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23 急転

「「「!!!!」」」


夕刻。太陽がそろそろ一日の仕事を切り上げようとしたときにそれは起こった。


リラックスし、さりとて氣を抜きすぎることなく封印の監視を行っていたルドは、一瞬、祠から出ている魔力でもない、相方のリアのそれでもない、かといって周囲の魔物のものでもない魔力を感じた。


ルドは祠への注意を意識に留めつつ、それはなんなのか探ろうとしたところで魔力の氣配が勝手に霧散した。勝手に現れて勝手に消える。わけもわからない事だったが、不自然な氣配が消えてしまったので、それ以上はどうしようもなかった。


ひとまずは監視に戻ろうと、祠に意識を戻した直後、封印が内側から殴られるような感覚がわき起こった。


「リア!」


「分かっているわ!」


野営場にて交代で休憩しているリアが異変を察知し、すっ飛んでくる。もちろん、自警団の三人もリアと一緒にこの場に駆けつけている。そして、結界師たる二人はすぐさま、内側から殴られ続ける封印に魔力を注ぎ崩壊しないよう押しとどめる。昼間、十分に強化していたこともあって多少の事では綻びは『まだ』生じない。


だが、断続的に封印を破ろうとし続けたら、先に力尽きるのは此方だという事は容易に察することが出来る。


「カール!ロン!二人は魔力回復ポーションを持ってきて俺たちの側に控えてくれ!ミケルはすぐに団長に連絡を!封印の中の存在が活性化していると!まだ俺とリアで、もたせる事はできるが、長続きしない。応援の要請を頼む。」


「「「了解!」」」


ルドの指示に三人はすぐに行動を開始する。


「ルド……。」


「分かっている……。」


二人きりになった束の間、言葉にならない想いを交わす結界師。


これからやらねばならぬこと、やり遂げなければならぬこと、見届けなければならぬこと。


自分達が背負う重責も、背負わせなければならない重責も、様々な想いが脳裏を駆け巡っていく。


だが、今のこの時ばかりは余計な事だった。二人は絶対の決意を持って封印に対峙する。


「悔やむのもなんでも……。後からだ。」


「ええ……。」


この事態を終息させる為の行為の残酷さにその身を苛まれながら、二人は自らの責務を果たし続けた。




「あまりにも見通しが甘かったのか……。」


村長宅から自警団詰め所に戻ってから幾ばくかの時間も過ぎぬうちに、ヴァッヘは祠からの急報を受け、天を仰ぐ。


ヴァッヘは自身を特に突出したところのない平凡な男だと思っていた。平凡だと思っていたからこそ、訓練や組織の運営など凡人が出来ることをまじめに取り組んできた。


コツコツ、コツコツ。それが信用を生み、信頼に繋がり、今に至るのである。


後ろめたいことも、この腐った因習ぐらいなもので、他の事に関しては、本当にまじめに取り組んできた。


その一点だけの因果で、ここまでのことが降りかかるのだろうか。


だとしたらあまりにも、あまりな事ではないか。もしくは昔からの汚泥のように沈殿し蓄積されてきたモノが今この時になって溢れ出てきただけなのか。


ただ、明らかなのはヴァッヘはその問題を深く考察するような余裕もなく、指示を待つ部下たちを迅速に動かさなければならないという事であった。


「シドを含む、非番の結界師達に連絡を。すぐに集合。祠に行く準備を整えてくれ。私は村長に報告に向かう。おそらくはそのあとすぐに祠に急行することになる。あと、あるだけ全部の魔力回復ポーション、そして、食料など追加分を準備。」


「「はっ!」」


ヴァッヘの指示の元、すぐに団員達は動き出す。日頃の訓練の成果だろう、その動きに無駄はない。このような状況にも混乱することなく各々の役目をまっとうする姿に、ヴァッヘは積み重ねてきたことは間違っていなかったと思いを新たにする。


しかし、何のためなのか、村人を守るためなのか、一人の少年を捧げるためなのか、その少年も村人ではないのか。


矛盾の上に立ち、積み上げてきたことやもの自体への根本的な疑問が鎌首をもたげるも、緊急事態が進む今は必死に頭から追い出す。


上に立ち、大を救うため小を切り捨てる。そんな覚悟など持てそうもない。そう自答しつつ、どこか投げやりになりながらも、その足は轍を進む馬車のごとく村長宅へ向かう。


こうした緊急事態に即応できるよう自警団の詰め所と村長宅は比較的近くに存在しており、すぐにヴァッヘはそこにたどり着いた。


「村長。」


心中の葛藤とは裏腹に外に出た声は落ち着いたものであった。


そして、先ほど仕事に戻っていったばかりの自警団の団長が、深刻な表情をして戻ってくる。その事態に、長年村を影に日向に守ってきた者は全てを察した。


一時の静寂。村長は瞑目し、これから行うことについて思いを馳せる。だが、脳裏を過ぎるのは、少年が日々を懸命に生き、笑い、楽しく、様々な事を経験しながら過ごす光景だった。


領主の命とはいえ、生贄に捧げる相手の顔を見る最高責任者は村長である。その胸中は察するに余りある。ヴァッヘはただ静かに村長の決断を待った。


やがて、村長はその肺腑の中身と自身が抱える様々な想いを絞り出すように深く息を吐き出す。そしてゆっくりとその目を見開く。そこには一切の感情を排し、覚悟を決めた男の姿があった。


「奥さん、準備を仕上げといてくれ。そして、ヴァッヘ、待機中の結界師を全員連れて祠にいき、何が何でも明日の朝まで保たせてくれ。」


彼はすぐ横で静かに佇む己の伴侶と急報を携えてきたヴァッヘに指示を出した。


「わしは奥で領主様に儀式を執り行うことをお伝えしてくる。……ああ、すまん。事態が動いたことについて詳しい話を聞いてからじゃったな。」


「いえ、現場からの連絡でもいきなり封印の中の存在が暴れ始めたと、そう聞いています。詳しい状況の把握よりまず第一報を優先したのでしょう。……ここに来る前に指示を出し、結界師を全員集めています。集まり次第すぐに祠に向かえる状況です。」


ヴァッヘの段取りの良さに頷く村長。そして彼はこんな事態になっても、その指示を的確に実行できる自警団の者たちに感謝の念を捧げる。


「わかった。では、向かってくれ。わしはこれから領主様に報告するとしよう。……明日の朝、わしもそちらに向かう。彼を連れてな。」


「はい。お待ちしております。」


そして、二人はそれぞれの役目を果たすため歩き出す。その背をグリシーナはただ黙って見つめていた。

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