12
ルミナス王国北西部。
灰霧街道へ続く街道沿い。
冬。
白い雪原の中を、一台の荷馬車がゆっくり進んでいた。
その横を。
「のだぁ〜〜〜♪」
銀髪の大男が歩いている。
レイである。
しかも鼻歌交じり。
片手には焼き芋。
もう片手には巨大な魔物の脚。
完全に旅を楽しんでいた。
なお。
道中で遭遇した魔物は全部死んでいる。
雪狼型魔物。
巨大甲殻類。
夜行性飛行魔物。
全部レイが片付けた。
しかも。
「邪魔なのだぁ!」
くらいのノリで。
その結果。
街道沿いの村々が今、大騒ぎだった。
「レイ様だ!!」
「本当に来た!!」
「白銀の獣英雄だ!!」
「救世主様ぁぁぁ!!」
もはや祭りだった。
レイが通っただけで歓声が上がる。
村人たちが家から飛び出してくる。
特に子供。
「レイさまぁぁ!!」
「尻尾見せてぇぇ!!」
「ふわふわぁ!!」
「のだっ♡」
レイは超ご機嫌だった。
尻尾ぶんぶん。
雪が舞う。
「そんなに褒めるななのだっ♡」
にこにこ。
「吾輩、照れるのだぁ♡」
なお全然照れてない。
むしろもっと褒めてほしい顔である。
その時。
若い娘が恐る恐る聞いた。
「レ、レイ様……」
「のだぁ?」
「その……お顔、本当に綺麗ですね……」
「のだっ♡」
即反応。
尻尾ぶわぁん!!
近くの干し肉が吹き飛んだ。
「レイ様ァァ!!干し肉!!」
「のだぁ!?」
レイが慌てて拾いに行く。
完全に大型犬だった。
だが。
地方民たちの目は本気だった。
無理もない。
彼らにとってレイは、本当に救世主なのだ。
北西部街道は長年危険地帯だった。
魔物。
盗賊。
雪崩。
飢え。
兵士も足りない。
貴族は動かない。
王都は遠い。
地方民たちはずっと“見捨てられる側”だった。
だから。
そんな場所を。
「のだぁあああ!!」
笑いながら魔物を殴り飛ばして進む男は、もはや神話みたいな存在だった。
しかも。
「のだぁ♡」
妙に愛嬌がある。
怖くない。
むしろ可愛い。
そのギャップが危険だった。
「レイ様、これ持っていってください!」
「干し肉なのだぁ!」
「寒いでしょう!?毛布も!」
「のだぁ!」
「スープも飲みますか!?」
「飲むのだっ♡」
完全にアイドルだった。
しかも本人は“通り道”感覚である。
これがまた地方民には効く。
王都貴族みたいに恩着せがましくない。
「うむ!」
レイはどや顔だった。
「吾輩、灰霧街道に向かってるだけなのだぁ!」
つまり。
“ついで”。
なのに大型魔物を潰していく。
地方民からしたら感覚が狂う。
「すごい……」
「これが王都の英雄……」
「しかも顔良い……」
「尻尾ふわふわ……」
若い女性陣の視線がかなり危険だった。
その時。
小さな少年が聞いた。
「レイさま!」
「のだぁ?」
「なんでそんなつよいの!?」
周囲も少し静まる。
皆、気になっていた。
レイは少し考え込んだ。
「むむっ……」
真顔。
「いっぱい食べてるからなのだぁ!」
周囲が静まった。
「…………」
「…………」
「…………」
「そ、それだけ……?」
「うむ!」
レイは得意げだった。
「あといっぱい寝るのだぁ!」
ガルド団長がいたら頭を抱えていた。
だが。
獣人族基準だと割と真理である。
獣人族はとにかく食う。
そして寝る。
だから強い。
なお知能。
「のだぁ♡」
レイは焼き芋をもぐもぐ食べながら歩いていた。
「地方のご飯、美味しいのだぁ♡」
幸せそうだった。
すると。
突然、若い女性が近づいてきた。
「レイ様……!」
「のだぁ?」
「足……触ってもいいですか……?」
一瞬。
空気が止まった。
「のだぁ!?」
レイは衝撃を受けた。
「ダメなのだぁ!!」
「えっ」
レイは真っ赤になった。
「足はまだ臭いからダメなのだっ♡」
周囲が静まり返る。
「……え?」
「清潔じゃない吾輩なんて許せないのだっ♡」
真顔だった。
獣人族にとって“清潔”は極めて重要だった。
特に求愛。
毛並み。
匂い。
健康状態。
全部大事。
つまり今のレイは本気で、
(臭い状態で触られるのは失礼なのだぁ!)
と思っていた。
なお。
周囲の女性たちは完全に脳を焼かれていた。
「な、何その価値観……」
「かわいい……」
「清潔好き……」
「ちゃんとお風呂入る……」
「貴族よりよっぽどまとも……」
実際。
北方貴族の中には普通に風呂嫌いもいる。
香水で誤魔化す。
だがレイは違う。
毎日洗う。
尻尾も手入れする。
毛並みも整える。
大型肉食獣みたいな見た目で妙に衛生観念が高い。
ギャップが危険だった。
「のだぁ!」
レイは胸を張った。
「獣人族は綺麗好きなのだぁ!」
どやぁ。
「毛並み悪いとモテないのだぁ!」
真理だった。
だがその時。
荷馬車を引いていた老人がぽつりと言った。
「……レイ様みたいな方が王都にいてくれてよかった」
静かになった。
老人は遠い目をしていた。
「最近はどこの貴族も税ばかりで……」
「…………」
「兵士も来ない。魔物は増える。村は減る」
重たい空気。
「でもレイ様は来てくれた」
レイはきょとんとしていた。
「のだぁ?」
老人は少し笑った。
「ありがとうございます」
その瞬間。
レイは少し困った顔をした。
「……むむっ」
珍しかった。
数秒考え込む。
そして。
「うむ!」
レイは真顔で言った。
「お腹空いてると悲しいのだぁ!」
静寂。
「だから魔物は邪魔なのだぁ!」
周囲はぽかんとした。
だが。
次第に笑い声が広がる。
「ふふっ……」
「レイ様らしい……」
「本当に変な人……」
レイ本人は何もわかっていない。
「のだぁ?」
焼き芋を食べながら首を傾げている。
だが。
地方民たちは知っていた。
この男は。
偉そうに救わない。
説教もしない。
恩着せがましくもない。
ただ。
腹が減るから。
邪魔だから。
ついでだから。
そんな理由で。
自分たちを救ってくれているのだ。




