20 村を、国を救った、ただの男
ヴァッヘ達、急報を受け駆けつけた自警団の最初に目に入ったのは、祠の周囲の空間に異様なひび割れが生じ、その周りが陽炎のように揺らめている光景だった。
森を進んでいる途中でも、祠から発せられていたであろうプレッシャーを感じていたが、直接目にするのとでは大違いであった。今の時点でも、自警団の男衆に膝が震え出している者がいる。ともすれば、膝を屈し、立てなくなるのではないか。人間よりも本能に忠実な、魔物をも含む森の生物たちが逃げ出すのも当然といえた。
しかし、ここにいるのは村を、村に住む大切なものたちを守ろうと日々研鑽を積んでいる者達。震え、己に湧きあがる恐怖を自覚してはいても逃げ出そうとする臆病者はいなかった。
そして、自分たちの前、祠の正面に立ち、結界の維持に全身全霊を注いでいる結界師と、その横で魔力回復ポーションが入っているだろう容器を持ってサポートしている仲間がいた。
「シド!リン!大丈夫か!」
当直の結界師シドが広がりそうになる封印のひび割れを懸命に抑えていることが、後ろ姿だけでも十分すぎるほどに理解できた。その姿にルド、リア、そしてラインがすぐに駆け寄り、祠の四方に展開する。
「シド!ありがとう!もうちょっとだけ頑張ってちょうだい。私達も抑えるわ!いくわよ!」
「はい!」
結界師たる四人は必要以上の言葉を交わさずとも、今この場でやるべきことは分かっていた。
それぞれの魔力を紡ぎ繋ぎ結わえ、ただ合わせるよりも強靭なものとし、油断すれば一氣に決壊しそうになる封印を補強していく。
この瞬間の主役は四人の結界師だが、ヴァッヘ達自警団もただ黙って見ているだけではなかった。
「カール、ロン、ミケル。一人ずつ、ルド、リア、ラインの邪魔にならないように後ろに控え魔力回復ポーションをもって待機。」
「「「はい!」」」
ヴァッヘはすぐさま、これまで封印を支えてくれていたシドとリンのコンビと同様のサポート体制を指示する。そして彼自身は通信用魔道具のある自警団の野営場へ足早に向かった。そこには、村で留守をあずかっている団員と連絡を取り合っている女性団員がいた。
「こちら、ポーラ。今団長たちが到着したわ。ルドさん、リアさん、ライン君が合流して封印の補強に取り掛かってる。何とか間に合ったみたい。」
——『了解した。』と通信用魔道具から漏れ聞こえる声。状況は予断を許さないものの、言葉を交わす両者から微かな安堵の氣配が感じられる。
「ポーラ、任務ご苦労。よく持ちこたえてくれた。」
ヴァッヘはポーラへと労いの言葉をかけ、その肩にそっと手を置く。
「団長!良かった……!。」
「早速で悪いんだが、通信を代わってくれないか。」
はい、と言ってポーラはすぐに通信用魔道具の前をヴァッヘに譲る。
「こちらヴァッヘ。今、祠に到着した。聞いての通りだ。ルド、リア、ラインの三人がシドと合流して結界の補強に当たっている。村長は近くにいるか、いなければ呼んできてもらいたい。」
『わかりました。』
他の団員に頼んだのだろう、魔道具越しに『村長を呼んできてくれ』という声が聞こえてきた。
村長の到着を待つ二人。もどかしい時間の中でも状況は進んでいく。祠の状況を確認すると、四人の懸命な働きにより徐々だが空間のひび割れが小さくなっていた。
ヴァッヘは、適切に人員を配置し状況を整え祈ることしか出来ない自分にやるせなさを感じつつも、団長としてそれを表情に出すことはせずに村長を待つ。
ほどなくすると、魔道具の先から扉を開閉する音と『ヴァッヘ団長、村長がお越しになられました。』という連絡が入った。
『ヴァッヘよ。そちらの状況はどうなっておる。』
「はい、ルド、リア、ラインの三人が現地の者と合流し、封印の補強に当たっています。到着当初は空間のひび割れが大きかったものの、今では徐々にではありますが、小さくなってきています。」
『そうか、よくやった。わしは先ほどまで領主様と連絡をとっていた。』
ヴァッヘは村長のその返答にごくりと唾を飲み込んだ。領民を、ひいては国全体を視野に入れる領主様のお考え次第では、『もしかしたら』があり得る。
『次に「ヴァッヘ団長!空間のひび割れが収まりました!」』
