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10 宴会2

「ルクル殿、そなたは飲める口であることは先ほど分かったが、その健啖ぶりもなかなかのものなのだな……。」


やや呆れが入った村長の口ぶり。テーブルにはすっかり綺麗になった皿が重ねられていた。しかし、ルクルの前にはまだ料理ののった皿があり、見ている側が幸せになるほどの笑顔でそれを食べている。


「ルクルさんて、とっても美味しそうに食べますね!」


「ん~。本当にぃ、とても美味しいですからねぇ。」


同じ席についている4人はすでに食事は一段落し、村長とヴァッヘはちょっとしたおつまみとお酒が中心となっていた。


ルクルがまだ料理を食べている間は、奥方のグリシーナが日々の出来事など村での普段の様子等を話していた。普段、家で話しているようなことなのだろう、村長との間には終始和やかな雰囲気が漂い、時折会話に入るヴァッヘやラインも、その何気ない会話から家族の様な付き合いをしてきたことが察せられる。


そして、こちらもようやく腹が満ちたのか、ルクルがぷは~という、至福の一息とともにお皿もカップも空にしていた。


「ごちそうさまでしたぁ。あ、ママさ~ん、お酒お代わりぃ。」


ごちそうさまとはなにか。はいはいただいま~、という声と共に給仕をしているママさんの一人がお酒を持ってきた。


「ほんとよく食べるし、よく飲むねぇ。それでそのプロポーションを維持しているんだろう。うらやましいったらありゃしない。」


カカカ、と大笑いしながらグリシーナ自身もお酒を一杯ひっかける。飲みっぷりは負けてはいない。


「ルクル殿は、武術も嗜んでいるんでしょう。それじゃ、よく食べるのは納得ですね。俺は、あなたがワイルドボアを倒したところは見ておりませんが、体捌きをみるに相当な修練を積んだはず。研究者のあなたがどんな理由でそこまでの域に御自身を高めたのですか?」


お代わりを持ってきたママさんに礼をいってカップを受け取ったルクルはヴァッヘの質問に何でもないようにただ必要だったからという感じで答える。


「元からぁ、ある程度身体を効率的に動かしたりする研究をしていましたぁ。自分の意志でぇ、体の隅々まで意識して完全にコントロール出来るようにぃ。その技術を高めるために武術をちょこぉっとやっていたんですよぉ。」


ぐびっと、一口。横で目をキラキラさせている少年を横目に見て話を続ける。


「そうしてある時、ちょっとぉ、やりたいことのための予算が足りなかったんですよねぇ。どうしたものかと、考えていると、武道大会みたいなものが開催されると聞きましてぇ。優勝すれば結構な額の賞金が手に入るではありませんかぁ!という流れで、それから少しばかり特訓して優勝しました。」


いやぁ、あの時の賞金はたすかりましたねぇ、と身を乗り出して聞いているラインの頭を撫でながらさらに一口ひっかける。


「ルクルさんの、あのワイルドボアを倒した一撃を見れば優勝も納得です!」


「俺としては、その場に居合わせたかったですね。どれほどのものか……。ルクルさん、もしよろしければ滞在期間中のどこかのタイミングで自警団の訓練に顔を出してはいただけないでしょうか。ご指導をお願いしたい。」


「いいですよぉ。訓練をやっている時間と場所と時間を教えていただけますかぁ。」


感謝します、とヴァッヘは席を立ち、カウンターの方へ歩いて行った。筆記用具などを取りに行ったのだろう。


「ぼ、ぼくにも色々と教えてくれますか!」


「もちろんですよぉ。自警団の皆さんと一緒にやりましょう。」


「はい!お願いします!」


強さに憧れる純粋な少年のまなざしに、村長夫妻も優し氣な視線を送る。まさしく孫の成長が嬉しい老夫婦のようだ。自分たちもカップを傾けつつ、村長は相手の酒がほどほど?に進んでいることを確認して、この宴会をセッティングした本題に入る。


