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14/24

14 ティータイムとお出かけ

祠で待つことしばし、村から野営道具を準備した自警団員と結界師の交代要員が到着した。ヴァッヘが出迎え、労をねぎらう。


「準備ありがとう。早かったね。」


「常日頃から団長が口を酸っぱくして言っていますからね。『準備だ!』『段取りだ!』とね。そのかいあってか、倉庫にあるものを必要分まとめるだけで済みました。」


ヴァッヘも後続組をまとめてきた自警団員も笑顔で言葉を交わす。そこには普段から準備を欠かさず村を守ってきた誇りが垣間見られた。


その後、自警団員や結界師同士の引き継ぎも滞りなく済ませ、一段落ついた状態になる。


「それでは、あとは一旦後続組に任せてわしらは村に戻ることにしよう。」


村長の号令で、朝一から封印の補強に来ていたメンバーは村への帰途につく。


その帰り道、ラインは先ほどの封印の深部に触れたあの感覚や、自分に施されているお役目のための術式に考えを巡らせていた。心ここにあらず、といったところだが、決してぼけ~っとしている状態ではない。むしろ、あまりにも真剣に何かを考えているということが容易に見て取れるので、封印の補強が終わった後、さっそくからかってやろうと意気込んでいたリアがそれを躊躇うほどである。


——ルド、ライン君が!『男子三日会わざれば刮目してみよ』っぽくなってるんだけど!!


——……さきほどの封印の深部に触れた件か。俺たちは魔力のパスをつないでいただけでほとんど感覚を共有していないが。自身がお役目を担っていることもあって思うところもあるんだろう。


ラインの前を歩いて、ちらちらと後ろを覗き見る二人。そんな彼らにも気付かないほどラインは自分の思考に没頭していた。


——今までは結界の表面だけを丈夫にしたり、修復したりしていたけど、これって本当に意味あるのかな。


やろうと思えば結界の内部はおろか、深部まで魔力を通すことができた。そして、その内側までも。


封印の結界を抜けたと思った瞬間と、内部の存在との接触の間には一拍の空白が存在した。もしかして自分たちが『封印の結界』と思っているものは、実は封印なんかじゃ無いのではないか。ラインは自分たちの存在意義にまで関わる疑問へその手を伸ばしかけていたが、思索にふける時間は唐突に終わりを告げた。一行が村に到着したのだ。


「ふむ、村に着いたな。今日はここで解散とする。ヴァッヘ、ルド、リアよ。祠の監視の件、しかと頼むぞ。ライン、おぬしはしっかり身体を休めるのじゃ。先ほどの件もある。何があっても大丈夫なように体調は万全にしておくのじゃぞ。」


「はい、村長。」

ラインは思索から現実に意識を戻して返事をする。そして、各々がそれぞれの帰途についていった。


そんな中、ラインは逸る氣持ちを押さえずに駆け足で自宅へと向かう。そこで待ってくれている女性に少しでも早く会うために。


「ルクルさん!ただいま帰りました!」


かくしてルクルは優雅にカップを傾けていた。コトッと静かにそれをテーブルに置いて、帰ってきた少年の方へと振り返る。


「ライン君、おかえりなさい。」


ルクルはラインの状況を全て把握していたのだが、やはり生で正面から相対すると色々と感じ入るものがあった。


「おやぁ、朝とは随分と顔つきが変わりましたねぇ。なにか『面白いこと』でもありましたかぁ?」


知っていてもあえて言葉にして尋ねる。確かに成長の階段を登った少年へ送る賞賛の笑み。


そんなルクルの密かな賞賛には氣づかず、ラインは——一歩進んだからこそ得られた『喜び』と『疑問』を共有して欲しいという、これまで他人に抱いたことのない想いをルクルに向けた。


「はい!ルクルさんと分かれたあと……。」


ラインは道中のハプニングには触れず、封印の補強への取り組み、ルクルさんに言われたことが後押しとなって結界の内側まで魔力を通したこと、封印の深部にいた存在について順々に語っていった。


