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18 デジャヴ

——あったかいなぁ……、やわらかいなぁ……。


窓から差し込む穏やかな日差し。早朝、チュンチュンと小鳥の鳴き声が聞こえてくる。


まどろみの中、ラインは自分がなにか暖かく柔らかい存在に包まれているように感じていた。


なぜだろうか、つい昨日全く同じ感覚を体験した氣がする。


ラインは意識を浮上させたら、なぜかなにかに負けてしまう予感がして、いつもなら瞼を開くところをそれをせず二度寝の決意と共にこれを実行した。


……少しだけ時は進む。


そして再度の意識の浮上。いまだに心地良い温もりに抱かれている実感と、自分の身に何が起こっているかの確信。


ラインは目をつぶったまま己に問いかける。


——昨日、ちゃんと扉の前に物を置いて入れないようにしてたよね……。ルクルさんの事だから、もう何でもありかも。


という、ある意味ですでに悟りの境地に達したかのような答えを導き出していた。起きてはいるとはいえ、まだ半分以上は寝ている。ラインはこの抗いがたい温もりに対して抵抗することを放棄し、身を任せて狸寝入りすることを決めた。何事もあきらめ時というのはある。


しかし、温もりの発生源がそれを許すかというと話は別である。


「起きましたねぇ。」


ラインは頭の上から囁かれる声に、本能が悲鳴をあげ一瞬で目が覚め、瞬時にベットから抜け出そうと試みた。が、がっつりと頭を抱えられ、あえなく脱出は失敗。少年の頭はそのまま埋もれた……。


閑話休題。




「ルクルさん!どうやって部屋の中に入ってきたんですか!ぼく、ちゃんと部屋の前に物をおいて入れなくしてあったのに。どけた様子もない。一体どうやって!?」


ラインは危うく色んな意味で昇天しかけたところで解放された。息も絶え絶えだったがようやく落ち着いたのが今し方、そしてケラケラと笑っているルクルに向かい問い詰める。


「ライン君、おはようございますぅ。今日もいい天気ですねぇ。」


「質問に!答えてください!」


まるで子猫が猛獣にくってかかるような雰囲気を醸し出しているシーン。猛獣が子猫のことなと歯牙にもかけないところはまったくもってその通りだった。


「まあ、まあ、ライン君。人生細かいことを氣にしすぎるといいことありませんよぅ。もうちょっとおおらかにいきましょう?」


「ルクルさんはおおらか過ぎるんです!」


ラインの背後からフシャー、という幻聴が聞こえてきそうだ。もちろんルクルは動じない。だがまあ、朝から少しばかりからかって楽しんだのか、ルクルはすっとベットから立ち上がり、手をかざす。そこに一瞬で精緻な魔法陣が描かれたと思ったら、人一人が楽に通れるくらいの穴が開き、その向こうには客間の景色が見えていた。


そしてルクルはてくてくと事も無げに境界線を跨いで客間の方にいく。完全に向こう側に渡った後でくるりとラインの方に振り返り、


「こんな感じでお邪魔しましたぁ。ではまたライン君、身支度を整えたら会いましょう。」


バイバイ、と手を振りルクルは穴を閉じるようなしぐさをすると、それに従ってラインの部屋と客間とを繋ぐ空間の穴は閉じていった。


そして、嵐のような一幕からいきなり静かになり、ぽつりと取り残されるライン。


「自由過ぎる……。」


がっくりと床に手をつきうなだれる少年。その背にはすでに年に見合わぬ哀愁が漂い始めていた。



早朝のドタバタ劇からしばし。


ルクルは昨日自警団との訓練後に洗濯した女冒険者の服に袖を通し、ラインはいつもの結界師用の服に身を包んでいた。


その二人は今はテーブルに座って朝食をとっている。


パンとこの地方で取れた野菜のサラダ、そしてスープという一般的なものが食卓に並べられていた。


「美味しいですねぇ。ライン君はいいお婿さんになれますよぉ。」


「ありがとうございます。……ルクルさんはそういう人、いないんですか。」


少年らしい、素直で含みのない問い。一昨日のグリシーナ達との語らいや昨日のことも尋ねた理由にはなっているだろう。だが、プラティーや研究所職員がここにいれば、次の瞬間には、この場から消えていなくなっているに違いない。


