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13 調査

「それじゃあ、ルクルさん、行ってきます!」


「いってらっしゃい、ライン君。頑張ってきたらご褒美ですよぉ。」


元氣いっぱいの少年を見送るルクル。振り返る直前、少年が顔を赤くして固まっていた氣がするが、氣にしない。


眩しいばかりの肉感溢れる太ももを軽快に進ませ、ルクルは来た道を戻りライン宅へたどり着く。


「《隠蔽》。対象を目の前の家屋に、《隠蔽》《沈黙》《幻影》《意識外》」


昨夜、ラインに施された術式を解析するために使用した術式を掛け直す。これで、自警団から監視の目があろうとも、これからこの家の中で行うことは外部に察知される事はない。


ルクルは家に入ると真っ直ぐに客間にいく。


部屋の中央、何もないところで手をかざしカーテンを開けるように払った。


すると、実際にカーテンが開くように空間がずれ、そこには「客間ではない」別のスペースが存在した。


「うんしょっと。今日はこれを使いましょう。」


ルクルはその空間にあった椅子をとりだす。あまりにもここの雰囲気に馴染まないそれは、彼女が意識を集中し、沈ませる際によく使用するものであった。


それを客間の中央に置き腰かける。


「さぁてぇ、一体どんなものが出てくるんでしょうかねぇ。」


それはもう、心の底から楽しそうにルクルはつぶやいた。昨夜、浮かべていた表情——熱意と冷徹さが同居し、それらを純粋な狂氣が結びつけているような底知れない笑みだった。


「《受信》《展開》」


そう《言霊》を紡ぐとルクルの全周に映像が浮かび上がり、様々なデータを示す個別のディスプレイが一斉に立ち上がった。


その映像に浮かび上がるのはここではない場所。森の中。


その周囲の景色や音、気温、湿度、魔力の流れ等が室内にいながら、その場にいるように感じることができる。


問題はそれが、どこを、誰を、何を、基点としているかという事。


『——ン君はもうお年頃なのね。お姉さん、困っちゃうわ。』


『リアさん、もう勘弁してください。恥ずかしいです。』


『リア、さっきからずっとその話題じゃないか。流石にライン君が気の毒になってきたから。もうその辺で一旦やめてやれ。』


『え~、だって、ついこの間まで、悲壮感漂わせて「ぼくがこの村を、この国を守るんだ!」とか言っていた子がいきなり現れた超美人にメロメロなのよ!話題に乏しいこの村でこんなイベント、からかわないのはおかしいじゃない!』


『その意見には概ね賛成するが、何事にも限度がある。続きは封印の補強が終わってからだ。』


『賛成なんですか!!』


『終わってからならいいのね。分かったわ。』


『リアさん……。』


ルクルの全周に映った映像には、祠へ結界の補強に向かったメンバーとその他愛のないやり取りが映し出されていた。


あの時、着替えのために応接室を出る際、ラインの肩に触れたその瞬間にルクルは式神を仕込んでいた。氣配を察知されないよう厳重に隠蔽を施し、それでいてリアルタイムで情報を受信できるよう調整したものだ。それがずっとラインの頭のすぐ後ろに浮遊している。


村長たちは話し合いの場や今回の封印の補強の場からルクルを排除したと考えていたが、それは甘い考えであった。


「感度良好ですねぇ。今はここらへんですかぁ。昨日、行こうとしていたところはこの辺ですから、もうすぐ着きそうですねぇ。」


まるで一緒にその場にいるような臨場感。メンバーのやり取りも、木々のざわめきも、感じ取れる。


「ふぅむ。昨日は、わりとざっくりとしか調べることが出来ませんでしたからぁ。今日はこれでじっくり調べることにしましょう。」


ルクルは椅子を倒しその体を横にして一旦力を抜いた。そして胸の前で印を結ぶ。


「三重奏、《同調》」


ルクルが紡いだ《言霊》がトリガーとなり、椅子全体に魔術回路が浮かび上がり世界に意志を現す魔法陣となる。そして、その魔術回路は椅子だけにとどまらず、全周に映った映像や個別のディスプレイ、そして、術者であるルクル自身までもその回路を伸ばしてさらに大きな魔法陣を描いていった。


