6 到着
森にぽっかりと空いた空き地をあとにして、ラインの案内で二人は村の方に歩いていく。
ほどなくすると、ルクルはキョロキョロとあたりを見まわしたり、手をかざしたり、まるで、見えない何かがそこにあるかのように調べ始めた。
「ライン君、今、歩いているここは、結界の境目ですかぁ?」
「あ、すみません。ルクルさん、お伝えしていませんでした。そうです。村を魔物から守る結界ですね。この結界のおかげで魔物は自然とここから先には進まないようになるんです。」
「ん~。無意識に働きかける結界ですかぁ。これを作った人は優秀ですねぇ。」
「はい!昔、この国を作った人たちの中に凄い魔法使いの方がいて、術式を作ったんです。それ以来、どの村にも設置されて魔物の被害はとても減ったと習いました!」
ラインはまるで自分が褒められたかのようにとてもうれしそうに語る。しかし、そう語った後、ふと疑問がよぎったのだろう、ルクルに『あれ?』という目を向けた。
「ルクルさん、え、と、このことってこの国の人ならみんな知っているって聞いてるんですけど。」
「お、鋭いですねぇ。私は実はこの国の人ではないんですよぉ」
「え!そうなんですか!」
「そうなんですぅ。」
さきほど助けた時以上に目を輝かせて、ラインはルクルに詰め寄った。
「も、もしご迷惑じゃなければ、お茶の時にお話を聞かせてくれませんか。ぼく、ここから離れたことがなくって……。外国の話を聞きたいんです!」
あまりにも真っ直ぐなお願い。
利害関係が複雑に絡んで、熱中してる研究やフィールドワークの間に差し込まれる余計な雑音とは対極に位置する純粋な瞳。いつ以来だろうか、自分にこんな瞳を向けてくれる存在は。そもそもいたか。
ルクルの目には、ラインは後光を背負っているかのごく、あまりにもまぶしく映る。彼女は優し氣にほほ笑み、ラインの頭を撫でる。
「いいですよぉ。お茶を飲みながらゆっくりと話してあげますねぇ。」
「ありがとうございます!」
プラティーや他の職員が見たら言葉を失うだろう。偽物と思うかもしれない。それほどの事だった。
ラインはルクルに頭を撫でられて氣持ちよさそうに目を細めている。一方で、ルクルは目の前にいる少年と、周囲の結界、そして少年が辿ってきただろう道の方へ意識を向ける。
——悪趣味……、ですねぇ。
ルクルは周囲にある、村と外とを隔てる結界、そして森の奥にあるであろう祠から伸びる術式が目の前の少年に繋がっていることは、さきほど少し調べるだけで察することができた。
結界の維持など、村の生活基盤を支える重要なインフラ。その様な重大なシステムの維持を十分な教育をうけていないであろう子どもにその一端を負わせるとは。
いい年した大人がそういった役目を、責任を背負うというのなら別に氣にしないが、どうみてもラインは子どもである。
万が一、魔物に襲われ、ラインが死亡した場合のバックアップはどうなっているのか。技術の継承などはどうなっているのか。社会システムの構造として脆弱である。ルクルは、まだこの地の情報が不足しているのでそれ以上は推測の域を出ない。
それにしても、社会のリソースの運用として非効率と感じられる。
——まあ、現地の事情に深入りしすぎてもあれですしねぇ……。
そう、ルクルが思索にふけっていると不意に村の方から人の氣配がした。
「おーい!ラインくーん!どこだーい!」
声を聞いたラインは一瞬名残惜しそうな表情をしたもののすぐにそれを引き締め、声のした方をむいて、同じように呼びかけた。
「ここでーす!自警団のみなさーん!」
ほどなくして向こうから何人か、装備を固めた男たちが現れた。
「ライン君!無事だったか!」
「はい!大丈夫です。」
「よかった。さっきの異変で祠の方に向かったと聞いてな。私達もすぐに準備を整えて村を出てきたらまた別のすごい音が聞こえてきて急ぎ駆けつけてきたところだ。」