だが、流石に人生経験の足りてない少年に色々と大人の事情を突きつけるほどルクルは大人げなくはなかった。


「ん~、いつだか、とある男性がやってきたときはあったんですがぁ、『あなたより私が強い!』みたいなことを言っていたのでぇ、試しにやってみたら激弱でボコボコにしちゃいましてぇ、そんなこんなで尻尾まいて帰っていきましたねぇ。」


「うわぁ……。」


ラインはそのルクルに言い寄ってきた人がボコボコにされた現場を直接見たわけではないが、なぜか簡単に想像できてしまった。でも、もしその人が本氣でルクルのことが好きだったら、ボコボコにされた程度であきらめるだろうかという疑問も浮かんでくる。


「でも、ルクルさんの事がす、好きだったら負けたくらいであきらめないと思うんですけど。ぼ、ぼくだったら認めてもらえるくらい頑張りますよ!」


少年なりに頑張っているであろう言葉に、外道な大人は目を細めてほほ笑みを浮かべた。


「私はこれでもですねぇ、色々と便利なものを作っていますぅ。縁が出来たらそれらを優先的に卸して欲しいとかぁ、そういった便宜を図ってもらおうとでも思っていたんですよぉ、きっと。」


つまりそこには好きとかいうものはありません、とスープをススっとすすりながらなんでもないことのようにルクルは語るが、ラインは、好きでもない人と結婚して夫婦になるのは、お貴族様くらいなものだと思っていた。


「ぼくは……、ぼくは将来好きな人と結婚したいです。」


「ライン君はそれでいいんですよぉ。」


そこで少しの間、会話は途切れる。やがて、二人は朝食を食べ終わって片付けを済ませると、ラインの入れたお茶をお供に今日の予定について話し合うことになった。


「ライン君は今日はなにか予定はありますかぁ?」


「はい。この後、自警団の詰め所にいきます。そこで監視任務を交代する人達と合流して祠に向かいます。ぼくは夜の監視は免除されているので、その分、昼間は毎日行って温かい食事の準備を手伝ったりする予定です。ルクルさんはどうですか?」


「そうですねぇ。私は祠にいかないでって言われていますからついてはいけませんねぇ。この村にある冒険者ギルドの出張所にお邪魔して何か依頼を受けてもいいかもですぅ。」


せっかくこんな格好をしていますしねぇ、と自分が来ている女冒険者が着る服をつまんでつぶやく。


「それじゃあ、残念ですけど、今日はこれから別行動ですね。」


「そうですねぇ。帰ってきたらまた向こうでの話を聞かせてほしいですよぉ。こっちはこっちでなにかお話しするネタでも探すことにしましょう。」


二人は、カップに残っているお茶を飲み干すとスッと立ち上がり、それらを片付けてから玄関の扉をくぐって外に出た。


「ルクルさん、行ってきます。」


「気をつけてくださいねぇ。」


元気よく駆けだすラインに向け、ひらひらと手を振るルクル。


さてぇ、では私もいきましょうかねぇ、と一歩進もうとしたところで、それは来た。


空間が揺さぶられる感覚。発生源はあの祠だろう。これまでよりも強く、長く続いている。今頃、祠で監視任務にあたっている自警団員と結界師は大慌てだろう。すぐにこちらの自警団の詰め所に連絡が繋がり、対応に追われるのは明らかだった。


——……次元震。予定変更ですぅ。


ルクルはくるっと踵を返し、ライン宅に逆戻りする。そして、客間にいき空間の裏側から椅子を取り出して腰かけた。


「さてさてぇ。今日の予定はのぞき見に変わりましたねぇ。」


そして昨日のように、椅子を中心とした空間に様々なデータをしめすディスプレイを展開する。


いざ、のぞき見、と意気込んだところで通信が入り、目の前にプラティーが映るウィンドウが開いた。


『ルクル主任。次元震が観測されました。おそらくは祠に封印されている存在があなたや櫻麒麟の存在を感じて排除しようとする動きと考えられます。』

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