19 撤収指令
「ふむぅ。やはり私たちがぁ、目障りなんですねぇ。まあ、あちらさんからすると正体不明の輩ですしぃ、なにをするかわかったもんじゃないですからねぇ。ましてや、あと数十年ちょっともすれば自由の身になれるので邪魔されたくはないのでしょう。」
プラティーから報告を受け、特製の椅子にゆったり腰掛けながら、ルクルはさてどうしたものですかねぇと思考を巡らす。
『ルクル主任、あなたの報告によりますと、封印は社会に根差しているものでした。そして、封印されている存在は、あなた方を排除しようと活動を活発にしています。これでは不干渉の法に抵触します。よって、これ以上の影響を避けるため、即時の撤収をお願いします。』
「それが妥当なところですよねぇ。駄々をこねたら今後の活動に支障がでそうですしぃ。そっちの方がめんどくさそうですぅ。今回の件は惜しいですが、入手したデータで満足することにしましょう。」
ルクルにしては物分かりよく撤収の件を快諾した。『めんどくさそう』というのが本当にめんどくさいことになるのだろう。
『ご理解いただきありがとうございます。それでは、いつ頃撤収いたしますか。そちらの準備が出来次第、こちらでも転移の準備をはじめますが。』
話をサクサク進めるプラティーは出来る人であった。伊達にいつもルクルに振り回されてはいない。ただ、そこまで段取りを進めているのにもかかわらず、ルクルはまだ思案気に視線の焦点をぼかしていた。
しばし。考えがまとまったのだろう。背中をあずけていた椅子からうんしょっと上体を起こす。そこには悪ガキをそのまま大人にしたような表情をした研究者がいた。
そんな上司の姿をみたプラティーは、いつものごとく面倒ごとが押し寄せてくる予感にかられる。そして、大抵の場合その予感は当たる。いや、そんな予感はすでに予感ではなく、ある意味予定調和とさえいえるだろう。
実は、その予定調和に巻き込まれ楽しんでいる自分もいることを、プラティーは最近自覚していた。……手心を加えてほしいとは思っているが。
「プラティー君、撤収なんですが、『明日中』にずらしてもらえませんかねぇ。昨日報告したデータ、うまく使えば出来ると思いますよぅ。二日間ですが、色々と顔出したのでぇ、挨拶回りしたいですしねぇ。」
『いつからそんな殊勝な事をいうようになったんですか。熱でもでました?』
ルクルのあからさまな口実に、プラティーの辛辣なツッコミが突き刺さる。だがそんなことで動じるルクルではない。
「人聞きの悪いこといいますねぇ。本当のことですよぉ。」
『どの口がいうんですか。』
「この口です。」
ニコっと笑顔を作り、両手の人差し指で自分の頬を押し上げる。自分の年を考えなければ、なかなかかわいらし氣があるような氣がするが、如何せん、いい年した大人の女性がやってもイタいだけだった。
プラティーは画面越しに盛大な溜息をつくとやれやれという風に、ディスプレイに表示されている画面外に手を伸ばし色々と操作を始めた。あちらでも自分の周りに様々なディスプレイを立ち上げてルクルの『お願い』の段取りを整えてくれているのだろう。
『わかりました。何とかやってみましょう。まあ、あのデータは割と貴重なのでそんな大変では無いと思います。』
「プラティー君、ありがとうございますぅ。」
『さて、私はこれから色々と根回しをしますので通信を切ります。ルクル主任も用事をすませてしまってください。お土産、期待しています。』
「は~い。それじゃあ、頼みますねぇ。」
ヴン、とプラティーの映っていたウィンドウが消える。
通信を終え、ルクルは意識を全周に映されている映像に向けると——式神の宿主は随分と森を急いでいるのだろう——木々がどんどん後ろに流れていた。
また、ラインだけではなくその周囲には先ほどの次元震発生の急報を受けた自警団員が一緒に駆けており、団長のヴァッヘの姿も確認できる。
ルクルはその様子を椅子にゆったりと腰掛けながら見物していた。ラインの後ろ姿を見る眼は、楽しそうで愉しそうで、これからおこるであろう胸躍る出来事に期待が膨らむのを抑えきれていない。抑える必要もない。少なくとも明日中までに帰還を果たせば邪魔は入らない。邪魔が入る前、明日にはコトを終わらせる。
周囲のウィンドウは静かに、主人からの指示を待っていた。
「三重奏、《同調》」
ルクルが、印を結び、紡ぐ《言霊》をトリガーに、魔術回路が、ルクルを、椅子を、ディスプレイを繋いでいき、一つの魔法陣を描いていく。
『同調率100%』
そして、意識はこの地を守る少年の元へと沈んでいった。
ラインがルクルと別れ、自警団の詰め所に着くと、そこは蜂の巣をつついたような喧騒に包まれていた。
念のための監視業務。封印も強化し大事を取って一週間様子見をするという方針だったため、まさか翌日に次元震発生の連絡を受けるとは思わなかったのだろう。しかし、常日頃から準備と訓練は怠っていなかったのか、すぐに各所に連絡を取っており、交代要員の結界師にも連絡が回され招集がかかっていた。
もちろんラインのところにも連絡が行く段取りになっていたが、彼はその前に到着できたようだった。慌ただしく出動準備が進む中、ラインはヴァッヘを見つけて声をかけた。
「ヴァッヘさん、来る途中、あの感覚を覚えました。ここがこの様子という事は祠の監視員の方から連絡がありましたか?」
「ああ、ついさっきな。ライン君、ちょうど君のところにも連絡をよこすところだった。すれ違いにならなくて良かったよ。知っての通り、祠から連絡があった。村で待機している結界師、ルドとリアと合流したらすぐに祠に向かう。付いてきてくれ。」
「わかりました。」
それからほどなくしてルドとリアが自警団と合流し、祠に向かうことになった。ヴァッヘは村長にも一報をいれ、それを聞いた村長は「……そうか。万一のために、領主に連絡をしておく。」と答え、村の中でもこの事態に向けた動きが進む。彼はどことなく、疲れ、思いつめたような表情を浮かべ、空を見上げていた。
そして、皆足早で祠に向かう道中、まず先頭を進む自警団員が違和感に氣付く。
「ヴァッヘ団長、他の魔物の氣配がほとんどありません。」
そう、村から出てからというもの魔物に一切遭遇していない。周囲一帯から魔物どころか森の生物達の氣配が消えていた。逃げ足の速いものたちは足早にここから去り、そうでないものはじっと身を潜めているのだろう。
おかげで消耗することなく祠に向かえているともいえるのだが、それが吉と出るか、凶と出るか……。
自警団一同は森の中を進むにつれ、なにか底知れないものに飲み込まれていくような錯覚を覚えていた。
そして森の中の空隙。
やがて、視界に祠が現れた。
一話でどれくらいの分量がちょうどいいのか、悩みますね……。