村長と団長が通信を始めてから席を外し、祠の様子をうかがっていたポーラから興奮を隠せない報告が飛び込んできた。ヴァッヘは、それを聞き祠の方を一瞥すると確かに空間に浮き上がっていたひび割れが無くなっていた。
「村長、聞こえていたかと思いますが、ひび割れが収まりました。しばし現場の指揮に戻ります。一区切り着き次第、またすぐに報告します。」
『わかった。しばらくの間、詰め所で待っていよう。頼んだぞ。』
ヴァッヘはひとまず通信を切り、四人が事に当たっている方に向かう。
「シドさん!大丈夫ですか!」
そこにはシドが倒れ、リンに抱きかかえられている姿があった。無理もない。朝、急報を村に飛ばした時点からずっと封印を維持・補強し続けていたのだから。
彼に駆け寄ったヴァッヘは手を握り、その献身に惜しみない賛辞を贈る。
「ありがとう、シド。我々が到着するまで持たせてくれて。君のおかげで村が、国が救われた。」
息も絶え絶えなシドであったが、団長からのこの上ない言葉に頬をほころばせた。
「そりゃ、結構なことです。こうして頑張った甲斐があったもんですよ。」
ヴァッヘはその言葉に頷きを返し、握っていた手を取って肩を貸す。
「肩を貸そう。あちらで少し休むといい。ルド、リア、ライン。君たちは封印の調整を頼む。無理矢理抑えただけだろうから整えてほしい。」
「わかりました。」
三人に指示を与えると、ヴァッヘはシドと共に野営場に向かって歩き出した。反対側にはリンも一緒に肩を貸している。そうして、野営場にいき、そこで三人して腰を下ろした。シドの呼吸が整うまでしばし。ポーラが氣を利かしてお茶を人数分配っていく。朝から息つく暇もない展開への対応が終わりようやく人心地つけた瞬間だった。
「シド、ポーラ。ようやく一息ついたところすまないが、改めて詳しく聞きたい。一応詰め所で報告は聞いているが……。」
お茶を飲み、呼吸が落ち着いたシドは目を閉じ、その時の状況を思い浮かべる。そしてゆっくりと語り始めた。
「大まかなところは、朝、ポーラが詰め所に伝えた通りでさ。皆で朝食の後片付けをしてゆっくりしていた時、いきなりそれは来たんだ。」
シドは己の肩を抱く。おぞましい存在から身を護るように。
「空氣が変わった。俺も、リンもポーラも一瞬で感じ取った。生き物だったらわからねぇはずはねぇ。現に森にいるやつら、いなかっただろ?ざあって、朝焼けの光で山を覆っていた霧が引いていくように氣配が、森のさざめきが消えていったんだ。俺はこの場にいたら喰われちまうかと思ったよ。」
張り詰めていた緊張が緩み、改めてあの時の恐怖が蘇ってきているのだろう。だが、その目は恐怖から目を背けず対峙する者の覚悟を纏っていた。
「ヴァッヘ団長よぉ。あんた言ってくれたよな。『村が、国が救われた。』ってな。俺はぁ、正直言って国を救うなんて大それたことは考えちゃいなかったさ。ただ村の皆がいつも通りの明日を向かえてくれたらいいって思って、アレの正面に立ったんだ。」
村を、国を救った男の本音に、ヴァッヘらは静かに耳を傾ける。
「あとは無我夢中さ。必死こいてアレを抑えてた。そのうち団長たちがきて、あいつらが一緒に抑えてくれて……。そして今さ。」
「……そうか、よくやってくれた。」
ヴァッヘはただ、英雄の肩に手を置き、その労をねぎらった。
「ヴァッヘ団長。封印の調整終わりました。」
氣が付くと祠の周囲からあの異常な氣配が薄れ、ほぼ無くなっている。そのための調整が終わったのだろう、取り掛かっていた三人が野営場にきた。
「ご苦労だった。それで首尾はどうだ?」
「はい、封印が破られそうになっていたところは修復いたしました。そして封印の強度を通常よりも上げています。恒常的な処置ではありませんが、三日は持ちます。ですので、落ち着くまでは三日おきにこの処置を施すことを提案します。」
「わかった。その方針でいこう。私はこれから村長に連絡する。それまでは各々待機していてくれ。」
ヴァッヘはそう言うと通信用魔道具に向かい詰め所で待っているだろう村長を呼び出していた。
一旦手すきになったルドたちは、到着まで封印を抑えてくれたシドに改めて感謝を伝える。そんな大層なものじゃない、当然のことをしただけだと彼は言うが、それがどれだけ困難なことか三人は身をもって知っている。感謝を伝えて、伝えすぎることは無かった。
