2 直感には素直になろう!
ゲートに飛び込んだ櫻麒麟。
ここからしばらくは流れに身を任せるだけであった。次元を渡るときに通る道は極彩色に彩られ、ルクルは視界の端に浮かべている各種機器の数値を眺めるも異常は見当たらない。
『あ~、あ~、ルクル主任、聞こえますか。』
「プラティー君ですかぁ、聞こえていますよ。」
『そちらはどうです?なにか異常はありますか。』
「とくにありませんねぇ~、想定が想定ですからぁ、跳躍する距離を長めに設定しているので、すこし時間がかかりますねぇ。」
この技術は敵対施設に奇襲的に戦力を送り込み、そして、その戦力を無事に帰還させるものだ。
必然的に、跳躍する距離は長くなる。
『トラブルメイカーたる主任といえど、さすがに移動するだけでは何かを引き寄せたりはしませんね。安心しました。』
「プラティー君、人はそれをフラグとよぶんですよぉ。」
口にしたことは現実になる。そして、こういう時に限って、その力はすぐに発揮されるものであった。
ルクルの視界の端に写しているセンサーの数値の値が、いきなりブレ始めた。
『マスター、異常を感知しました。別次元の宇宙ではありますが、次元震の発生を確認。過去のデータベースを参照・・・。その次元の宇宙はまだ本格的に宇宙進出および次元移動は成されておらず、保護観察対象の次元です。ですが、その発展度合いでこの規模の次元震は記録にありません。』
「おお~、流石プラティー君です。トラブルをよびましたねぇ!」
とてもにこやかな笑顔で通信機に呼びかけるが返ってきたのは、嘆きの叫びであった。
『あなたが中心でしょうが!機動兵士のセンサー類の同調レベルを上げ過ぎてエースパイロット達を病院送りにしたり!』
「私は平氣ですよぅ。」
『研究者なのに、機動兵士のバトルアリーナで肉弾戦のみで優勝して、自信喪失させた兵士が何人いると!』
「研究資金が欲しかったのでぇ、つい。」
『ついじゃありません!挙句の果てにはあなたに求婚してきた貴族を機動兵士の決闘でボコボコにして大恥をかかせたり。』
「それはぁ、自信満々に『あなたに機動兵士戦で勝てる』と言われたら、試してみたくなりませんかぁ?」
『あの貴族様の家からは、この施設に結構な額の寄付をいただいていたんですよ!あの後、関係各所にどれだけ頭を下げた事か!分かっているんですか!ルクル主任!』
「元氣ですねぇ~、そういえば、そっちではどんな感じですぅ?」
『露骨に話題そらしやがったぞ、この女・・・』
それはそうとして、今後を左右する試験の途中である。こんなくだらない会話中でもお互いの思考はこの異常への対応に向いていた。
『こちらの計器の値は、通常時と変わりません。やはり次元航行中の櫻麒麟だから観測出来たのでしょう。珍しいとはいえ、その程度のことです。調査は後日に回しましょう。』
そういってプラティーは、特別な対応をすることなく試験の継続を促す。
だが、ルクルはなにか引っかかるものがあった。
「ちょっとですねぇ。氣になるんですよ。」
『まさか!?』
「はい、ちょっとびびっと来たので覗いてこようかと。」
『やめてください!やめて!これ以上仕事を増やす氣ですか!』
「研究者として直感に従わないのはダメですよぅ。」
悲鳴とそれを一切氣にしない応酬の中、そこに割って入る存在がいた。
『マスター、プラティー助手。ご歓談中失礼します。』
「なんですぅ?」
『そろそろ、次元震が発生したポイントへのルートの移動が出来なくなりますのでご決断ください。」
「そこにいきましょう。桜ちゃんルート変更。直感には素直にぃ。」
満面の笑みを浮かべる存在がそこにはいた。そして悲鳴は絶叫に変わる。
