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7 研究者は少年の大事なものを奪っていきました

ラインはあの後、村長に、祠がどのような状態か、そして祠へ往復する際の魔物たちに起こっていた変化を分かる限り伝えた。


報告を聞いた村長は事態を重くみ、翌日、村に滞在している結界師、そして護衛の自警団を連れて封印の補修に向かうと決断した。もちろん封印の要となるラインも同行する。


朝、朝食を済ませたら村長宅で合流し、そのまま向かう手はずだ。


そこまで話して、その場は一度解散となった。


ラインはルクルへのお茶を準備するために足早に自宅へ向かう。


到着後、すぐに部屋の掃除を済ませ、森を駆けて汗ばんだ身体を洗い流して身だしなみを整えるなど、帰る途中に考えていたことを順番にこなしていく。


いくらママさんたちに連れていかれたとはいえ、そこまで?そこまで時間はかからないだろう。


一通り出来ることをやりとげ、お湯を沸かしておく。そして、いつでも帰ってきてもいいように準備を終えたころ、それは訪れた。


——女神でした……。


のちにラインはそう語る。


「おまたせしましたぁ。」


扉をがちゃっと開ける音と共に、ルクルが入ってきた。


聞いていて心地よい、彼女らしい、間延びした声を響かせて。


一目見た瞬間、ラインの時間は止まった。


一切の思考は消え、周囲の音は消失し、ルクル以外の存在が意味を為さなくなった。


ルクルが身に纏っていたのは、村の神事で使われる純白の絹布を重ねたシスター服であった。


本来ならゆったりとしているはずの服ではあるが、ルクルのその規格外のスタイル——特にその豊かな胸の双丘——が布の内側からパツンと張りを主張している。『清楚』をその着用者に装備させてしまう服が、ルクルが着るとどこか艶っぽい雰囲気を醸し出すようになってしまっていた。


それだけではない。


先ほどまで、首元で無造作にまとめられていたルクルの瑞々しく艶やかな黒髪はほどかれ、ぱさぁっとそのままおろされている。それが扉の向こうから入ってくる光に反射して美しく輝いていた。さらには、その黒い絹糸と純白のシスター服が織り成すコントラストがお互いの麗しさを更に際立たせていた。


そして、彼女の武道家特有のピンと伸びた背筋と重心のブレない歩き方、隙だらけのように見えて隙のない均整のとれた姿勢が全ての要素を調和させ神聖な衣装に不思議な凄みを与えていた。


それらが合わさって、ラインの目にはルクルは天使を通り越して、女神の神々しさをその身に纏っているように感じられた。


つまり、何のことはない。


純情な少年の大事なものが完膚なきまでに蹂躙され、そして最適化されながら再形成されるには十分すぎるほどの破壊力があっただけであった。


「どうですかぁ。ママさんたちに『これを着ていきなさい!』と鬼気迫る勢いで勧められたんですよねぇ。まあ、ちょっと胸がきついんですけどぉ。」


ルクルは舞うようにくるっと一回転。その動きに合わせて流れるように黒髪もつられて踊り、シュッという心地よい衣擦れの音がお湯の沸くメロディーに添えられる。


少年の世界は止まったままだった。心臓も止まっていたかもしれない。


本当に幸いなことはポットなどを持っていなかったことだろう。持っていたら確実に落として壊してしまっただろうから。


いつまでたっても自分を見たまま反応がないと思ったルクルは、おもむろにラインに近づき、そのおでこにデコピンをみまった。


バチン!


