17 ごもっともなお怒りと、静かな激怒
『ルクル主任!あなたのせいで!あの後!どれだけ!大変だったか!わかりますか!』
いきなりの怒声。まあ無理もない。所属する研究施設がかなり力を注ぎ込んだ機動兵士内蔵次元跳躍装置の試験の半分をすっぽかされたのだから、色々どころではなく言いたくもなるだろう。
『跳躍妨害装置を展開していた仮想敵施設の方々が、「いつまでたってもそちらの機動兵士がこないのだが、もしかして突発的な事故でもおきたのか。」と心配もしてくれたんですよ!』
「突発的に興味をそそられる事は起きましたねぇ。」
糠に釘、暖簾に腕押し状態のルクル。その程度では動じない。
「!!!!!」
とうとう声にならない声を叫ぶプラティー。毎度のことながら苦労人属性を背負った人である。一方で苦労を背負わせている当人はどこ吹く風である。しかし、意外や意外、ルクルはフォローや感謝を忘れたりはしない。
「プラティー君。此方の時間で約二日ですねぇ。流石!プラティー君や皆さんは仕事が早くて確実ですぅ。私が感知した次元震、とても小さかったですよぉ。それに、もう私がいつでも召喚できるくらい近くに櫻麒麟をしまってくれてますぅ。感謝ですねぇ。」
ルクルは関係各所に迷惑をかけたことは特に気にしていないが、櫻麒麟の調整や、ここに速やかに、そして問題なく跳躍させてくれたプラティーや研究所の職員には惜しみない賞賛を送る。いつもひょうひょうと我が道を征くルクルだが、こういったことに対してはだれよりも直接言葉にして伝えていた。
それが、研究所職員をしてルクルを憎み切れない理由でもあった。突拍子もない行動は本当に迷惑極まりないが。
『そんなこと言っても絆されませんよ!巡業ですよ、巡業!頭下げまくりました!色んなところに借り作って!』
今回はよっぽどだったのだろう、まだプラティーは収まらない。
じゃあ、ちょっと、とルクルは脳内の補助演算装置からこれまでの調査で判明したことをまとめたファイルを引っ張り出して、櫻麒麟を介しプラティーに送信した。
「これ、見てもらえますかぁ。私が感知した次元震の発生源や、この星の魔法について、今現在判明している事をまとめた報告書ですぅ。」
ルクルはプラティーにこの約二日間の調査で分かったことをまとめたデータを送信。そこには、この星の言語翻訳のアプリや、村の結界、文化、そして……。
『ん~、やることはやってるわけですね。そういうところはさすがです。でも、よっぽどじゃないと、上の人達は納得で……、え?マジです?これ?』
「まじですぅ」
帝国でさえ、禁忌としている魂の同化についてのことも含まれていた。
次元震の発生源は、この星の負の感情が集まり、意志を持ったものの存在が引き起こしていたものであった。これは現在、祠に封印されている状態である。この封印方法が問題であった。
現在ルクルが滞在している集落は、その封印を長年担っており、十数年から数十年おきに素養のある者が生贄となり封印を強化するのだが、そのためにある程度前から、祠の中の存在とよくなじむような術式を埋め込まれ、本来なら反発するはずの異種同士の魔力が混ざりあうように調整される。
そして、封印されている存在が暴れだしそうになったら、生贄の魂までも魔力へと分解し、その存在に溶け込ませ沈静化を図っている、そう報告書には書かれていた。
村が独自に、その封印された存在の上から結界を張って、これを封印といっているが、これは実際は氣休めにもなっておらず、本命は生贄の魂の同化による沈静化であった。
しかしこれにも穴はあり、魂を分解することで発生する魔力は凄まじいが、同化させて沈静化を図るので、回数を重ねるごとに封印されている存在は強大になり、あと数回で抑えることもできなくなるだろうということだった。
「で、今代の生贄の少年のところにぃ、今お邪魔させてもらっているわけですぅ。」
魂の同化について記述されているのファイルの一部に、ラインの事も記載されていた。
「この子、ライン君というんですが、もう準備万態、いつでも食べられる状態に仕上がってますねぇ。」
今日、式神越しに視たラインの身に起こったことをまとめたページをプラティーに示す。
『ルクル主任。この子、どうするつもりですか?』
先ほどとは一転、真剣な口調でプラティーはルクルに問いただした。
「お守りをあげましたよぉ。片面にはダミーのための『カタカムナウタヒ』で村の結界を効率的に維持できるように術式を組みましたぁ。でも、これだけじゃあ、ただの技術供与になって、不干渉の法に引っ掛かりそうなので、もう片面に『霊符』をしたためて、これを同化の対抗策としましたねぇ。これなら緊急避難的な人道的措置として大丈夫そうですよぉ。」
