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15/25

15 研究者、姉御となる

「カンッ! 「ハッ!」 カッッ! 「せやっ!」」団員たちの氣合いと共に、木剣と木剣やそれらと槍を模した棒とが撃ち合う音が自警団の訓練場に響いている。


「こんにちはぁ~。」


そんな引き締まった雰囲気の中、マイペースを崩さずに間延びした挨拶が通る。


一時の注目を浴びるも、団員たちはすぐに訓練に意識を戻していく。そんな中、ルクルの方へ歩み寄る者がいた。ヴァッヘである。


「ルクル殿、御足労いただきありがとうございます。いやあ、もしかしたら昨日の飲みっぷりからして、すっかり忘れてしまわれるのではないかと心配しておりました!」


今朝の祠との往復の疲れも見せず、訓練に精を出していたらしい。そのせいか、テンション高めでジョークも飛ばしている。


「では、昨日お話した通り、稽古を付けていただけるという事でよろしいでしょうか。」


「はいぃ、大丈夫ですよぉ。」


「それでは、得物はどうされますか。一応ここには、木剣と模擬槍が準備してありますが。」


一見すると、どこにでもいるような、だが当人のプロポーションと相まって男衆が目のやり場に困りそうな女冒険者の恰好。しかし、腰回りには何も着けておらず、武器を装備していない様子のルクルにヴァッヘは問う。だが、そこは心配ないとばかりにルクルは手を掲げぎゅっと握りしめた。


「私はぁ、これでいきますぅ。」


無手でやる、という事なのだろう。そのぐっと握られた白い拳。そして、その身を包むのは動きやすいが、あまり防御力は高いといえない女冒険者の衣装。おそらくは弓等を扱う中衛職のためのものだろう。これからやろうとしている近接戦闘の組手には不向きであると言わざるを得なかった。


「……大丈夫ですか。その……お怪我をされても困りますし。そのお召し物も、その……。」


ヴァッヘはラインから、ルクルはワイルドボアを素手で倒したという事は聞いているが彼自身はそれを見ていない。ラインの言葉を疑うわけでは無いがルクルの実力を測りかねていた。ましてや客人。怪我をされたら一大事だ。


「大丈夫ですよぉ。怪我をしても治せますしぃ、この種類の服はぁ、汚すためにあるんですぅ。」


——……まあ、本人がそういうんだからいいだろう。


「分かりました。では、そうですね……。ブラン!」


「はいっ!」


すぐ近くで稽古をしていた若者が返事をし、こちらに来る。いかにもやる気や情熱がみなぎっていますという雰囲気を纏っている。


「ブラン、こちらがルクル殿。昨日の酒場での武勇伝も含め色々噂は聞いていると思う。ライン君が魔物の群れに襲われているところを助けた腕を見込んで、今日は御足労いただいた。普段訓練している相手ではない方だ。とても勉強になるだろう。胸を借りなさい。」


「分かりました!」


ブランの生真面目さならば、相手が無手の女性であっても、侮らず組手の範囲内で全力で且つお互いが怪我をさせない様な立ち振る舞いをするだろうと考え、ヴァッヘは彼を指名した。


ルクルとブラン、お互いが数メートル程離れ、向かいあう。ブランは木剣を構え、相手が女性であることなど関係なく一切の油断なく重心を落とす。


対するルクルは素手のまま、周りの景色と一体になるような、ふと目を離すといなくなってしまうような、あるがままを体現した自然体で佇んでいる。


そのあまりの無理のない自然な様にブランは僅かに戸惑う。しかし、持ち前の生真面目さで自分の氣を引き締めた。


「改めて、ルクル殿。ブランといいます。よろしくお願いします。」


「よろしくですぅ。」


そして、審判を務めるヴァッヘの合図によって模擬戦は始まった。


「それでははじめっ!」


速攻。日頃の訓練の賜物か、迷いのない踏み込みとブレのない体幹から繰り出される上段の振り下ろし。本人の性格を現したかのような真っ直ぐな剣筋。その一撃は確かにルクルを捉えるものであった。


しかし、剣が振り下ろされる初動。ルクルの身体がふっと揺れる。速いとは感じないがなぜか速い。矛盾を孕んだ動きは、無駄を極限まで削った結果。かくして剣がルクルに振り下ろされる瞬間には彼女は剣の軌道上から消えていた。


そして、ブランはその手の甲に柔らかな感触を覚えると同時に自分の身体が崩され、巻き込まれ、氣付けば背中が大地にたたきつけられていた。


「え——?」


一瞬の自失。額には柔らかな感触。見上げると、そこにはニコォっと微笑みながらしゃがみ込むルクルがいた。彼女の白い指先が、ブランの額の中心にピタッと当てられている。——もし、実戦であるならば、彼の頭は野菜が地面に落ちた時のように潰れていたかもしれない。


