13
灰霧街道。
ルミナス王国北西部。
古くから“嫌な場所”として知られる街道だった。
昼でも薄暗い。
木々は黒い。
鳥が少ない。
そして何より。
霧。
白い霧が、道を這うように漂っている。
静かだった。
静かすぎた。
同行していた王国兵たちは皆、無意識に声を潜めていた。
「……嫌な場所ですね」
「ああ」
「音が吸われるみたいだ」
「馬も怯えてる」
実際、馬たちは落ち着かなかった。
耳を伏せ。
鼻を鳴らし。
地面を掻いている。
そして。
「のだぁ……」
隊列の先頭。
レイだけが妙に真面目な顔だった。
銀髪。
毛皮付き外套。
巨大な体。
いつものへらへら感が少ない。
それだけで兵士たちは少し緊張していた。
(レイ様が警戒してる……)
(やっぱりヤバいのか)
(魔物か……?)
しかし。
当のレイ本人は。
「むむむ……」
地面を見ていた。
真顔。
尻尾も止まっている。
これはかなり珍しい。
「レイ様?」
若い兵士が恐る恐る聞く。
「何かわかりましたか?」
「のだぁ」
レイはしゃがみ込んだ。
雪を触る。
霧を見る。
木を嗅ぐ。
「…………」
沈黙。
兵士たちが息を呑む。
獣人族の感覚は鋭い。
レイほどの化け物なら、人間にはわからない何かを感じ取っているかもしれない。
皆、期待していた。
そして。
レイは立ち上がった。
「のだぁ!」
真顔。
「わからないのだぁ!」
兵士たちがずっこけた。
「わからないんですか!?」
「うむ!」
どやぁ。
「全然わからないのだぁ!」
胸を張るな。
だがレイ本人は本当に困っていた。
「むむむ……」
灰霧街道を見渡す。
白い霧。
静かな森。
嫌な空気。
しかし。
原因不明。
「のだぁ……」
レイは頭を抱えた。
「困ったのだぁ……」
兵士たちはむしろ安心していた。
なんだかんだでレイはいつも何とかする。
そう思っている。
脳が焼かれている。
だが。
今回のレイは違った。
「のだぁあああああ!!」
突然叫んだ。
「何が原因か全然わからないのだぁあああ!!」
膝から崩れ落ちる。
雪の上。
四つん這い。
「だいたい吾輩にこんな高度なことがわかるわけないのだぁああ!!」
情けなかった。
非常に情けなかった。
だが兵士たちは。
「レイ様でもわからないなんて……」
「相当危険なんだ……」
「やはり普通じゃない……」
全肯定だった。
もう駄目だった。
完全に脳を焼かれている。
「霧なんてぇえええ!!」
レイは雪をばんばん叩いていた。
「巨大団扇でなんとかなるんじゃないのだぁああ!?!?」
兵士たちは静まり返った。
「…………」
「…………」
「…………」
若い兵士が恐る恐る言った。
「……団扇?」
「うむ!」
レイは真顔だった。
「霧って煙みたいなものなのだぁ!」
「まあ……」
「つまりいっぱい扇げば消えるのだぁ!」
「理論が雑すぎる……」
だが。
レイ本人はかなり本気だった。
獣人族の思考は基本的に、
「邪魔」
↓
「殴るか吹き飛ばす」
である。
高度な調査など向いていない。
なのに。
レイは頑張っていた。
ちゃんと調査しようとしている。
これは獣人族基準では超知性行動だった。
「のだぁあああ……」
レイは泣いていた。
本当に泣いていた。
「吾輩、お馬鹿なのだぁ……」
しょんぼり。
「王様に怒られるのだぁ……」
尻尾もしなしな。
大型犬みたいだった。
だが。
同行兵たちの脳は完全に焼かれている。
「そんなことありません!!」
「レイ様は頑張ってます!!」
「ここまで来ただけでもすごいです!!」
「霧を団扇で吹き飛ばす発想、斬新でした!!」
「のだぁ?」
レイは顔を上げた。
「そうなのだぁ?」
「はい!!」
若い兵士は本気だった。
完全に信者だった。
実際、彼らからすれば。
レイは。
世界最強。
英雄。
救世主。
そんな存在なのだ。
だから多少アホでも、
(深い意味があるのかもしれない)
と思ってしまう。
危険だった。
「……むむっ」
レイは少し元気になった。
「つまり吾輩、まだ天才なのだぁ?」
「もちろんです!!」
「のだっ♡」
尻尾ぶわぁん!!
雪が吹き飛んだ。
その時だった。
ぴたり。
レイの耳が止まる。
「……のだぁ?」
空気が変わった。
兵士たちも気づく。
静かすぎる。
霧が濃くなっている。
白い。
異様に白い。
「レイ様……」
「しっ」
レイの目が細くなる。
いつものへらへら感が消えた。
兵士たちが息を呑む。
その瞬間。
霧の奥で。
何かが動いた。
人影。
いや。
細長い。
異様に長い腕。
白い。
兵士たちが青ざめる。
「なっ……」
「なんだあれ……」
だが。
レイだけは。
「のだぁ?」
首を傾げた。
「……人間なのだぁ?」
その反応速度。
その恐怖の薄さ。
やはりこの男、根本的に生物として壊れていた。