『ルクル主任!どうするんですか!試験!』
「そうですねぇ、次元跳躍中に想定外の妨害が発生し、ルートを変更せざるを得なくなった場合の機体にかかる負担や帰還時の課題を見つけるため内密に計画を進めていた……。とでも報告書に書いておいていただけますかぁ?」
『この会話、ちゃんと録音されているんですよ!ログが残っているんですよ!そんな取ってつけたような言い訳通じるわけないじゃないですか!』
「そこを何とかするのが、プラティー君の腕の見せ所ですよぉ。」
『お給料のうちに入っていません!』
「がんばってください。それでは桜ちゃん、準備はいいですかぁ。」
『はい、マスター。次元振動を確認した次元に跳躍します。想定されていないルートのため、ある程度の次元震を発生させてしまうものと想定されます。機体にもそれ相応の負荷がかかると思われます。』
「負荷がかかって損傷はどれくらいぃ?」
『軽微と予想します。跳躍予定地点は、一時的に次元震が観測されただけで、常にそれが発生しているわけでも、妨害装置が起動されているわけでもありません。』
「じゃあ、ちょっといきますかぁ」
すると、いつもどおり氣の抜けた表情のまま、だがその声音は一変して、意志を表に現した。
「櫻麒麟のセキュリティーを搭乗者の権限によってすべて解除。現在設定されている地点から、次元振動を起こした地点へ目標を変更する。」
『了解しました。マスター。目標変更。』
「ごーですぅ~」
『主に……』
最後、泣きが入った通信がルクルの耳に入って来たような氣がしたが、本来のルートをそれた途端、櫻麒麟が大きくゆれ、通信は途切れた。
目まぐるしくブレる計器の値。本流からそれたことで櫻麒麟にかかる次元の歪み。そのすべてをルクルは認識し、機体の制御に意識を集中させた。
しばらくその状態が続いたが、終わりは唐突に訪れた。
機体にかかる振動が無くなったとたん、空間が割れ、幾千のガラスをたたきつけたような音が大氣を揺らし、櫻麒麟は大空に投げ出された。
『次元震が発生したポイント。未管理惑星に到達。索敵範囲に生命反応有。』
「それじゃあ、光学迷彩を展開ぃ。ゆっくりと降下しますよぉ。」
『了解しました。マスター。光学迷彩を展開。』
「機体の損傷はぁ?」
『軽微です。作戦行動に支障はありません。』
「それじゃあ、地表に着いたあとは、桜ちゃんは空間の裏側にお留守番しててくださいねぇ。現地の様子は私が見てきますぅ。」
上空から大地を見下ろすと森が広範囲に渡り広がっている。だが、その一角に村と思われる開けた場所が存在した。
「ん~~、次元震に一番近い集落はあそこですねぇ。あそこの近くまでお願いしますぅ。あと、聴覚迷彩、魔力迷彩も展開ぃ。」
『了解しました。マスター。聴覚迷彩、魔力迷彩展開。』
更に2重の迷彩が櫻麒麟を包むと、姿勢制御でわずかながらに発生していたスラスターの音や重力の影響を緩和していた魔力の気配の一切が外に漏れなくなった。こうなるともはや元の世界の軍事施設でもない限り櫻麒麟を発見することはできない。
そして、そうこうするうちに地表の近くまで降りてきていた。
「もうこの辺でいいですよぉ。ここからはお散歩がてら歩いていくことにしますぅ。」
了解しましたという桜の応答と共に胸部の装甲が開き、ルクルがその身を沈めていた液体魔水晶の球が前に出てきた。そこからぬぷっと出てきて、搭乗したときと同じく足の裏に魔法陣を展開。空中に一歩を踏み出す。
「それではいってきますねぇ。」
『いってらっしゃいませ。マスター。良き散策を。」
そういって、ルクルは静かに大地を踏みしめ、櫻麒麟はこの空間から姿を消した。