そして、話は核心に触れる。


「ルクルさん、生き物、特にぼく達人間と魔物との魔力は混じり合いませんよね。」


「そうですねぇ。」


「でも、ぼくが封印の内側に魔力を伸ばしたときに触れた存在と、ぼくの魔力は混じり合うような、溶け合うようなことが起こってしまったんです。」


ルクルは嬉しそうに目を細めて頷き、続きを促す。


「実をいうと、ぼくはルクルさんに隠し事をしています。村長にはよそ者には言ってはいけない事と口止めされてますけど……。」


「別に言いたくなければ、言わなくて良いんですよぉ。」


判断をライン自身にゆだねる言葉。しかし、彼はしっかりと首を振った。


「いえ、聞いて、欲しいんです。……ぼくは孤児です。もっと小さい頃は大きな町の孤児院にいました。そこでたまたま魔法の素養があることが分かって、別の施設にいきました。そこでは自分と同じ様な魔法の素養のある子どもが集められ、魔法の訓練が行われていたんです。」


ラインは一旦言葉を切る。過去を懐かしむように。


「ぼくはこう言っては何ですが、他のみんなより出来が良かったんです。ですから、施設の大人の人によく褒められて、ぼくにしかできないことがあるって聞かされて……。みんなのためになるって思ったらやるって言いました。それである術式を施されたんです。」


そして、おもむろに上着をめくり、その胸の中心を露わにする。そこには複雑な魔法陣が描かれていた。


魔法陣というのは、不思議なもので一切魔法の素養がない者でも、それを見たらなんとなく雰囲気を感じ取れる場合がある。癒しの効果を持つ魔法陣であれば、なんとなく氣持ちが暖かく感じたりなどだ。


だが、ラインの胸に刻まれている魔法陣はそんな優しいものではなかった。


氣持ち悪い。


一言でいうとそれだ。見た者がなぜか生理的に受け付けない。一般的に広まっているような術式ではない。機嫌が良かった人でもそれを見ただけでむかむかしてくるような、負の感情を抱かずにはいられないような、おぞましい呪いにも似た魔法陣。


「よくそれを刻んで、普通にしていられますねぇ。……一応、刻まれた対象への心身への影響は出ないようにはなっているんですかぁ、なるほどですぅ。まぁ、悪趣味には変わりありません。」


常人であったならラインへの何らかのネガティブな感情を抱く場面だが、ルクルは全く動揺するでもなく、ただあるがままに観察し、その性質を理解したように見せた。実際は昨日と今日の調査ですでに細部まで理解を進め、ラインが帰ってくるまでに調査報告書の作成を終えていた。


「ルクルさんは大丈夫なんですね。」


「普通の人が見たらぁ、氣持ち悪くなるでしょうねぇ。」


事も無げに告げるルクル。ラインのその愁いを帯びた表情から、これまでに色々とあったことが察せられる。


「……ぼくは疑問に思いませんでした。むしろ誇りだったんです。孤児で誰からも必要とされなかったぼくが皆の役に立てる、と。そうさっきまでは。」


この魔法陣をみせることは氣持ちの良いものでもないだろう。めくっていたシャツを元に戻し、姿勢を正してルクルに向き合う。


「先ほど、封印の中の存在とぼくの魔力が混ざり合うようなことがあったとお伝えしました。それが切っ掛けでした。人間と魔物の魔力を混ぜ合わせるという事は普通は出来ません。やろうとも、しません。」


「ふぅむ……それを刻まれるときはぁ、『みんなのため』以外に何か納得させられるような説明はありましたかぁ?」


「はい。数十年に一度、結界をとても強く張り直す必要があると聞きました。術者に凄い負担がかかって命を落とすかもしれない。その可能性を下げるために、子どものころから時間をかけてぼくの魔力を結界に適したものにさせるためだと。」


悔しさをにじませるようにラインは膝の上に置いた手を握りしめた。


「でも、違ったんですね。この魔法陣、きっと化け物に食べさせやすくするような効果です。村長やお年寄りの人に前聞いたことがあります。お役目の人で生き残った人はいるかって。……いないそうです。」


ラインの目には涙が浮かぶ。沈黙が降りる家にちいさな嗚咽が響いていた。


「生贄になるというのは……、死ぬのは怖いですけど、ぼくは孤児なので誰か残していくような家族はいません。今すぐ、というわけではなく何年もあとなので、これまでと、それまで過ごさせてくれた恩を返すということだったら……、そう思う氣持ちもあります。」