『同調率10%、20%……90%、100%』


新たにディスプレイが立ち上がり、この魔術の進行状況だろう数値が示される。


『100%に到達を確認。』


——さぁ、いきますよぉ。


ルクルの意識は肉体から離れ、ラインに憑いている式神に乗り移った。




「俺としては、リアさんがルクル殿についてライン君に聞くのはいいと思うんだが、話題がピンク色で、しかも聞き方もそのまんまじゃないか。もうちょっとこう、なんというか聞き様というものがあるんじゃないか。」


ヴァッヘは昨日酒場でラインから多少彼女について話を聞いているが、「怪しいから氣を付けろ。」という意を込めた言葉を伝えた際の反応はいいものではなかった。そういう意味ではリアのピンク色路線の質問は割と有効ではあるのだが、村の安全を守るものとしてはそれだけ聞いているわけにはいかない。


「まあ、聞きたい氣持ちもわからんではないがな。ライン君、昨日は流石に帰ってすぐに寝ただろうから、朝起きてこっちに来るまでルクル殿とどんな風に過ごしていたんだい?」


その質問を聞いた途端、ラインの顔は真っ赤に染まった。今朝の夢の中とも思えるような一時が瞬時に頭をよぎる。


これはある意味、クリティカルだった。先ほどまでのリアはあくまで、「ルクルさんてどんな人!?なんで好きになったの!?」という風な質問で攻めていたからだ。


ある意味、余裕を無くしてしまったラインは言わなくてもいいことまでつい口にでてしまう。


「夜、客間にルクルさんを案内して、おやすみしたはずだったんですけど。朝起きたら、なぜかルクルさんがぼくのベットに入ってて、ぼくを抱きしめていて……。」


言っていて、ハッと氣づいて口を閉じるがすでに遅かった。周りをみると祠に向かう歩みすら止まり、リアだけではなく村長も含めて全員がラインを凝視していた。


ギギギギと効果音がでてもおかしくない動きでリアは隣を歩いているルドの襟を掴み、勢いよくブンブンと振り回す。


「ちょっと!ちょっと!ルド!ライン君が!ライン君が!!大人の階段を登っちゃうわよ!」


「落ち着け、リア。話を聞く限りまだ大丈夫だ。」


元々ピンク色の話題を担当していたリアは大興奮で相方をそのはけ口にしており、


「ライン君!それは本当か!なんて羨ま……、けしからん。ルクル殿は何を考えているんだ!」


ヴァッヘは本音が若干漏れかかったが、なんとか常識的なリアクションで誤魔化し、


「う~む。奥さんに相談するか……。」


村長は悩まし氣に首を振った。


そして、他の周囲を警戒している自警団の面々は、なんて素晴らしい朝を迎えてやがるんだ!とばかりに天を仰いでいた。


恥ずかしさのあまり赤面し、言葉を失ってしまったラインは少しの間、ただ黙って立っているしかなかった。



ラインの驚愕の朝のエピソードが一行の足を止めてしまったが、ほどなくして「……さて、そろそろいくかの。」という、どこか疲れを帯びた村長の一声にその歩みを再開させる。


そうして、しばし進んでいると、祠が視界に入ってきた。


「ライン、ルド、リア。おぬしたちは封印の補強に早速取り掛かってほしい。ヴァッヘ達は、後から来る者たちのための準備を。」


「「はい!」」


さきほどピンク色をした雰囲気とは一変。全員がその身を引き締め己の職分を果たすべく、すぐに行動に取り掛かる。


ここの祠の周囲は村を囲む結界と同種の結界に包まれ、魔物達はここを意識から外してしまう。そのため、ヴァッヘ達自警団は周囲の警戒は最低限で、朝の打ち合わせの通り野営の準備を手際よくはじめていた。


そして、結界師の三人はここからが本番とばかりに、祠に、封印に向き合う。


「確認する。ライン君、君が封印の補強の要だ。といっても、三人ともやることはほとんど変わらない。祠を中心にして、円を三等分した点にそれぞれ立つ。三人の魔力のパスを繋ぎ、俺たちに術式のリンクを構築する。そのうえで、最初に封印に綻びなどがないか、魔力を流して調べる。もしそれで、綻びがあったら、次の補強の段階でそこを重点的に、無ければ全体を満遍なく補強する。こんなところか。質問はあるか」


