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5 契約:ガイド兼お茶入れ係

ラインは命の恩人の笑顔に見惚れ固まっているが、そんなことはルクルにとっては些細なことですらなかった。


彼女は、ぽかんと固まっているラインの頭を、ぐわしっと無造作に鷲掴みにする。


「《解析》」と、ラインにも聞こえない様な声でボソッと、《言霊》をつぶやいた瞬間、ラインの頭を中心として、立体的な魔法陣が展開された。


「!?」


「大丈夫で~すよぅ。痛くありませんしぃ、すぐに済みますからねぇ。」


言葉だけ聞くと全く安心できないセリフであるが、端から見ると、血に染まった白衣を着た女性が、少年の頭を鷲掴みにして、そこに魔法陣を展開しているものだから怪しさに拍車がかかっている。


はっきり言って犯罪の臭いしかしなかった。


だが、悲しいかな。ここには、状況を冷静に観察できる第三者はいなかった。


さらに、まだ、このときはお互いの言葉は通じていない。


「ん~、脳内の補助演算装置へぇ、この世界の言語をコピペしてぇ……。はいぃ、インストール完了。通信が回復したらプラティー君にも渡しますかぁ。アプリ起動、『言葉、通じますか?』」


ルクルは少年の頭を鷲掴みにしたまま顔を目の前に引き寄せじっとのぞき込む。ただ、その行為は年頃の少年にはやや刺激が強かった。


「!? はい!分かります!」


やや頬を赤らめながらも、目をそらさずにラインは返事をする。


「ふむぅ、問題はなさそうですねぇ。」


ようやくルクルはその手を離す。体の自由を取り戻したラインは興奮を抑えきれぬまま、ルクルに詰め寄る。聞きたいことは山ほどあるのだ。


しかし、一番大切な事を伝えることを忘れたりはしなかった。


「あ、あの!」


「なんですかぁ。」


「助けていただいてありがとうございました!」


ビシッと気を付けの姿勢から勢いよく頭を下げる。


「あ~、氣にしないでください。正・当・防・衛!ですからねぇ。」


「ぼ、ぼく、ラインっていいます。お姉さんの名前を聞いてもいいですか?」


「ルクルですよぉ。しがない研究者ですぅ。」


研究者、という自己紹介にラインは疑問が頭をよぎる。自分の知っている研究者とは町やお城の中で魔法や薬・魔道具の研究をしている人達のことだ。


間違っても、血に染まった服を着てワイルドボアをそのこぶしで粉砕したり、一回の魔法で魔物の群れを薙ぎ払ってしまう存在ではない。


「え?神様の眷属だったりじゃないんですか?」


「神の眷属?神の小間使いなんて、冗談じゃあないですよぉ。自由に好きな事も出来ないですしぃ、なにかやってたら横からぐちゃぐちゃ口出されるなんて我慢できませ~ん。」


やれやれ、という風にルクルは首を振る。


「あの、その白い服の下に着ている不思議な服はなんですか。この辺ではみないんですけど。」


「これは、私の働いている所では普通に皆着ていてとっても便利な服なんですよぉ。」


どこで働いているのか、「皆」とはどういった者たちを指すのか、どう便利なのかは言わない。


「え、と、ぼくを不思議な力で投げ飛ばしましたよね?」


「あれは身につければ誰でもできますよぉ。」


であるならば、それを身に着けるためには、どれくらいの修練が必要なのか、という過程をすっ飛ばしていることには一切触れていない。


「ワイルドボアを殴って倒してたりしてましたけど。」


「氣合いですよぉ。」


ルクルはグイっと、力瘤を作るしぐさをする。研究者とは対極の言葉ではなかろうか。


「じゃ、じゃあ、最後の雷撃魔法は?」


「原理を理解してぇ、望む結果が得られる術式を作ってぇ、魔力という燃料を注いで、えいやっとすればみんなできますよぉ。」


ちなみに、さきほどルクルが使用した魔法は『元は』基本的な教科書レベルの雷撃魔法に過ぎない。ただ、威力を『必要なだけ』底上げして、範囲を『必要なだけ』拡大し、雷撃そのものを『必要なだけ』大きくして、最高効率でつなぎ合わせ、それらに必要な魔力を周囲から瞬時に取り込み注いだだけである。


一切、間違ったことも、嘘も、言っていない。


「す、すごいですね。ど、どうしたらそんなことができるようになるんですか?」


はっきりとは理解できないが、とにかくすごい事なんだな、と半ば理解を放棄しかかっているが、だが、そこはやはり少年。すごい事に対する憧れが前に出る。


「ん~?そんな難しいことではないですよぉ。やりたいことがあってぇ、それを実現するために必要なことを身に着けていったらこうなっただけですねぇ。」


ラインの少年らしい疑問に、ルクルは事もなげに答える。


——す、すごいなぁ。あの魔物の群れ。ぼくだったら万全の状態でもきっと飲み込まれて死んじゃう。でもこの人は、なんでもないようにさらっと片付けちゃって。こんなことができるようにならないと、やりたいことに届かないってどんなことなんだろう。


