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21 対価

「ルクルさん、ただいま戻りました。」


自宅の扉を開け、ラインは封印の祠から戻ってきた。ただ、見るからに足取りは重く、少年らしい溌剌さは鳴りを潜めている。目線もどこか下向きで『なにかありました!』と全力で叫んでいるようだった。常の彼ならば、ルクルに会うなり、どんなことがあったか、難しい事、頑張ったことを語っていただろうが、今はその氣配すらない。


そんなことは百も承知で、しかし、そこには触れずルクルはポットに入っていたお茶をライン専用のカップに入れて自分の隣の席に置いた。そして静かにお茶の続きを堪能する。


ラインは湯氣の立つ自分のカップを見つめていると、なんだか肩がほぐされていくような氣がしてきた。その横でただ黙ってカップを傾けている女性がいることも相まって、ようやく視線が前を向き始める。


——自分の中だけで抱えていても……。


そして、ごく自然にルクルの隣に座り、自分もカップを傾けた。暖かい香りが体に染みわたっていく。先ほどまでこの世の終わりのような氣分を味わっていたのが嘘のように自然と笑みがこぼれていた。


「ルクルさん。」


「なんですかぁ。」


自分がどんな状態で帰ってきたか、この人がわからないはずが無いのにと、どこまでも自然体なルクルに安心感とある種の頼もしさを覚えてしまうライン。


それじゃあ、この人の隣に立てるようになれないと思ってしまうが、今の自分の力では対処できない問題に闇雲に立ち向かうより、素直に力を借りたいという氣持ちの方が強かった。


「ぼくたちの村が抱える問題。ちゃんとお話したらルクルさんなら、解決の糸口を見つけたり、もしかしたら解決したりできますか。」


彼らしい最初から真っ直ぐな問い。そして身体も心も瞳も真っ直ぐにルクルに向かう。緊張と期待、いつもよりは心臓の音の自己主張が激しい。


「どうしてそんなことを聞くんですかぁ。」


「……これからぼくがいうことは他の人が聞いたら、正氣を疑われると思います。ルクルさん、あなたは、この国の人じゃない。それどころかこの世界の人ではないんじゃないんですか。」


「質問を質問で返しましたねぇ。」


咎めるような言葉とは裏腹に、ルクルはカップを傾けつつ、目を細めてラインを見やる。


それを受け、ラインは自分の胸元からルクルからもらったお守りを取り出して目の前にかざした。


「こんな魔法文字?魔法陣?でしょうか。ぼくが町にいて魔法を習っていた時も全然聞いたことも見たこともありませんでした。もちろん、遠い国ならそんなこともあると思いますけど……。こんな小さなものに、見るからに大元から違う魔法体系を一緒にするなんて普通じゃないことはわかります。」


そこまでいうとラインは一拍置き、つい数日前出会ったときのこと——あまりにもこの数日の密度が高すぎてずっと前に感じられるが——を思い出す。


少年が自身の考えを語るにつれて、対面の研究者はどんどんと口角が吊りあがっていくが、流石にラインにはその変化がどういうものかまで氣に留めるほどの余裕はなかった。


「それに、最初にぼくを助けてくれた時、あの、その、とても変わった服を着ていました。」


変わった服、という感じでちょっと申し訳なさそうに言葉を濁すが、すぐに表情を改める。


「あんな服も町じゃ全然見かけませんでしたし、なんかお魚の鱗みたいで少し光っているような感じでした。鎧というわけではないし、身体の線がはっきり分かるような……形だし、どんな意味の服なのか全くわかりません。そんな服がただ、別の国だからということで生まれるなんて考えにくいんです。」


太陽はすでに高く、お昼時。外からは子どもたちの元氣のいい声が聞こえてくる。


「ルクルさん、もしあなたが別の世界からやって来ることができるほどの人なら、ぼくたちが直面している問題くらいなら、なにか解決策があったりしませんか。直接解決してくれなくてもいいです。どうか、どうか、教えていただけませんか。」


そう言って、ラインは深く頭を下げる。部屋には、相変わらずルクルがお茶をすする音が流れ、ふぅという吐息と共にカタンとカップがテーブルに置かれた。


「ライン君、まずは頭を上げてくれませんかぁ。」


彼女はラインからの精一杯の誠意を見せられても、その声色を変えない。しかし、ラインが頭をあげてみた彼女は出会ってから今まで見た中で、一番優しげでそれでいて最も彼の心の底を覗き込むような目をしていた。


「私がぁ、ライン君の言うように他の世界から来た人だとして……、そんな人を動かすために、君は何を差し出せますかぁ。」


「え?ん……。」


とっさのことに、言葉につまるライン。


「何も対価を払わずに動いてもらえる、とは考えていませんよねぇ。」


もちろん、そんな都合のいい事なんてないとラインもわかっている。祠の封印の問題はずっと、それこそ歴史書の最初の方に載っているほどずっと昔からの問題。それほどの問題を解決してもらう、もしくは解決するヒントをもらうにはどんな対価が相応しいだろう。


この国のお金なんて、他の世界では価値はないだろう。辛うじて貴金属としての価値はあるかもしれないが、それほどの価値を持つとは思えない。


難しい顔をして固まってしまった少年を微笑まし氣に眺めながらルクルは助け舟を出した。


「ライン君、それじゃあ、私に何かしてもらうかもしれない、その対価として君の『ここでの生活』を全て捨てないといけないとしたら、どうしますかぁ。」


視線を下に向け、悩んでいたラインはルクルからの提案を聞くと、顔を上げ、特に氣負った風もなく、


「構いません。それでこの村のみんなが助かるなら。」


即答した。


「その氣持ちはぁ、もしかしたら、ここにくるまでの間に植え付けられてきたものかもしれませんよぉ。」


ここにくるまでの間、というのは町で教育を受け、この村に来るまでの事を言っているのだろう。もしそうだとしても、ここで生活をして村のみんなと過ごしたことは変わらない。この氣持ちがたとえ植え付けられ、そう仕向けられたものだとしても、別に構わないとラインは思う。始まりが嘘でも、今が本当なら自分は納得しているのだから。


「大丈夫です。このままでもぼくは近いうちにいなくなります。先代までお役目を果たしてきた人達の事を考えると、そうやってぼくがいなくなっても問題は解決しません。だったらぼくがいま対価としてお支払いできるものを、ルクルさんにお支払いして問題を解決していただいた方がきっと、これからのためになります。」


「そうですかぁ。」


その年に見合わない覚悟と聡明さをもったライン。歪な国の教育と村の因習の中でどうやったらこれほどまでに真っ直ぐな少年に育つのだろうか。


ルクルはそっと椅子を立つと、優しくラインの頭を撫でる。


「お守りの裏面の効果、まだどんな時に力を発揮するのか、分かっていませんでしたよねぇ。」


「え?あ、はい。」


ここで唐突にお守りのことが話題に出るとは思わなかったのだろう。少し返事がたどたどしくなってしまう。


「それが分かったら、私は動くことにしますよぉ。」


それはある意味、今のラインの目標だったことだが、同時に祠の問題への解決の糸口になった瞬間でもあった。


「それじゃあ!」


「頑張ってくださいねぇ。」


ひらひらと手を振り、ルクルは客室に入っていった。

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