そこで、ラインと話していた自警団の代表者であろう男は、ラインの後ろに血に染まった白い服を着た、いかにも不審者としか思えない女性に目を向ける。
「ライン君、そちらの女性は?」
「はい!ぼくの命の恩人のルクルさんです!祠から帰る途中、魔物に見つかって襲われてたところを助けていただいたんです!」
「それは……、ルクル殿、私は村の自警団の団長を務めておりますヴァッヘと申します。この度はライン君を助けていただきまして、ありがとうございます。」
「いえいえぇ、たまたま通りがかっただけですからぁ。」
こんな場所にたまたま……、と一瞬、訝しげな目を向けたが、すぐに笑顔で覆い隠して対応する。
「こんなところで立ち話でもなんです。村の大切な住人を護ってくださったお礼もしたいですし、村に案内するのでついてきていただけますか。」
「お願いしますねぇ。」
「ルクルさん、いきましょう!」
助けてもらい、さらには頭を撫でてもらってすっかり氣を許したのか、ラインはルクルの手を取り、村に向かって歩を進める。
自警団の団員は団長がラインの隣に位置取ってちょっとしたハンドサインを交わし、他は自然とその周囲を護るように広がった。あるいは逃がさないようにだろうか。
「おい、先に村にいって村長に報告を。ライン君を発見。ライン君を助けてくれた女性が一名一緒にいると。」
周囲を警護する団員とは別に村へ報告するために一名に指示を与えた。それを受けた団員はその指示を復唱し、すぐに走って村へ向かう。これで、ラインを心配している村長や他の村人を安心させられるだろうと。
あと、正直なところ、ヴァッヘは村で重要な役割につくラインに手を引かれるルクルという女性について、疑念を抱かざるを得ない。
ここは、村と祠を結ぶ道。他の村や町と繋がる道は反対側だ。たまたま通りがかるなどありえない。それに加え、先ほどの空を揺るがす甲高い悲鳴のような音と、雷が落ちたかのような轟音。
この女性が無関係だと思う方が無理であった。
村につく前にヴァッヘとしては、ラインを護るため、村を護るため、少しでもその真意を探らなければならない。
今は、ラインに手を引かれ、ニコニコ……、ニヤニヤ?している目を向けているが、それがカモフラージュだった場合、もしもの時は身体を張って盾となるのが自分や自分たちの役目であろう、と。
見慣れない白い服。さらにそれはまだらに血に染まっている。そして、足元や手、首元から覗きみることができる奇妙な光沢を帯びた服。団長を含め、団員の誰もが、人生の中で見たことがない。
「ルクル殿、あなたはいったいどちらからいらっしゃったのですか。あなたの着ている服はこの地域のものではないように見受けられるのですが。」
「どこってぇ、遠い外国ですねぇ。」
「こちらには何の目的で?」
「なんか、ちょっとビビっときたので、足を伸ばしましたぁ。」
ルクルは彼女なりに嘘をつかずに答えたつもりではあるが、どう捉えらえるかは相手次第である。
本当に、嘘は、ついていないのだ。
「……そうですか。あ、もうすぐ村ですね。」
もとからあとすぐだったのであろう、村が見えてきた。
村の入口だろう場所には、先ほど連絡しに行った自警団の団員とおそらくは村長とその奥方であろう老夫婦に数名の村人が待っていた。
「村長!ただいま戻りました!」
「おお、戻ったか、ラインよ。心配したぞ。」
「いきなり出て行ってすみません。祠が心配になっちゃいました。到着すると、やっぱり、封印の結界に綻びがあって」
「こらこら、落ち着いてゆっくりしゃべりなさい。ここではなんだ、報告はこの後、わしの家で聞くことにしよう。」
村長が元氣一杯のラインをなだめる。そして、その後ろに佇む女性に目を向ける。
「あなたがルクル殿ですね。この者から話はうかがっております。この度はわが村のラインを助けてくださり、ありがとうございました。」
そう言って、村長は深く頭を下げる。
「いえいえぇ、たまたまですよぅ。」
