」
「現世です」
「のだぁ……」
納得していない顔だった。
無理もない。
獣人族の幸福基準はかなり単純なのだ。
・安全
・食事
・褒め
・ふかふか
これだけで幸せ。
そして今回。
全部揃っていた。
そりゃ溶ける。
若い兵士など完全に脳を焼かれていた。
(レイ様かわいい……)
危険だった。
数日前まで白い怪物を真っ二つにしていた男が。
今は。
「のだぁ……」
毛布にくるまってへにゃへにゃしている。
ギャップが凄い。
「レイ様、水飲みます?」
「飲むのだぁ……」
兵士が水筒を渡す。
レイは両手で持ってちびちび飲んだ。
完全に弱った動物だった。
「のだぁ……」
兵士たちはもう慣れていた。
この男は極端なのだ。
戦闘中。
→災害。
平時。
→大型犬。
その差が激しすぎる。
その時。
後方の兵士が笑った。
「でも今回、本当にすごかったですよ」
「のだぁ?」
「灰霧街道、完全制圧じゃないですか」
「うむ……」
レイはぼんやり頷く。
「切ったのだぁ……」
「しかも剣で」
「のだぁ〜〜〜」
兵士たちがざわつく。
「レイ様が剣使ったって、王都戻ったら絶対話題になりますよ」
「いやあの剣の持ち主絶対自慢するぞ」
「家宝だろもう」
「のだぁ?」
レイは首を傾げた。
「ただ借りただけなのだぁ」
その“ただ”が違うのである。
若い兵士たちは完全に信仰状態だった。
「俺も剣貸したかった……」
「わかる……」
「触っただけで強くなりそう」
かなり危険だった。
一方。
レイ本人は。
「むむっ……」
突然真顔になった。
「どうしました?」
「困ったのだぁ」
「何かありましたか!?」
兵士たちが緊張する。
レイの直感は割と当たる。
魔物察知。
雪崩。
敵襲。
獣人族の勘は馬鹿にできない。
そしてレイは。
深刻な顔で言った。
「王都帰ったらまたお仕事なのだぁ……」
兵士たちは静まり返った。
「…………」
「…………」
「…………」
「……それはまあ」
「嫌なのだぁ……」
しなしな。
「吾輩、褒められながらお肉食べて生きたいのだぁ……」
「働いてください」
「のだぁ……」
その時だった。
前方から馬車が近づいてきた。
豪華な馬車。
毛皮。
紋章。
金装飾。
王都貴族だった。
兵士たちの顔色が少し変わる。
「貴族か……」
「面倒そうだな」
実際。
地方帰りの兵士はよく見下される。
泥臭い。
獣臭い。
下品。
そういう扱いだ。
だが。
向こうの馬車がレイに気づいた瞬間。
ざわっ。
窓のカーテンが揺れた。
「……あれ」
「まさか」
「白銀の英雄……?」
貴族の娘たちらしき声。
レイは。
「のだぁ?」
毛布にくるまったまま首を傾げた。
その瞬間。
「きゃあああああ♡」
「レイ様ぁぁぁ♡」
「本物ぉぉぉ♡」
黄色い悲鳴。
レイは固まった。
「のだぁ!?」
兵士たちは笑いを堪えていた。
「レイ様人気すぎる……」
「完全に王都でも噂広まってるな」
だが。
レイは。
「の、のだぁ……♡」
顔を真っ赤にしていた。
尻尾が毛布の中でぶんぶん揺れている。
そして数秒後。
「のだぁ……」
ぐったり。
「また溶けた」
兵士たちは慌てて支えた。
「レイ様ァ!?」
「しっかりしてください!!」
「のだぁ……褒められ過ぎると死ぬのだぁ……」
獣人族最後の生き残り。
世界最強。
王族直属遊撃兵。
現在、女子人気で戦闘不能だった。