結界師の中で一番の年長者で経験豊富なルドが、作業の流れを説明する。


他の二人は首を振り大丈夫な旨を伝えさっそく配置についた。


「いきます!」


ラインが開始の掛け声をかけると同時に三人は魔力を繋ぎ合わせる。それぞれを頂点とし、魔力で結んだ三角形を形作った。その状態で安定するまで一拍。


「いいわね。安定したわ。次、いきましょう。」


そして、リアの合図により三人から中心の祠へ波紋のように魔力が放たれる。ここまで進むともう言葉はいらない。三人とも瞼を閉じ、深く集中した状態になっていた。それでもそれぞれの魔力を感じ、封印に触れその状態を確かめていく。


昨日のラインの修復が良かったのか、新たな綻びが発生していないことが分かると、ほどなく封印の補強へと移行していった。


その封印の補強も特に問題なく進行していく中、ラインはふと昨日ルクルから言われたことが頭をよぎる。


—— いつもと違う結果がほしい、みてみたいなら、いつもと違う一歩を踏み出してみればいいかもしれませんよぉ。


このまま封印の補強が終われば、また日常が戻ってくるだろう。それで、そこまでで本当にいいのだろうか。


——このまま終わって、昨日みたいな異常なことがまた起こったら?もし、結界が今より丈夫だったら綻びが出来なかったかもしれないのかな?


ラインはそう自問する。


——もっと、もっと結界を強くできたら。丈夫にできたら、みんな安心してくれるかな。


結界の補強をしている魔力は、結界の表層を固めるのにその力の大半を使っている。


——深く。もっと深いところまで魔力を染み込ませて丈夫に……。


ラインは今までよりもさらに集中し、魔力を結界の深部へと染み込ませていった。染み込ませた部分の封印の構造を補強し、これまでよりも頑丈にしながら。ラインは魔力を通して、二人に多少焦りが出ているのを感じていたが、安心してもらえるよう、自分の魔力は微塵も揺らがせることなくそのまま結界深部へ浸透させていった。その様子を悟ったのか、二人から焦りが消え、サポートするように彼らの魔力がラインの方に流れていく。


——ありがとうございます!


ラインは集中力を維持し、さらに奥へ、さらに深く浸透させていく。やがて結界がぷつりと途切れた。


——ここまでなんだ……。そういえば、怪物を封印している言い伝えがあるけど、実際はどうなんだろう。……なっ!え?そんなの!?


ラインはいきなり自分を襲った感覚に驚愕し、封印の補強を強引に終了。魔力のパスを切断した。息も荒げその場に膝をつく。


「どうした!?」「どうしたの!?ライン君!?」「ライン!?」


サポートに回っていた二人と後ろで控えていた村長がとっさに駆け寄って寄り添うがラインはそれどころではなかった。


悪意や憎しみ、負の感情がドロドロに溶かしこまれた水が腐った沼に手を突っ込んだような感触だった。結界を超えてその先の存在に触れた時、どうしようもない生理的嫌悪感を感じた。そう「感じて」しまったのだ。