「して、ルクル殿。ヴァッヘから多少聞きましたが、ルクル殿は外国からお越しになられたようで。一体どちらからいらっしゃったのですか?」


「空の向こうですねぇ。」


外国、という事を鑑みれば嘘ではないが、明らかに具体的なことを言うつもりがない答え。ルクルをみれば、誤魔化そうという風にはみえない。その必要がないということだろうか。ごくごく自然体だ。しかし、ここで納得して引いてしまっては席を設けた意味はない。この出会ってからわずかな時間から分かるルクルの人柄と、酒の席という多少の踏み込みは許されるであろうシチュエーションを活かし、村長はさらに問いを重ねる。


「空の向こう、ですか。この老いぼれ、生まれてからほとんどを村で過ごし、たまに近くの町へ足を伸ばす程度。外の世界のことは寡聞にして知らず、ぜひ教えてほしいのですが。」


「そうですねぇ。しょっちゅうお隣さんと喧嘩したり、資源や知識を求めて行動範囲を広げたりしてますよぉ。」


またしても一般論。そんなことは「国家」であれば当然やっていることだろう!と喉まで出かかった言葉を飲み込む。


「ルクル殿ほどの方が一介の研究者というのであれば、どれほどの国力を有しているのでしょうか。空恐ろしいものがありますな。ですが、それほどの国が侵略してきたなどという話は聞いたことがありませんぞ。」


「世界は広いですからねぇ、本当に。ここにも移動中にびびっと来るものがあったので、予定を変更して来ましたぁ。これまで、足を伸ばしていなかった土地なのでぇ、楽しい体験が出来て嬉しいですよぉ。」


「……この村のことは報告するのですかな。」


国の雇われなら報告しないわけにはいかないだろう。もし彼女の眼鏡にかなうような「何か」があれば、ここにもその牙を届かせるかもしれない。だが、幸いにしてこの土地には目ぼしい資源などはない。あるのは、はるか昔からある化け物を封印した祠だけだ。


そんなもの、存在がしれたところで他国にとって欲しくもなんともないだろう。


それに、話を信じるなら今までは調査の範囲外だったのだ。ルクルは単独だから足を伸ばすことができた。占領など軍を向けることはできまい。さらには、ここに来るまでにも何か国も通過する必要がある。


村長はそこまで思考を進め、ふと引っかかるものがあった。


——彼女はどうやってここまで来た?


だが、そこまで思いを巡らせたところで正面から返事が来た。


「それはそうですねぇ。雇われの身としては致し方無いかとぉ。」


何かに氣付きそうになった思考を一旦脇によけ、意識もルクルに向き直る。


「興味を引くものはございましたか?」


「う~ん。やはりぃ。」「うわっ」


ルクルはそこで言葉を一旦切り、ちょっとうつらうつらし始めたラインを引き寄せる。


「この子が担当している封印のことですかねぇ。」


「っ!」


「この子と出会ったのはぁ、私がぁ、びびっと来たものの所に向かう途中でしたねぇ。ライン君が魔物に襲われているところを助けてみるとぉ、祠とやらの封印の補修から帰って来る途中だったみたいですねぇ。」


——そこら辺の事は少しその時に聞きましたよぉ、と言いながらラインの頭を撫でる。


「ちょっと魔力的な繋がりをしらべてみるとぉ、なんか変な感じで祠?と繋がっているではありませんかぁ。この村を護っている結界とは別系統ですよねぇ。ああ、結界と封印だから別という意味ではなくてですねぇ。なぁんか、嫌な感じなんですよぉ。そこのところはなにかご存じですかぁ。」


沈黙。


このテーブルだけ、周囲の熱気から隔離されたような重たい沈黙が漂う。


——たった半日。それだけの時間でこの者はそこまでたどり着いたのか。どこまでラインから引き出した?やはりラインの家への滞在を許すべきではなかったか。いや、過ぎたことを考えても仕方ない。