「あいたっ!」


ようやく、ラインの世界が動きを取り戻す。視界には入っていたはずだが、意識には入っていなかった不意の一撃にラインは思わずのけぞった。ちょっとおでこを撫でながら姿勢を戻すと、目の前にルクルのどアップされた顔がある。


「ライン君はぁ、おめかししてきた女の人に対してぇ、なにかいうことはないんですかぁ。」


「あの、え、と、とても!綺麗です!」


上ずった声、顔が火の出るように熱く、真っ赤になる。心臓の音が早鐘のように鳴り響き、自分の声すら遠く聞こえる。


「ん~、合格ぅ~。いい子はよしよししてあげましょう~。」


ルクルは森にいたときと同じようにラインの頭を撫でるが、一方で少年の方は同じように感じてはいなかった。


ルクルが近くに来てからというもの、彼女が動くたびにママさんたちが使ったのだろう花の香油のにおいがラインの鼻孔をくすぐり、彼の思考をさらに白く甘く塗りつぶしていく。


ちょっとうつむいて為すがままになっているが、ふと上目遣いで視線を上げてみたら、優し気な表情を浮かべた女神がいるのだからすぐにそれを下に向けてしまう。


ただ、中途半端に下に向けるのもよくなかった。


なぜなら、シスター服の内側から主張してやまない豊かな双丘が目に入ってしまうからだ。


結果、視線は床に釘付けになってしまっていた。


そんな一幕の中、無粋なやかんの音が、吹けば飛ぶようなラインの理性を引っ張り上げる。


「ル、ルクルさん、お茶の準備をしているので、今入れます。此方に座ってくれませんか。」


「楽しみですぅ。お願いしますねぇ。」


そういうと、ようやく撫でるのを満足したのか、ルクルは手を放し、ラインの隣に腰を下ろす。


肩も触れ合いそうになる距離に座られたら、心臓が持ちそうにないと、ラインはこれまでの人生の中で最速で立ち上がった。


今まで、『お茶を淹れる』ということは何回もやってきたはずなのに、ルクルさんのために淹れると思うだけで、そんな慣れた行為すらおぼつかない。


「このお茶は、ぼくたちの村で良く飲まれているお茶です。飲むととても落ち着くんですよ。」


顔を真っ赤にしたまま、震える手を何とか落ち着かせて、急須にお湯を注ぎ入れ、二人分のお茶を用意した。


「はい、どうぞ。」


「ありがとうございますぅ。一仕事終えた後のこの一杯がたまらないんですよねぇ。」


何氣ない感謝の言葉。そんな言葉を聞くだけで熱に浮かされたように頭がぼやける。ちょっと、ちょっとだけ椅子を離してラインは席につく。ふと横を見ると、落ち着いて、カップを傾ける横顔が目に入る。教会に飾られている絵画のように美しい人。


ラインはそのあまりに神秘的な姿に無意識に手が伸びそうになる。しかし、現実離れした神々しい存在に触れてはいけない様な氣がして、慌てて自分の手を強く握りしめる。


コトン


「ごちそうさまでしたぁ。美味しかったですよぉ。」


ルクルはゆっくりと飲み終えて、はふぅ、と息をこぼす。


「は、はい!お、お粗末様でした。もしよければ、おかわりしますか。」


「じゃあ、もう一杯いただけますか。」


トクっトクっトクっと、静かに流れていく。それは心の音だったのか、お茶の音だったのか。


二人の静かにお茶を飲む時間が過ぎていく。


ようやく多少は落ち着いてきたのか、ラインはルクルに疑問をぶつけてみた。


「ルクルさんは、研究者なんですよね。でも、なんかぼくの知ってる研究者の人ととても違うような氣がして。」


「ふむぅ。というとぉ?」


「ぼくは、この村に来る前は王都の方にいて結界の張り方とかを勉強してたんですけど……、そこにいて魔法の研究をやっている人たちは、自分の研究だけに集中してて他のことなんて興味もなかったと思うんです。」


「あ~あ~、よくわかりますぅ。あるあるですねぇ。」


優雅にお茶を傾けながらルクルは昔を懐かしむように言葉を紡ぐ。


「研究なんてぇ、やる人はぁ、とても物好きですからねぇ。自分の好きな事、やりたい事に正直でぇ、だからこそ、他のことなんて目に入らないんですぅ。」


私も昔はそうでした——、はふぅ、と一息。それから続けて


「それはそれでいいんですけどねぇ。一点突破!って感じでぇ。でもぉ、それだと、いつか壁にぶつかりますぅ。まあ、何をやってても、どんな風にやっててもぶつかるときはぶつかるんですけどねぇ。」