「村長!ルクルさん、凄いんですよ!女の人なのにワイルドボアを殴って倒して!後ろから続く魔物の群れを雷撃魔法でブワって焼き払って!ぼくがここにいるのはルクルさんのおかげなんです!命の恩人です!」
「わかったわかった。命の恩人というのはよ~くわかった。とりあえずちょっと落ち着くのじゃ……。」
興奮冷めやらぬ少年の勢い。あまりの勢いにたじろぐ村長を、後ろにいる奥さんであろう人はほほえまし氣に眺めている。
改めて村長はルクルに向き直り姿勢を正す。
「ルクル殿。あなたの服装を見る限り、この近くではない、どこか遠くから来たご様子。ラインのお礼の件もあります。この村の宿で一番いい部屋にご案内いたします。そこで、ゆっくり旅の疲れを癒してくださいませ。あと、ささやかながら、今晩はそこの食堂で一緒に食事でもどうですかな。この通り、あまり外の方との交流がありませんでな。外の方のお話を聞きたいものが大勢いるでしょう。」
「そうですねぇ、宿はそこで、そして晩御飯もお願いしますぅ。」
「わかりました。ではそのよ」
「あの!ちょっと待ってくれますか。」
ルクルの宿泊先を決めるにあたり、ラインは村長の言葉を遮った。
「どうしたのかの。ライン。」
「あの、え、と。ルクルさんには僕の家に来てほしいんです。」
「ルクル殿は大人の女性じゃ。そんな方のお世話はおぬしにできるのか。ライン、ルクル殿はおぬしの恩人でもあると同時に、村の結界師を助けた村の恩人でもある。失礼があってはいけないのじゃぞ。」
礼を学び、徳を積んできた村長のもっともな意見。だが、しどろもどろになりながらも、ラインも自分でもよくわからない感情が湧きあがってきて、その想いを伝える。
「はい、分かっています。ご、ご迷惑はかけません。一生懸命やります。だ、だからルクルさんと一緒にいたいんです!」
ふむ、と村長は少し目をつぶり、考えをまとめるそぶりをみせると、ルクルに視線を向けた。
「ルクル殿、ラインはこういっておりますが……。」
「では、ライン君のお家にぃ、お邪魔しましょう。」
「え!」
「いいのですかな。」
「大丈夫ですぅ。ライン君にはお茶を入れてもらう約束がありますのでぇ。それに、案内も頼んでいるのでぇ、一緒にいた方が手間が省けますからぁ。あ、晩御飯はお願いしますぅ。」
ルクルは、驚きと喜びを全身で表現しているラインの頭を優し氣なまなざしと共になで、彼の家に招かれることを承諾する。
「ありがとうございます!」
「いえいえぇ。帰ったら美味しいお茶をお願いしますねぇ。」
「はい!一生懸命淹れます!」
「そんな肩ひじ張らなくてもいいですよぉ。」
そんな二人のやり取りに、ルクルに疑惑の念を持っていた者も表情が柔らかくなる。
そこまで話が進んだところで、これまで黙っていた村長の奥方が口を開いた。
「話は一段落したようだね。ライン君はこれからこの人に祠について報告かね。ルクルさん、あなた、その血塗れの服はどうすんだい。」
「これですかぁ、洗浄魔法でぽいっとするつもりですよぉ。」
「服はそれで良いかもしれないがね……。みんな!」
奥方が呼びかけると、どこからともなくママさん達が現れた。
「ルクルさん、あなた、あんまり外見にこだわってないだろう?ちょ~っと綺麗に整えさせてもらえないかい?」
「?いいですよぉ」
「よし。ライン。あんたがうちの旦那に報告している間、ルクルさんは借りていくよ。」
「え、あ、はい。」
そういうやいなや、先ほどまでの自警団とは別の意味でルクルを囲み、連行していく。
「ルクルさん、髪の艶がすごい……。」
「お肌の張りも……。」
「姿勢も良くてとっても綺麗……。」
「およよよよ……。」
あまりにもエネルギッシュなママさん軍団。戸惑いながらも実に楽しそうなルクルを連れて、村の中に入って行った。
そして、そこには男どもが残されていた。
風が、穏やかに流れていた。
「さて、ラインよ。祠の話をきかせてくれまいか。」
「はい、村長。」
こうして、ルクルとラインは無事に村に到着したのだった。