ラインは凄い目標があるんだと思っているが、少なくとも格闘技術を身に着けた理由の一つはただ研究資金をゲットするためだった。その裏で泣いた者たちの存在は、彼女の頭の片隅にもいない。


ルクルは普段周りから向けられることのない、真っ直ぐな少年の憧れの視線を受け止め「アオハルですねぇ」と腕を組みながらしみじみと思っていた。


——それはそうと、さて、これからどうしましょうかねぇ。この世界で次元震が起こったポイントはもう目の前なんですが、この子の様子を見ると、神とかそんなのが祀られてそうなんですよねぇ。


ルクルの所属する銀河を統べる帝国には、不干渉の法というものがある。


魔法文明であれ、科学文明であれ、宇宙進出をはたしていない文明には基本的に干渉禁止というものだ。今回はたまたま次元跳躍中に観測可能な規模の次元震が観測されたので、一応は調査という名目を使える。そうであったとしても、現地の文化・宗教・社会等に影響を与えるのは、よほどのことがない限り許されていない。


現地の野生生物に襲われそれを撃退することは、正当防衛が成立するし、特に社会に影響がないもしくはかなり軽微のため問題ないし、現地住人が魔物に襲われているところに、たまたま居合わせ、それを助ける程度であれば「人道的な観点」から、まだセーフだ。


しかし、現地住人が祀っている存在にちょっかいを出して、藪から蛇を出すのは、完全にアウトである。


「ライン君……でしたねぇ。そういえば、君はなんでこんなところにいたんですぅ?」


いきなりの質問にラインはしどろもどろになりながらも懸命に答える。


「はい、えーと……。さっきいきなりガシャーンって音が鳴って、胸騒ぎがして、この森の奥にある祠。ずっと昔に暴れていた怪物を封印したものなんですけど、そこにいってました。」


「ふむふむ。」


「着くとやっぱり封印に綻びができてて、ぼくはその封印を応急処置ですが直してきました。お恥ずかしいのですが、そこで魔力をかなり使ってしまって、でも、そこで過ごすには準備が無くて、隠れながら戻って来るも、フォレストウルフに見つかってしまって……。撃退したのは良かったのですが、他の魔物に見つかってしまい、そして逃げている途中でルクルさんに助けてもらったんです。本当にありがとうございました。」


また、深く頭を下げる。ラインにとっては命の恩人であるのだからいくら感謝してもし足りないのだろう。だが、感謝を受け取る側は特に氣にすることなく、飄々としている。


——やっぱりですかぁ。だったら、私単独でつついたら色々とひっかかりますねぇ。まあ、ここはのんびり聞き込みやらなんやらで情報を集めてみましょうかぁ


「ライン君。私、ちょっとこの辺に不慣れなものでぇ、ここにいる少しの間、案内を頼めますかぁ?」


思ってもみなかった申し出。どうやってお礼をしたらいいか悩んでいた少年にとってルクルの頼み事は渡りに船であった。


「も、もちろんです!ぜひ、ぼくの村に来てください。村長も、みんなもきっと歓迎してくれます!」


尻尾があったらブンブンとふっているだろう。それくらいの純粋な嬉しさを振りまいている。


そんな純粋な少年の心とは裏腹に、自分の欲望に忠実な大人は内心でホクホク顔であった。


——私がつついたらぁ、ひっかかりますけどぉ、現地住人がつついてもぉ、何も問題はありませんよねぇ。


「あ、村についたら、その、汚れた白い服を貸していただけますか。洗濯します。近所のママさん達に頼めば代わりの服を用意してくれるはずです。」


「お願いしますねぇ。ところでライン君、もう一つ頼みたいことがあるんですが、いいですかぁ。」


「な、なんでしょうか。」


さらなる頼み事にラインは期待と不安が半々となった返事をする。


「君ぃ、お茶は淹れられますかぁ?私、一仕事終えた後はいつもお茶を飲んでるんですぅ。」


先ほどまでの、普通のお姉さんの常識から二歩も三歩も外れた行動からしたら、あまりにも普通のお願いであった。


「お茶ですか?だ、大丈夫です。ぼ、ぼくの家に来てくれますか。頑張って準備します。あ、あんまり上手じゃないかもしれないけど……。」


「かまいませ~ん。契約成立ですねぇ。それではぁ、案内お願いしますぅ。」


「は、はい!こっちです!」


これがいたいけな少年とマッドな女研究者との出会いの形であった。

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