「壁?ですか。」


「そう、壁ですぅ。……ところでライン君はぁ、そういった壁にぶつかった時にそれを乗り越えたりするときや、なにかすごいことができるようになるとき、はたまた今まで世の中になかった新しいものが出来る時って、どんな時だと思いますかぁ?」


ふと、考えもしなかった事をいきなり振られて、でも、なんとかしてこの人の質問に答えたいと必死に頭をふり絞る。


「はい。うんと、きっとそのことを一生懸命考えて、色々試してある時ふと出来るときがくるんじゃないかな、と思います。」


「そうですねぇ。それが割と普通の道かと思いますぅ。」


「普通、というと他にもあるんですか。」


「ありますよぉ。それは、他の価値観との合流ですねぇ。」


ここではない、どこか、いつかの情景を思い浮かべているのだろう。いまここに焦点がないまま言葉が続く。


「全く別の分野の知識や常識がぁ、此方では未知だったりするのはよくあることですからぁ。そこを合わせたら、今までにない組み合わせ、試みが出来るようになったりしますし、新しい視点、ん~、見方がぴょこっと出来ることも珍しくないですねぇ。」


コトン、と静かにカップを置き、大切な何かを包み込むようにその胸に手を置いた。


「だから私はぁ、今回みたいに、出会ったことのない文化に触れた時はそこで思いっきり楽しむことにしていますぅ。どこで、どんな巡りがあって、何につながるかわからないですからねぇ。」


——この服もその一環ですねぇ、とルクルから微笑まれたラインは、全身を包み込むあたたかな安らぎと、胸の奥の強烈な違和感に襲われる。


その理由を自分の胸の奥で形にする前に、ルクルからのさらなる言葉がそこに響く。


「だからこうしてぇ、私みたいなぁ、君にとって外の世界からきた怪しぃ人に、目を輝かせながら話しかけるライン君みたいな子はぁ、とっても大好きですよぉ。」


そういって、またルクルはラインの頭をよしよしと撫でる。ラインはこの上ない幸福感に包まれながら

、先ほどの違和感が大きくなるばかりであった。


「ルクルさん、もし、自分しか出来ないことがあって、未来がきまっていたら……。そこにいつもと違う事が起きて、新しい見方が出来るようになって、いままでのことが普通じゃないって思ってしまったらどうしますか。」


ルクルはとても教えがいのある生徒をみるように目を細めて口を開く。


「行動ですねぇ。思っていても何もしなかったら知らないのと一緒ですぅ。いつもと違う結果がほしい、みてみたいなら、いつもと違う一歩を踏み出してみればいいかもしれませんよぉ。」


口角が吊りあがり、一切目元が笑っていないモノが滲み出る。ルクルはそれを自覚し一瞬で元の柔らかい雰囲気を纏い直す。前途有望な若者を前にして、色々と溢れてはいけないものが溢れそうになってしまった。


ルクルは氣を取り直して、意識を目の前の少年に戻してみると、何やら思案氣な様子。


ふぅ……、と内心ちょっと安心していると、ラインは顔を上げ、勢いよく口を開いた。……幸いにもばれなかったらしい。


「じゃ、じゃあ、外の世界のお話を、ルクルさんのお話を聞いてみたいです!」


「いいですよぉ。どんな話がいいですかぁ。」


「なんでもいいんですけど……、ルクルさんほどの人がちょっと困ってそれでこうやって解決したよって話ってありますか!?」


ふふふ、ルクルはそれならいくらでもあると、これまたニヤァ、とラインにみせてはいけない笑みを浮かべかけてすぐに引っ込める。


「そうですねぇ。まずは、あの話からいきますかぁ。あの時は、上司の頭が硬くて融通が効かなくて、それを解決するために、こっそり、上司の飲むお酒に『頭の毛が抜ける薬』を仕込みまして……」


和やかにお茶を飲みながら話す二人。


その穏やかな時間は、夜の会食の直前まで続いていた。


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