14
灰霧街道。
白い霧。
静かな森。
そして。
霧の奥に立つ“何か”。
細長い腕。
白い肌。
異様に長い指。
兵士たちは完全に青ざめていた。
「ひっ……」
「なんだあれ……」
「人じゃない……」
普通なら逃げ出している。
実際、これまで灰霧街道で消えた商人たちも、こうして霧の中で恐怖に呑まれたのだろう。
だが。
「のだぁ?」
レイだけは首を傾げていた。
怖がっていない。
というか。
理解していない。
「むむっ……」
レイは腕を組んだ。
「困ったのだぁ……」
真顔。
「殴れそうなのかよくわからないのだぁ」
兵士たちが静まり返る。
基準がそこだった。
普通は、
(逃げるべきか?)
(魔法か?)
(正体は?)
を考える。
レイは違う。
(殴れるのだぁ?)
だけだった。
獣人族である。
だが。
今回はちょっと違った。
「うむ!」
レイは突然、荷袋をごそごそ漁り始めた。
「のだぁ?」
取り出したのは。
ぼろぼろのメモ帳。
兵士たちがざわつく。
「メモ……?」
「レイ様が……?」
「文字書けたのか……?」
失礼すぎる。
だが。
実際かなり衝撃だった。
獣人族が記録媒体を使っている。
これは人類史的にもかなり珍しい。
レイは得意げだった。
「うむ!」
どやぁ。
「吾輩、以前から考えてたのだぁ!」
ぺらっ。
メモには汚い字でこう書かれていた。
『殴れない相手を殴る以外で攻撃する方法』
兵士たちは感動しかけた。
(レイ様……!)
(ちゃんと考えてたんだ……!)
(やっぱり天才……!)
なお内容。
レイは真剣な顔で読み上げた。
「うむ!」
びしっ。
「悪口を言うのだぁ!」
静寂。
「…………」
「…………」
「…………」
兵士たちの脳が止まった。
レイ本人だけが真面目だった。
「これしかないのだぁ!」
どやどやぁ。
「のだぁ?」
兵士たちは困惑した。
「え……?」
「悪口……?」
「うむ!」
レイは胸を張った。
「殴れないなら気持ちで攻撃するのだぁ!」
理論が獣すぎた。
だが本人はかなり本気だった。
獣人族社会では、悪口は割と重要なのである。
理由。
挑発して殴り合いに持ち込むため。
つまり彼らにとって悪口は“戦闘開始技術”なのだ。
高度な文化だった。
獣人族基準では。
「うむ!」
レイは兵士たちを振り返った。
「お主らぁ!」
びしっ。
「がんばれなのだぁ!」
「えっ」
「吾輩はここで尻振りダンスして応援してるのだぁああ!」
兵士たちが凍りついた。
「は?」
「応援……?」
「のだっ♡」
次の瞬間。
レイは本当に尻を振り始めた。
ふりふり。
ふりふり。
雪原で。
白い霧の前で。
世界最強の男が。
尻振りダンスしていた。
「のだだぁ〜〜〜♪」
兵士たちは頭を抱えた。
「何してるんですかレイ様ァ!?」
「応援なのだぁ!」
「なんで!?」
「獣人族は求愛と応援がだいたい同じなのだぁ!」
最低の文化だった。
だが。
その時だった。
霧の奥の“何か”が。
止まった。
「……?」
兵士たちが気づく。
白い影が動いていない。
いや。
微妙に後退している。
「のだぁ?」
レイは尻を振りながら首を傾げた。
「効いてるのだぁ?」
兵士たちも困惑していた。
「え……?」
「なんで……?」
「まさか本当に……」
そして。
霧の中から。
ぞわり。
白い影が大量に現れた。
「ひっ……!」
「増えた!?」
細長い腕。
白い顔。
黒い穴みたいな目。
兵士たちは完全に恐慌寸前。
だが。
「のだぁ〜〜〜♪」
レイだけはまだ尻を振っていた。
しかも妙にリズミカル。
「がんばれなのだぁ〜〜〜♪」
その瞬間。
白い影たちが。
一斉に。
霧の奥へ逃げた。
兵士たちが固まる。
「…………」
「…………」
「…………」
「……逃げた?」
「のだぁ?」
レイも止まった。
「何なのだぁ?」
若い兵士が震える声で言った。
「……もしかして」
「のだぁ?」
「レイ様の動きが怖かったのでは……」
静寂。
そして。
レイは超得意げになった。
「のだぁっ♡」
尻尾ぶわぁぁん!!
「やはり天才なのだぁ!!」
風圧で雪が吹き飛ぶ。
「精神攻撃なのだぁ!!」
「精神攻撃なのかこれ……?」
「わからん……」
だが。
少なくとも。
灰霧街道の“何か”は、今。
世界最強の獣人を。
ちょっと気持ち悪いと思っていた。




