少年の想い
祠の異常。
封印と繋がっているラインはある意味、現場にいるルド達と同時にその事態に氣が付いていた。常ならば、結界師たる自分も真っ先に祠に駆け付け、中の存在に封印を破られないように尽力すべき事態。
しかし、今は必死にそのことを頭から追い出し目の前の事、お守りに込められた術式の解析に集中していた。
——ルクルさんならぼく達の問題を何とかできるかもしれない。
甘え。他力本願。無責任。
呼び方は色々あるだろう。
いきなりぽっと現れた凄い人に全部を丸投げしてしまうのは、果たして自分たちのためになるのだろうか。
自分たちの後から続いていく人達に胸を張って、この出来事を伝えていけるのだろうか。
本来なら、この地に根差す自分たちが解決しなくてはならない問題に違いない。だが、これまでずっと、歴史の本の最初の方からずっと、この問題と生きてきて解決できなかったのだ。
ただ、誰かを犠牲にして、暴れだそうとする存在を鎮め、やり過ごしてきた。
きっと、今回もそうなって続いていくんだろう。
みんな、そう思って疑っていない。
でも、とラインはそのことに対して微かに疑いを持ち始めていた。あのとき、祠の中の存在に触れてしまった事が発端となり、それが芽生えてしまった。
——あんなモノがいつまでも大人しくしているだろうか。
自分を自分たらしめる存在が溶けてなくなってしまうような感覚。そして、触れてしまったが故に、自分もアレを感じてしまったから分かったこともある。
——混ざっている氣がする……。
一つの巨大な存在のはずなのに、そのことに違和感が拭えない。様々な色の布を集め、その都度黒く染め上げているような、今は一色だけど元は違う色とでもいうようなそんな違和感。
ラインは、あと少し、喉まで出かかっているのに、なかなか言葉にならないもどかしさを相棒にお守りの術式について考えていた。
そんな、少年らしいひたむきさを発揮するラインの横で、ルクルは本を読みながらゆっくりとお茶を飲んでいた。
先ほど客間に引っ込んだかと思うと、明らかにこの地域で使われていない文字を使った表紙の本を片手に戻ってきて、おもむろにお茶を入れ、本を読みつつ飲み始めたのだった。
ラインはルクルが客間に入るときにはすでにお守りと向き合っていたので、すぐ戻ってきた彼女には多少驚いたが、『見守ってくれているのかな?』と思いすぐにやるべきことに向かいあう。
書くものを用意し、そこに術式や付随する自分の考え、魔力の流し方からくる反応の変化などを書き記し考察を重ねていく。
ペンが走る音だけが響いていた。
ただ静かに、穏やかでいて張りつめた弦のような時間が流れていく。
窓の外では、お母さんたちの井戸端会議、子どもたちの駆けまわる声、日常がサラサラと流れていた。ただ、そこに交じって時折、慌ただしく誰かが通り過ぎるような、余計で村の笑顔には邪魔でしかないものも聞こえてくる。
日常を守るために、ただ、少年は向かいあっていた。たとえそこに自分はいないかもしれないとしても。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
読書家の歩みが、目指す頂への道半ばを過ぎている。
このままどれくらい時間が過ぎていくかわからないと思われたが、その静寂は玄関の扉を叩く音によって唐突に破られた。
「ラインよ。わしじゃ、ちょっといいかの?」
「はい!いま出ます。」
ラインは、努めて普段と変わらない声色を装いながら扉に向かう。立ち上がるとき、チラリとルクルの方に目を向けるが、彼女は特に変わった様子もなく、手元の本に視線を落としたままだ。
扉を開けると、そこにはただ一人で、村長がいた。
「ふむ、ラインよ。今朝はご苦労じゃったな。」
「ありがとうございます、村長。ぼくにできることをしただけですから。玄関で立ち話もなんですし、上がっていきますか。」
二人とも、先ほど祠に発生した異常事態の事を知らないはずはないだろうに、わざとらしいほどに普段と変わらない様子で言葉を交わしていた。
「ありがたい申し出じゃがな、ちと遠慮しておこう。まあ、なんじゃ、今日もまた一緒に夕飯でも食べようかとお誘いにきたのじゃよ。もちろん、ルクル殿も一緒でな。こんなわけじゃ。長話をするほどでもあるまいて。」
「あ、そうだったんですね。お誘いありがとうございます。じゃあ、あとでルクルさんと一緒に食堂にいきますね!」
薄皮一枚下に流れる緊張感。どちらかでもそこに踏み出せば、外面上は日常を取り繕っているこの場所が崩れてしまうだろう。
「うむ。して、ラインよ。今、祠は今朝のゴタゴタで散らかっていてな。みなで片付けをしておるところじゃ。」
村長はそこで不自然に言葉を区切った。そして続く言葉は、どこか歯切れが悪くなっていく。
「どうせならと、本格的にやっている。明日の朝、引継ぎを頼みたい。」
「…………はい。わかりました。明日ですね。」
「まあ、明日の話じゃ。今夜はこれから美味いものでも食べて英氣を養うといい。それではまたのちほどな。」
そう言って、村長は踵を返し、自宅へと戻っていく。ラインが見送るその背中は、どこかいつもよりも小さく映っていた。果たして、その遠ざかっていく後ろ姿は何を背負っていたのか。村長の人生の四分の一にも満たないラインのそれではその重みを言葉にすることは出来なかった。
しかし、村長とは別のものを背負う少年は明後日を掴むために扉を閉め、また席につく。そして、お守りの解析を再開させる。扉から見た空はまだ青かった。まだ、夕食までは時間はあるだろう。
「ルクルさん、晩御飯楽しみですね。」
「そうですねぇ。ここはご飯もお酒も美味しい土地ですしねぇ。ついつい長居をしてしまいそうですよぉ。」
本から目線をそらさずに答えるルクル。さらり、さらりとページが捲れていく。
そんな素っ氣ない生返事に、いつものこと、とラインは思ってクスリと笑ってしまった。
『いつものこと』と、そう、思ってしまった。まだ会って数日しかたっていない人に対して。もうずっと一緒に生活しているような、この人のことを知っているような氣になってしまっていた。
そう自覚すると、どこか、なにか遣り切れない想いが込み上げてきたが、唇を噛み締め、途切れた集中を立て直した。
——この人の隣に立っていたらどんな景色が見えるんだろう……
やがて、窓から差し込む色が変わり始めた。