「ま、参りました。」


「そこまでっ!」


ブランの降参の宣言と共にヴァッヘの終了の合図が響く。


「ルクル殿、今のは……?」


ルクルが手を差し出し、ブランがその手を取って立ち上がった。


「振り下ろされる力をちょっとずらしただけですよぉ。」


「もう一度、手合わせお願いできますか!」


ブランはその持ち前の生真面目さからすぐに再戦を申し込む。己より強い御仁。そしていつまで滞在するかも不明。ならば、自分の身体が動く限り胸を借り、村のみんなを守る力とするのが最高の礼ではないか。


彼のその表情や立ち振る舞いが自然とそう訴えかける。


ルクルもその意氣を汲んだのか了承しようとするが、残念ながら待ったがかかった。


「ブラン、その熱意は買うが、周りを見てみるといい。」


「周り?」


ブランはそういわれて周囲を見回した。いつの間にか、他の団員たちは自分たちの訓練の手を止めて此方を見ていた。


「二人の模擬戦をみて、みな、ルクル殿に手合わせを願いたいようだ。」


「ぜ、是非俺ともお願いします!」「いえ自分と手合わせを!」「この俺が……」


ヴァッヘの言葉が合図になったかの如く、堰を切ったかのようにルクルに詰め寄る自警団員一同。


「じゃあ、順番ですねぇ。私はぁ、避けたりぃ、捌いたりしますがぁ、いつでも来ていいですよぉ。」


微妙に氣が抜けるようなこというルクルだが、氣合い十分な若者たちは氣にしていないようだった。


一人ずつルクルの正面に行き、礼をして全力で彼女に挑んでいく。


ルクルはそんな彼らをにこやかな表情を崩さず、次々と捌いていく。


時には槍突きを紙一重で避けて懐に潜り込んで投げ飛ばし、時には上体を崩してからの足払いで宙に浮かせての当て身で大地に転がし、様子をうかがって動きを止めた相手には呼吸の一瞬の間に入って真正面から吹っ飛ばした。


——凄まじい……。ブランとの一戦で並外れた技量をもっている事はすぐに分かったが、これほどとは。力を受け流し利用する技術だけではない。一瞬で相手に詰め寄る瞬発力や、大の男を吹き飛ばす威力を持つ技。どんな鍛錬をどれほど積めばこれほどの極致にたどり着けるのか。


訓練を共にした自慢の団員たちが転がされていく光景を見て、ヴァッヘは驚愕と共に戦慄を覚える。


——もし、もし仮にルクル殿が本氣でこの地で何かしようとしたら我々には止められない。どうしようもない。……今は一対一形式だが、いっそのこと体術のみでどれだけ対応できるのか、見せてもらおうか。


「ルクル殿、情けないお話ではありますが、一対一では我々はあなたに手も足も出ない様子。不躾なお願いではありますが、一対多で圧倒的な武力を持つ敵対者を取り押さえるような連携の訓練をさせてはいただけないでしょうか。」


そこら辺に転がされている団員達はまだまだ熱意を失っていない様子だ。その雰囲気とルクルのまだまだ余裕そうな状態をみての提案。


「もちろん、流石に此方からの攻撃が当たってしまうでしょうから、その辺には配慮いたします。」


「ああ、大丈夫ですよぉ。こんな感じでぇ、二重奏《闘衣・極薄》」


《言霊》が紡がれ、その体にうっすらと魔術回路と思われる紋様が描かれる。


「とりあえずぅ、これでちょっとやそっとなら当たっても問題ありません。もしよければぁ、そちらも、魔力による身体強化を使っても大丈夫ですよぉ。」


この言葉に対して、さすがにヴァッヘは顔をしかめる。技術の向上、そして何かあっても大事には至らないようにということで魔力を使用しての身体強化は控えた訓練だった。それが解禁されたなら本当に大けがに繋がりかねない。自警団でその訓練をやるときは、あらかじめ治療師に連絡をして、そばに控えてもらい万一があってもすぐに対応できるようにする。しかし、今週は祠での見張りもあるため、身体強化有の訓練は無くしていた。


「ん~。そうですねぇ。ブランさん、身体強化有りで思いっきり打ち込んできてみてくれますかぁ。」


納得いっていない様子のヴァッヘの顔を見て、ルクルは一番最初に手合わせをしたブランに申し出る。腕を横に出し「ここですぅ」と言って打ち込んでくるよう促した。


「大丈夫ですか?ルクル殿。」


「いいから、いいからぁ。」


いくらその身に魔力を纏っているとはいえそれは身体全体を覆う『面』である。対してこちらが打ち込むときは『点』である。それらを鑑みれば実力がかけ離れているとはいえ、大丈夫なのかと本氣で心配するブランであるが、当のルクルがニコニコと手招きをしている。