三人からの尽きぬ賞賛の言葉に流石にこそばゆくなったのだろう、シドは顔を赤くして立ち上がり野営場から少し離れる。
そんな彼の後ろ姿を尊敬の眼差しで見つめるライン。
「カッコいいですね。シドさん。」
「ええ、ほんと、いい男よねぇ。」
ラインの言葉に、やや頬を染めてポーラは相槌を打つ。この難局を乗り切ったのだ。好感度も上がるというもの。
「ちょっと、ポーラ!」
「はいはい、わかっているわよ。リンは前からだもんね。いい男って氣が付いていたのは。」
そんなポーラにすかさずリンがツッコミを入れるが、その理由は明らかであった。
そんな和やかな空氣が流れる中、村長とのやり取りが終わったのだろう、ヴァッヘが通信を切ってこちらに向き直った。
「方針は固まった。とりあえずは結界師としてルド、リアの両名とカール、ロン、ミケルの三名がこの場を引き継ぐ。明日の交代時間までここを頼む。そして、シド、リン、ポーラの三名は撤収。村に戻って休息をとること。そして、その他の者も一旦村に戻り休息を取りつつ待機だ。」
「「はい!」」
指示を受けるとすぐに自警団員達は行動を開始した。村から持ってきた補給物資の整理や、ここででたゴミの回収などこまごまとしたことも多い。
そんな中、ラインはヴァッヘに相談を持ちかけていた。
「ヴァッヘ団長!ぼくも残ってお二人を手伝います!今日の封印の補強はとても大変でした。もし何かあったら三人で対処した方が楽だと思います!」
若者特有の真っ直ぐな瞳に村を想う氣持ちをのせてラインは申し出ていたが、ヴァッヘは表情を変えることなくただそれを否とした。
「ライン君、その氣持ちは嬉しい。君が結界師として優秀だという事も分かっている。だがここは大人に任せてくれ。」
「でも!」
それでもラインは食い下がる。それほどまでに今回は異常であったのだ。だが、力になりたいというその少年の純粋な想い、それだけで決定を覆すほどヴァッヘも甘くはない。
「いいから帰りなさい!」
ヴァッヘは柄に似合わず声を荒げてしまいハッと我に返る。らしくない。彼の前には普段と違う一面を見て固まっている少年がいた。少し目をつぶり、驚いている少年の肩に手を置き今度は優しく言い聞かせるように語りかける。
「ここは大人に恰好をつけさせてくれ。大丈夫。ライン君がいなくても、彼らに任せておけば何とかしてくれるよ。それともライン君は彼らを信じることが出来ないのかい?」
「い、いえ。」
大人らしい狡い聞き方。こう聞かれては、まだまだ子どもに過ぎないラインは首を振るしかない。
「ルクル殿が、いついなくなるかわからない人が家で待っているんだろう?少しでもその人と一緒に過ごしなさい。」
「……。」
——まだ完全に納得はできないのが表情にでているが、これは、違うか。ああ、すまない。語りすぎたな。聡い子だ……。
しばらくして、ここでの監視業務と撤収の準備が終わったのか、ルドが報告しにきた。ヴァッヘはこれを受け、予定通り村への帰途についた。
ラインは、ただ、黙ってついていった。
『はてはてぇ~、おもしろくなってきましたねぇ。それはそうと《隠蔽》《分離》』
ラインに憑いている式神に意識を飛ばしているルクルは、祠に到着してからの一部始終を見ていた。どうやら祠の中の存在を一旦抑えることには成功したらしい。自分がこのまま明日帰ると、また数十年は大人しくなるだろうと予測する。
だが、それでは面白くな……、都合が悪い。
そう、意識だけの存在で彼女は考える。だから、ライン達が帰途につく前、いつでもつつけるよう魔術的な隠蔽を施した式神を、式神本体から分離し、祠に待機させた。
——ヴァッヘと村長の会話からするとその必要もないかもしれませんけどねぇ。
二人の間にどんな会話が交わされたのか、それももちろんルクルは把握している。それを通して領主が考えていることも予想は出来る。事態はすぐにでも動くだろう。天秤にかけるまでもない。領主や村長。上に立つ者なら当然持っているべき思考であり覚悟でもある。
だが、それを黙って見ているかというと、それはそれで話は別だ。
くだらない。誰かの存在を消滅させてまで存続させることなどありはしない。あってはならない。
『どんな顔しておかえりなさいしましょうかぁ。』
ルクルは思いつめた表情をして歩く少年を愉しそうに眺めていた。