本来なら弾き返されるはずの異質の魔力。弾かれた時点で、そのような生理的嫌悪感など感じるはずはない。この時点で異常な事態が発生している。


さらに、ラインはパニックになりかけながらも、自分でも驚くほど思考を進めもう一つの事実に氣が付いた。


——すっごいいやな感覚があったけど、魔力そのものは驚くほど馴染んでいた。溶けあっていたといっていいくらい。


そう、まるで、池に小川の水が流れ込んで混ざるように、あるいは自分そのものがドロドロと形を失って封印の中の存在と混ざりあうように。


とっさに魔力のパスを切って意識を体に戻さなかったらどうなっていただろうか。


万が一が頭をよぎり、ブンブンとかぶりを振る。


呼吸を整えることでだんだんと落ち着きを取り戻してきたラインは心配そうに寄り添ってくれている二人に声をかける。


「心配かけてしまいごめんなさい。もう大丈夫です。」


「そうか、まだ顔色が悪い。すこし休んだらどうだ?」


「ええ、封印の補強自体はうまくいったわ。ライン君が魔力を深くまで染み込ませたからいつもより丈夫なくらいよ。今日のところは心配いらないわ。」


「ありがとうございます。はい、封印の補強自体は大丈夫そうですね。お言葉に甘えてちょっと休ませてもらいます。」


「そうするといい。とはいっても私達の仕事もこれで一段落したから一緒に休もう。」


「ふむ。自警団の野営場がもうすぐ形になる。そこで少し座っているといい。村から交代要員の自警団と結界師が来るまでまだ時間があるのでな。」


四人は立ち上がり、自警団が野営の準備を進めているところに向かう。


歩を進めている最中も、ラインは先ほどの異種の魔力が混じってしまうことについて考えていた。


——どうして、混じり合ったんだろう。普通はありえないのに。……お役目の時に受け入れた術式と関係あるのかな。


確かに、ラインはこの役目を受け入れる際に、村の結界を維持する術式を習うのとは別に、それ専用の術式を身に刻んでいる。これは今代ではラインのみだ。


お役目について、自分に知らされていない事があるのではないか。術式は結界をとてつもなく強化するものではなかったのか。


ラインはこの封印をとりまく事について疑問を覚えずにはいられなかった。




『なるほどですねぇ。なぁんか、私の調べた封印の術式と、ライン君たちがいう封印で話が食い違っているように感じていたんですがぁ、こういう事だったんですかぁ。』


意識をラインに憑いている式神に移していたルクルは儀式の一部始終を観測しており、三人のバイタルから魔力の流れ、封印や結界の状況、果てはその中身の動向までをも把握していた。


そして、こういった調査・観測を役目としたこの式神はルクルの目的とした事をしっかりと果たしていた。


『彼らがいう封印はぁ、蓋とか殻をさして、それを修理したり丈夫にする認識なんですねぇ。でも、実際は私が昨日調べたとおり、同化と沈静化。ライン君が封印をもっと強固にしようと深部まで意識を持っていって触れてしまったのが化け物。』


ここで、ルクルは先ほどのラインと化け物の魔力が混ざりあいかけた時のデータを眺める。


『これ、ライン君と化け物の相性が良かったのか、私の予想以上に同化の準備が順調ですねぇ。いつでも生贄になれますよぉ。』


——でもぉ、とルクルは一旦言葉を切る。


『そうはなりませぇん。私が、邪魔をするからですぅ。』


ルクルは楽しそうに、それはもう楽しそうに、ラインが結界の内部へ魔力を浸透させていった時から魔力のパスを切断するまでのデータを眺める。


『ライン君、君は『いつもと違う一歩』を踏み出しましたぁ。現状に満足せずぅ、未知に触れ、異常を察知してとっさに行動に移した。そして、その異常は何だったのか、原因はなんなのか、そこまで思考を進めましたねぇ。これはとてもいい拾いものですぅ。あんな化け物に喰わせるなんてもったいないこと極まりないですねぇ。……むふぅ~、じゃあ、お持ち帰りしてしまいましょう。《同調・解除》』


なにやら不穏なことをつぶやくと彼女は意識をライン宅の客間に戻した。


「あっちのうるさいのを黙らせられるデータも手に入れましたし、後は、遠隔で十分でしょう。」


ルクルは、手をスッと払い、空間のカーテンを開け、別の空間に手を突っ込んで、何やら薄く小さな金属板がついたネックレスのようなものを取り出した。


「さてぇ、頑張ったらご褒美という約束でしたねぇ。さっきまでは、村の結界の負担を軽減するだけの効果を付与するつもりだったんですがぁ……。もう一つ、追加しておきましょう。ちょっとした課題としてライン君にプレゼントですねぇ。」


——これが解けたらぁ。いえぇ、きっと解けるでしょう。その時はもれなくお持ち帰りですねぇ。


ニコニコしながら作業を進めるルクルは、どんなシチュエーションでラインが解けるのか楽しみで仕方なかった。

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