ルクルも、魂の同化については思う所が大いにあるらしい。本来他人に対して無頓着な彼女らしからぬふるまい。不干渉の法に引っ掛かるかどうかぎりぎりを攻めている。
不干渉の法とは、基本的には宇宙進出を果たしていない文明の政治や経済、文化、技術には影響を与えることはこれを禁止する、というものである。
しかし、その例外も存在しており、その一つが魂の扱いについてであった。
まだ技術が未熟で魂の存在が未解明場合、今回のような生贄はただ死ぬだけといういわゆる『肉体の死』としてしか認識されいないことがある。
だが、実際には今回の場合は魂の同化、エネルギーへの変換すなわち存在の消滅である。輪廻の輪へ戻ることもない。
帝国の不干渉の法においては、こういうケースと遭遇した場合は影響を最小限にするようにしたうえで、存在の消滅を防ぐ手立てを講じても良いことになっている。
「流石にぃ、このことに関しては看過しませんよぉ。この悪趣味極まりない因習は今回で終わりですぅ。」
ルクルは昏く、昏く嗤う。それは村の住人に見せる能天気なニコニコ顔でも、研究者として好奇心が形になった笑顔でも、ましてやラインに見せる年上の優しいお姉さんのほほ笑みでもない。
存在すら許さない絶対の意思の表れ。常らしからぬ声色の上司にプラティーは一瞬怖気だったが、それを声には表さずに確認しなければならないことを聞く。
『氣にくわない因習だろうと、そこまでいくと不干渉の法に引っ掛かるでしょう。少年に対抗策を施したお守りを渡すことで儀式が正常に行われずに封印が解けた場合、被害はその村に収まらないでしょう。下手をすると文明そのものに大きな傷跡を残すことになることも予想されます。このことについてはどうお考えで?』
「不干渉の法はぁ、踏み倒すのにいくつか方法がありますよねぇ。」
プラティーはルクルのその声色だけでどんなあくどい表情をしているのか、手に取るようにわかるのだった。伊達に毎度毎度振り回されているわけではない。
プラティーは大きくため息をついて肺の中の空氣をすべて吐き出した。そして、ゆっくりと息を吸って顔をあげる。そこにはまあしゃ~ないかなぁという諦観を漂わせ、どことなく哀愁を背負ったプラティーがいた。
分かっているのだ。
こうなったルクルは何を言っても止まらない、と。
ルクルは助手の大きなため息の氣配を悟りフォローのように、先ほど渡したファイルの一つを示す。
「帝国法で禁忌とされている魂の同化からの異種生物の合成。キメラを作るときぃ、魔力の拒絶反応が起きないようにする良いデータですぅ。この類の試験は帝国じゃあ、出来ませんからねぇ。喜ばれますよぉ。」
『……ありがとうございます。色々と使わせていただきます。』
話に一区切りつき、ルクルは大きく伸びをした。ある程度の情報共有は出来たし、今後は櫻麒麟を介して通信が出来るので焦る必要はない。
「さてぇ、今日のところはこの辺にしておきましょうかぁ。此方はもう寝る時間ですからねぇ。」
『わかりました。何かありましたらご連絡ください。それではおやすみなさい。』
そうやり取りを交わすと、通信が途切れ客間に静寂が戻ってきた。
ルクルは沈黙が支配する部屋の中、しばし瞑目しゆっくりと目を開く。
「桜ちゃん」
呼びかけるは、もう一人の相棒といえる存在、自分が手掛けた愛機に宿りしモノ。
『はい、マスター』
「きっと必要になりますからぁ、魔水晶の中に、この子を一緒に乗せられるように調整しておいてください。」
ルクルはそういうと脳内の補助演算装置を介して、昨日取得したラインの生体データを櫻麒麟へ送信する。
『了解しました。マスター。』
頼みましたよぉ、と一息。これで本当に一日が終わりあとは就寝するだけ……なのだが、今度は至極真っ当ないたずら好きなお姉さんの笑みを浮かべてルクルは立ち上がる。
「天丼をしましょう。」
そういうや否や、式神を通してラインがちゃんと約束を守って寝ていることを確認し、空間に魔法陣を描いてラインの部屋と接続した。無駄に高度な技術である。ちなみにライン部屋の扉の前にはバリケードのようなものだろう、開かないように荷物がおかれていた。
ルクルはラインの部屋とつないだ空間の穴に身を躍らせて、ついでとばかりにラインの隣に潜り込む。ちょっとやそっとでラインが起きないように《睡眠・深化》の《言霊》も紡ぐという徹底ぶりであった。
「明日が楽しみですねぇ。」
そうつぶやき、今度こそルクルはその目を閉じて今日という日に別れを告げた。