そんな様子を見て「まあ、ルクル殿だし大丈夫か」と自分の氣持ちに折り合いを付けると、ブランは身体強化を行い、構えを取った。


「いきます!」


「どうぞぉ。」


ブランは氣合いと共に全力でルクルが差し出した腕に木剣を振り下ろした。


ドゥン、という、魔力と魔力がぶつかる重低音が訓練場にこだまする。


ルクルの構える腕は一切傷ついておらず、打ち込んだ木剣も特に反動で折れたりはしていない。


その様子を満足げに見て改めてルクルはブランに「ありがとうですぅ。」と一言いうと、ヴァッヘに向き直り申し出る。


「どうですかぁ。」


「……大丈夫そうですね。それではお願いします。全員、魔力による身体強化の使用を許可する。想定としては、単独での戦闘力が高い敵対者への対処だ。」


自警団員達はいつの間にか全員が立ち上がり、その身は魔力による身体強化が行われていた。


「私も参戦し、指揮を執る。」


ヴァッヘも身体強化を行い武器を構えた。


「いくぞっ!かかれっ!」


いうや否や、一人の強者に挑みかかる、故郷を村を守る矜持をもった漢達。


「氣合い入ってますねぇ。」


その意志にどこまでも自然体でルクルは応じる。


乱戦が、始まった。





太陽も傾き始め空が暖色のグラデーションを描き出したころ、村のそこかしこで夕餉の準備で煙が上がる。


しかし、煙も上がらずひっそりとしたまま佇む家が一軒。その家の中にいるのは、昼にルクルから渡されたお守りに込められている魔法陣?——表に螺旋状に編まれている文様と、裏にしたためられている文字と絵が混ざったような意匠——の解析に夢中になっているラインであった。


「表はこういう効果だから、裏はそれを補填する?全く別?」


う~んう~んとうなりながら、手元に考えを整理するための書く物一セットが用意され色々と試行錯誤の後が見て取れる。


そんな自分の世界に没頭している少年の元に、その元凶が帰ってきた。


「ただいまですぅ~。」


「あ、ルクルさん、おかえりなさい。スッキリした顔してますね。」


「はいぃ。自警団の皆さんとぉ、思いっきり身体を動かしてきましたぁ。とりあえず、最後は皆綺麗に寝転がっていましたけどぉ、それで最後は『姉御』って呼ばれるようになりましたよぉ。」


「そ、それは、ははは。え、と。すごいことしたんですね!」


出ていった時とほとんど変わらない状態で戻ってきたルクル。もちろん服には目立った汚れもない。それでいて自警団員から『姉御』の称号を戴くことになるとは。どんな光景が作り出されたのか、ラインは興味がそそられるが、それよりも今は大切なことがある。


「ルクルさん、表にある魔法陣の効果。分かりました!見ていてください。」


ルクルに告げ、ラインはお守りを首にかけて優しく包み込み、そっと魔力を流し始めた。


その直後、ラインの手の中のお守りが淡く光を帯びる。いや、光を帯びているのはお守りそのものではなく、円と直線が折り重なる不思議な幾何学的文様だった。


「どうでしょう。」


ちょっと自信なさげに見えるが一方で、その目は反対にある種の確信をもってルクルを見つめる。


「その効果はぁ?」


それに対し、ルクルはニンマリと口角を吊り上げ問いかける。


「負担の軽減です。ぼくがいつも負担している村の結界の魔力を少なくしてくれています。効果も魔力の消費が減ったからといって、結界の強度が落ちるわけじゃなくて、今まで氣が付かないで無駄になってしまっていた分の魔力がちゃんと結界に供給されるようになったので、少ない魔力で結界が維持できるようになりました!」


「よくできましたぁ。」


ルクルは、愛弟子が自分の力で一歩進んだのを褒めるように優しく頭を撫でる。ラインもルクルに褒められて嬉しいのか目を細めて成すがままになっていた。


「裏は何か掴めましたぁ?」


出された課題の片方、裏面への質問にラインは、打って変わってしょんぼりとした空気を隠せずに肩を落とす。


「まだちょっとわからないんです……。すみません。」


「大丈夫ですよぉ。自分へ問い続ければ答えはみつかりますからねぇ。」


そう言って、ルクルはラインの頭から手を放す。


「そういえば、ライン君、お風呂場はありますかぁ?動いてきたのでぇ、汗を流したいですぅ。」


「はい、此方です。」


てくてくと奥の風呂場に案内するライン。その後ろについていくルクルは、悪い子がいたずらを思いついたようにニマァっと嗤って風呂場を示す少年の肩を掴む。


「一緒に入りますぅ?」


「な、何言っているんですか!ダメに決まってるじゃないですか!」


いうやいなや、顔を真っ赤に染めたラインは脱兎のごとくリビングに引き返した。かと思うと、壁からひょっこりと顔を出す。


「ぼくは済ませましたから、ルクルさんがお風呂からあがったら昨日の食堂に行ってご飯を食べましょう。」


「わかりましたぁ。ちょっと待っていてくださいねぇ。」


「ぼくはさっきの続きをしていますから。」


「解けるのぉ、楽しみにしてますよぉ。」


不意にからかわれるライン。大人の男としてみられていないからというのは分かっているのだが、それがちょっと悔しい。


——ぼくは、この人の隣に立てるのかな……


しばらくすると、水が流れる音が響いてきて、思わずその姿を想像してしまう。再び顔を真っ赤にしながら、邪念を振り払うようにお守りの解析に取り掛かるラインであった。


26.05.25 とうとうストックが切れてしまいました。

次話からは書きあがり次第、投稿していきます。

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