——それにぼくが逃げちゃったら結局他の子が連れてこられるだけでしょうしね、そう言ってラインは力なく微笑んだ。


「ルクルさん、聞いてくれてありがとうございます。吐き出すことが出来て少しスッキリしました。今、じたばたしてもどうしようもないので、これから時間をかけてなにか出来ないか、考えてみます。」


実際に誰かに聞いてもらって氣が晴れたのだろう。さっきまでの嗚咽を漏らしていた雰囲気はなりをひそめ、スッキリとした顔になり、ラインは立ち上がろうとした。しかし、ルクルはその肩を押さえ椅子に押し戻す。


「それではぁ、そこまで考えてぇ、前に進もうとしている少年にプレゼントがありますぅ。」


ルクルは肩を押さえていない方の手を、おもむろに後ろに回し、どこから取り出したのか、薄い金属板がついているネックレスの様なものをラインの目の前に掲げた。


「お守りですぅ。なにかわかりますかぁ。まずはこっちが表ですねぇ。」


ラインはルクルからお守りを受け取ってそれを見る。その金属板の表面には不思議な円状の模様がいくつもあって、螺旋のようになっていた。


「え、と。これは魔法陣、ですか……?」


表面に刻まれているのは、大小さまざまな円と直線が複雑に重なり合って、それらが渦を巻くように配置され螺旋状に編まれている不思議な文様だった。何種類もの記号であるかのように見えるし、大小の円と直線の配置に規則性があるとも思えるので一つ一つが文字と言われれば文字かもしれないが、少なくともそのまま読める言語ではない。


「き、綺麗です。……あ、うんと、なんというか。ただ綺麗という事じゃなくて、一つ一つの記号?魔法陣?も綺麗なんですけど、全体で一つの『調和』を作り上げているのを感じるというか。すごい緩やかで淀みが無くて滑らかな……。」


ラインがその内面で感じていることを必死に言葉にしている姿は、見守るルクルの口角を吊りあげるには十分であった。幸いにもラインはお守りに夢中でルクルの表情には氣付いていない。


「裏はどう感じますかぁ?」


ルクルに促され、ラインは美しい文様を名残惜しみながらもお守りをひっくり返す。


「裏は……!?」


裏面に描かれていたのは、表面の幾何学的な美しい配列とは別種の、異様なまでに力強く、漆黒の墨のようなもので書き表された意匠であった。文字の様な部分と絵の様な部分が存在し、それぞれでは意味を成しているようには見えないが、全体で一つの構成となっている。


ただ、それだけではない。ラインが今まで培ってきた魔法技術の根本から異なる魔力の発現の仕方。表面は、まだ幾何学的な文様から魔法陣の一種であり、調和がその根底に存在しているように思えた。しかし、こちらは一つの目的を貫徹するともいえる絶対の意志があるように感じられる。


表面の文様とは違った美しさと力強さを併せ持った意匠であった。


「文字に見えるところや絵に見えるところ、それぞれの部分が効果を持つんじゃなくて、全体で一つの意志を持って役目を果たす様な……。」


ラインはくるくるとお守りをひっくり返し、それぞれ異なった特徴を持つ魔法陣?を見ていると、ふと疑問が浮かび上がってきた。


「この二つの魔法陣……、のようなものって、もしかして全く別系統の魔法体系ですよね?」


その言葉にますますルクルの笑みは深くなる。


「……先入観を持たないで視れるのはすばらしいですねぇ。」


ルクルは出来のいい弟子を褒めるようにラインの頭を優しく撫でると、スッと立ち上がった。


「それぞれ、どんな効果があるかぁ、調べてみてくださいねぇ。わかったら使ってもいいですよぉ。」


「え?いいんですか!?」


「はい。プレゼントですからぁ。では、私はちょっと昨日の約束があるので自警団の訓練に顔を出すとしますよぉ。ライン君は……、今日は訓練よりもこっちを調べますよねぇ。楽しんでくださいねぇ。それじゃあ、いってきますぅ。」


「は、はい。いってらっしゃい。頑張って調べてみます!」


ルクルはそう言ってひらひらと手を振り、家を出ていく。後に残されたラインは、さっそく楽しそうにお守りの解析に乗り出していた。



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