村長は冷や汗をかきながら何とか軌道修正を試みようと口を動かす。


「……祠はわしらが子どもの頃よりもずっと前から封印されておりましてな。その維持も古くからの習わしで、実際に使われている術式等については詳しいところは、わしが魔法の素養がないこともあり、恥ずかしながらよくわかっていないのです。」


あまりにも苦し紛れだろう。封印を担当する村の長ならば、たとえ魔法の素養がなくとも、術式の概要を理解するよう努め、必要な事をせねばなるまい。それを詳しいことは知らないというのはあまりにも無責任だ。これまでの積み上げたモノに対しても。


ルクルは、そのニヤニヤした態度を崩さず、しかし視線はそらさない。撫でられて船を漕ぎ始めている少年には決してみせられない笑顔だった。


再び、沈黙がこの場を支配しようとしたところでヴァッヘが戻ってきた。


「ルクルさん、お待たせしました。自警団の訓練場所と時間を書いたメモです。……どうしました?」


「いえいえぇ、なんでも、ありませんよぉ。」


そういって、ルクルはヴァッヘからメモを受け取る。その時にはいつものニコニコ顔に戻っていた。


「では、後日ライン君と一緒に顔を出しますね。」


「はい、よろしくお願いします。さて、メモを取って来るついでにママさんにとっておきのお酒を持ってきてくれるように頼んだんです。どうです?」


「もちろんいだだきますぅ。」


「やれやれ、まだ飲むのかい、この飲んだくれどもは。ルクルさん、そこで舟を漕いでいるラインをあっちに寝かしてくるからちょいと貸しとくれ。」


さっきまでのやり取りの空気が霧散して心底助かったという風にグリシーナは席を立ってラインの手を引いてカウンターの方に向かった。すれ違う形でお酒を持ったママさんがテーブルにやって来てお酒を置いていった。


「ルクル殿……」


「まあ、詳しいことはぁ、後でのんびり調べることにしますよぉ。」


ルクルは村長が何か言いかけるも、それを遮ってその話題を打ち切った。そして、カップを持ち、かんぱーいと言ってその中身をあおっていった。


そして、ここにきてのその飲みっぷりに目を奪われたのだろう。村の肝っ玉母さんたるグリシーナと子どものラインがいなくなったのを見計らったように、周りの男共がわらわらと集まってきた。


「ルクルさん、いい飲みっぷりっすね!」


「一緒にぐびっといきましょう、ぐびっと!」


「姉御とよばせてくだせえ!」


「結婚してください!」


村の氣のいい野郎ども。若干血迷ったやつがいたが、周囲にボコられて沈んでいった。


「いいですよぉ。飲みましょうかぁ。」


そして、食堂全体を巻き込んだ酒宴に発展していく。


そんなルクルと村の男衆を眺めながら村長とヴァッヘは先ほどまでの緊張から解放され、ほっと一息ついた。


「村長。いくらルクル殿があのような人柄の御仁だとはいえ踏み込み過ぎでは?」


そう、ヴァッヘがあのタイミングで割って入ったのは偶然ではない。


「すまぬ。わしとしたことが見誤った。あれはダメだ。妻には悪いが、ルクル殿は劇物だ。この村の根底を揺るがしかねん。とてもではないが、取り込むのはリスクが高すぎる。」


「俺もそう思います。あの目をした者達は、自らの目的のためには手段を選びません。彼女、もしくは彼女の後ろにいる者たちの本当の目的は分かりませんが、不自然にならない程度に監視していくつもりです。」


「頼んだぞ、ヴァッヘ。」


「わかりました、村長。」


国を、村を、家族を想う男たちは言葉を交わす。得体の知れない存在から大切なものを護るために。


「村長~、ヴァッヘさん~、辛気臭い顔してないで一緒に飲みましょうよ~。」


「そうだな。飲もうか。」


そうこうするうちに、べろんべろんに酔っぱらった青年が二人に声をかけてきた。


そして、先のことを憂う二人は視線を交わし表情を和らげると自分のカップを手に取り、乱痴気騒ぎの輪の中に入っていった。

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